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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

30、王子として(フィルバート視点)

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「第一皇子様は素晴らしい。あの歳で法の不備を見抜いて法を改正して仕舞われるなんて」

「第二皇子様もとても素晴らしいわ。あの歳で外国語を八カ国操れるのよ。レーヴ帝国の将来も安泰ですわ」

毎日、兄様達を褒め称える声を子守唄の代わりに聞きながら育った。
兄様達は俺とは比べ物にならないくらい優秀で、兄様達と比べると俺は何をやったって劣ってて、恥ずかしかった。

小さな頃は自慢の兄。
だが、歳を重ねれば、それは重圧で、兄様を褒め称える言葉は次第に責める言葉に聞こえた。

皇子だからこうあるべき。
こうしなければいけない。

それが出来なければ、呆れられて見捨てられるだけ。
困って苦しむのは自分。


それが分かってるから努力して。
自分にないものを見ると眩しくて。
そうなりたくて、手を伸ばし続ける。

止まってる時間なんてない。
止まっていたら劣っている自分は周囲に置いていかれる。
劣っているものに止まってる時間はない。

だから…、困って苦しむ前に必要最低限は叩き込まなければいけないと思った。


『もう少しだけラニちゃんの歩幅に合わせてはもらえませんか?』

ラニの肩に整えられた手を気遣わしげに置き、ライモンドの夕陽色の瞳が俺を見据える。

その男は俺の言葉が通じず、暴走気味だったラピュセル公爵叔母上の機嫌を損ねる事なく、平和に諌めてみせた。
立場上、俺が収めなければならなかった場面で最も簡単に。


ぎゅっと会場に来てからずっと俺の服の裾を不安げに握っていた手がライモンドの手を握る。
安心しきってライモンドに背を預けるラニのその顔には疲労の色が見えた。


お茶会から帰ると、相当疲れていたようでラニはお風呂に入ったまま寝こけてしまった。

このままでは風邪を引くと抱き上げれば、14歳にしては思っていた以上にその体は軽く小さかった。
その軽さが罪悪感としてつきりっと胸を刺した。


「ラニの歩幅…」

出会った当初から生意気でよく笑う奴だったので、考えても見なかった。だが、よくよく考えれば、12歳から一人、親元を離れて知り合いのいない遠い国まで留学してきてるのだ。それだけで充分、負担も多い筈。

ただでさえ、心細い中、頭にロバ耳が生えるという謎の現象に苛まれ続け、それを秘匿しなければいけない事だって辛い筈。

本人があっけらかんとしているから気付かなかっただけで。


だから、一度立ち止まり振り返る事を選んだ。
ラニをもう少し知ってからラニに合わせた勉強方法を探ろうとした筈なのだが……。

「見限られたと思って泣いてましたよ…」

「フィルっちを怒らせたと思ってるみたいだったよー」

「ラニちゃん。昨日から元気がないです。……フィルバート皇子が何かしたんですか? 例え、皇子でも俺は戦いますよ」

「は? え??」

たった2日で俺はラニに怒って見限った事になっていた。
何故、こうなったのかも分からない。

実戦では使えそうにないファイティングポーズを取って威嚇してくるエレンを見て可愛い。…と、思うと同時にエレンに敵認定されている事実に心が折れそうだった。




「そもそも嫌がってただろう…」

マナーも嫌々。
お茶会も嫌々。
朝の支度も難色を示していた筈なのだから、あの王子なら手放しで喜びそうなのだが…。

「なんか腹立つな…」

手放しで喜ぶラニを想像してヒクヒクと表情が引き攣る。
遊ぶのが大好きで勉強が嫌いなtheお子様。
マイペースで一切、朝早く起きるという習慣をつける気がない手の掛かる弟分。

それこそエレンの事を考える暇がない程振り回されている。


授業が終わり、合鍵でラニの部屋の鍵を開けて、話をする為にラニが帰ってくるのを待つ。
椅子に座り、暫く待っていたが、待てども待てども帰ってこない。

「~~~ッ。待ってられるか!!」

夕暮れになり、赤々とした夕陽が世界を照らす頃には待ちくたびれ、どうしようもない燻った気持ちを発散するべく愛用のバイオリンを握って外へ飛び出した。


誰も来ない寮の奥の鬱蒼とした茂みの中で、バイオリンを構える。
こういう気持ちが晴れない時は決まって人目のつかない所でバイオリンを心ゆくまで弾くに限る。

激しい曲。穏やかな曲。楽しい曲。悲しい曲。

思いつくがままにただ弓を動かし、何もうまくいかない苛立ちも、不安も、劣等感も、自身の身分すら全て忘れて。ただ音楽を紡ぐ幸福の時間を噛み締めて……。


「♫♩♬♩♩♫♫。♬♩~、♫♩」

弓が弦の上を滑ろうとした時。
ふわりと風に乗って歌声が聞こえた。

「♫♫♩。♬♩♩~」

その歌はよく聞く聖歌やオペラとは違い、独特なリズムと切なげなのに優しいメロディ。

奇跡のソプラノボイスを持つエレンの透明感のある華やかな歌声とは違い、豊かな音の響きに勇気づける様な優しい歌声。

「ソプラノ…じゃないな。だが、アルトよりも高音。……メゾソプラノか」

たまに無邪気に跳ねるように、踊るように自由に響き、歌う事を心の底から楽しんでいる様が浮かぶ。
誰に聞かせる為でなく、純粋に歌う事が大好きでただ歌う為に歌っている。

ー 面白いな、コイツ

俺も混ぜろと弓を弦に滑らせると、驚いたようにパッタリと歌声が止む。
少し遠くの茂みがザワザワと動き、逃げようとするので先程の歌を知らないながらも耳コピで弾いてやると、驚いたのか動きが止まる。

どうやら人に聞かれたくはなかったようだが、俺は貴様の歌声が気に入ったんだ。付き合ってもらうぞと、歌えと言わんばかりに伴奏してやるとオドオドした歌声で歌い出す。

ー コイツ。今、近付いたら逃げるんだろうな…

先程より自由さの欠ける歌声に苦笑を浮かべながら即興でコイツの歌に合わせると段々と慣れたのか歌声が安定してくる。

本当に自分の為にしか歌う気のないのが、少し残念で、それを俺だけが聞いている事に優越感を抱いて。

やはり、コイツの歌う歌は全く聞いた事のない歌ばかり。即興で併せて弾いていると、まるで未開の地で見つけた宝箱を開くようなワクワク感が溢れてくる。

ー 楽しい。もっと弾いていたい

今日、この瞬間だけでなく、もっと…。

ー 久々なんだ。こんな楽しいのは

初めてバイオリンを上手く弾けるようになった時のように心が弾む。何かを忘れる為に音を紡ぐのではなく、ただ楽しいから弾きたいから音を紡ぐ。


終わってほしくない。
その想いが募る度、この歌声の主を知りたいという気持ちが強くなる。
きっと、この歌声の主は誰にもバレたくないから俺と同じでこんな鬱蒼とした茂みの中で歌っているのだろうが。それでも…。


悟られないようにバイオリンを弾きながら少しづつ歌声の主のいる茂みに近付く。
悟られて逃げてしまわないようにゆっくりとゆっくりと近付くと、茂みの中で膝を抱える細い腕が見えた。


ふわりと風が吹き、夕陽色のリボンが揺れる。
色素の薄い髪も夕暮れに少し染まり、楽しそうに細められた瞳も夕陽色に染まってる。

ふよふよと楽しげにリズムを取るそのロバ耳に思わず固まり、バイオリンを弾く手を止めてしまったのは俺の所為ではない。

「ラニ?」

ビクリッと驚きに肩が跳ね、銀の花が咲く瞳がこちらを見上げていた。
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