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それは底無しの沼よりも深く
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「……で、夫婦間の協議の結果、一ヶ月後に旅立つ事になったんすよ。」
そう遊びに来たクラヴィスに告げるとクラヴィスのはははっと苦笑いが聞こえてきた。
ついでにこの話は副師長にもしたし、《聖女》にもしたし、最近よく気にして色々世話を焼いてくれるラエルやユージスにもした。
皆、反応は三者三様。
副師長は「ふざけんな。」とアルトワルトにキレ。《聖女》は「やっぱり、アンタがいいのは顔と魔術の腕だけよ。」と呆れ。「ええぇ!? た、ただでさえ、人員少ないのに更に減るの!!? 」 とラエルは発狂して、それを見たユージスはどうしたらいいか分からず、突っ立っていた。
ついでに仕事に関しては実は討伐戦前からあの偽宰相には世界を周りたい事を伝えてあったようで、副師長達が知らないだけで何時の間にかに引き継ぎも人員の確保も終わってたという…。
そして、それに対しても「どいつもこいつも報連相しやがらねぇッ!! 」とキレた副師長は偽宰相の所に乗り込んだは良いものの。そこで自身が次の宮廷魔術師長である事を今更ながら告げられて、絶句。
また、次の宮廷副魔術師長がラエルである事が判明し、ラエルが極度の興奮とストレスのあまり寝込むという事件に発展したのは記憶に新しい。
アルトワルトも偽宰相も相談もせずに進めてしまうタイプ。
困った人達……では済まされない駄目な人達だ。
だが、しかーし。
そんな迷惑な事態も楽しんでしまえるのが、僕。
今は、クラヴィスがどんな返答をしてくれるのか、ワクワクしてる。
「シグリ……。」
「何すか、クラヴィス。」
さぁ、どんな返答が返ってくるかと返答を溜めるので、余計、気になってしまう。
「やっぱり、ソイツに負けるのだけは納得いかない。……はぁ。その上、連れ逃げか。やってくれる。」
「…クラヴィスくん? 」
「で、都合の悪いものは見せる気はないと。本当に自分勝手ですね、貴方は。」
「お前なぞ、見る必要ないだろ。」
「そういう所ですよ。…本当にそういう所が好きになれないし、認められない。……俺が世話するんでシグリ置いてってもらって、いいですか。」
「断る。」
途中から僕を置き去りにして喧嘩を始める二人。
この二人はある意味本当に仲良しで、一日絶対一回はいがみ合う。
「本当に仲がいいっすね。」
「「何処をどう見てそう思った。」」
「そういう所っすよ。」
シグリに仲が良いと言われるのは心外だ、と二人同時に溜息をつく。だから、そういう所だって。
「はぁ。もう貴方との会話は充分ですよ。…今日はお別れの挨拶をシグリにしに来たんです。邪魔しないでくださいよ。」
そう言って、僕の手を握るクラヴィスの腕をもう片方の手でたどり、頰に触れた。
ペタペタと顔に触ると口角が上がっていているのが分かり、目が見えなくてもクラヴィスの笑顔が頭に浮かんだ。
「明日から帝国騎士やめて、聖騎士になるんすよね。……未来ってどう運ぶか分からないもんすね。」
「そうだね。レンリも本人の希望でフィール王国の騎士団所属になるし、マリスも《聖女》付きの騎士として、《聖女》様について周るみたいだしね。」
「みんなそれぞれの道を行くんすね。」
「みんな、前のようには会えなくなるね。……旅先では身体に気を付けてね。俺も暫くは新人聖騎士として大陸を周る事になるから旅先で会える事を期待してる。」
「会えるといいっすね。」
みんな、それぞれの道へと進んでいく。
立場も立ち位置も変わって、様々な事が変わっていく。
感慨深くそんな事を考えているとふと、額に柔らかなものが当たる。チュッとリップ音を立てて、触れたその柔らかなものは唇。
バッとアルトワルトが僕をクラヴィスから引き剥がし、抱き寄せると皮膚が剥けるんじゃないかってくらいゴシゴシと拭かれた。
「お前…。」
「貴方は本当、心が狭いですね。お別れのキスくらいいいじゃないですか。額なんだから。」
「だからオレはお前が嫌いなんだ…。」
「それはこっちの台詞です。…まぁ、精々取られないように頑張ってください。」
自身が額に口付けされた事にそのやりとりから気付き、顔が思わず熱くなる。
するとすぐさま隣から「浮気…。」という声が聞こえて、苦笑いが溢れる。確かに心が狭いかも…。
「またね。」とクラヴィスはしてやったりと言わんばかりの弾んだ声で去っていった。
「……で、何で世界を旅したくなったんすか? 」
クラヴィスが去った事で臨戦態勢を解き、何気なく僕を自身の膝に座らせて、アルトワルトは仕事に取り掛かろうとする。そんなアルトワルトにそういや何で旅に出たいんだろうと思い、疑問をぶつける。
目が見えなくなってから距離がほぼゼロ距離になり、過保護になりつつあるアルトワルト。
アルトワルトの視界を借りてもアルトワルトの顔は見えないから最近のアルトワルトがどんな表情をして過保護に世話焼いているのか分からない。
それがちょっと…いや、だいぶ残念だ。
そして今、この瞬間の表情が見えないのが本当に残念で仕方がない。
「お前と見た《貝殻の町》の景色はとても美しかった。そして同時にその景色を見て、自身の無知さを知った。オレはオレを取り巻くこの世界の事をあまりにも知らな過ぎる。オレはきっと自身が思っているよりも知らない事が多い。」
それを知りたい。
もっとこの世界を知って、一度、環境を変える事で、自身を取り巻いていた世界がどんなものだったか知りたい。
そう語るアルトワルトの声は好奇心に溢れていて、まるで魔術の事を語る時と同じ楽しそうな声色をしていた。
ずっと魔術一辺倒で、部屋と仕事場を往復するだけの日常を送っていたアルトワルトが、今、これ程までに世界に、自身の周囲に興味を持っている。
今のアルトワルトの顔はどんないい顔をしてるんだろう。
表情を読み取りたくてペタリとアルトワルトの顔に触れると、アルトワルトの手がその手を包む。
「お前の目の代わりになる魔術式と空を飛ぶ魔術を研究しながらシグリと、この世界を見て周りたい。だからついてきて欲しい。」
《貝殻の町》で見た塩湖の光景を思い出しながらアルトワルトの言葉にまだ見ぬ土地を思う。
セウ・マクラーンは世界を旅をして、一番美しいと思った場所が《貝殻の町》だったと言っていた。
セウ・マクラーンは世界を巡ってどんな光景を目に焼き付けてきたのか。
大陸はサーカス団員として周った事はあるが、他の島ではどんな光景が広がっていて、どんな人達があの青い空を僕達と同じように見上げているのだろう。
「…楽しみっすね。ちゃんと他の国、他の大陸ではどんな景色が広がっているのか見せて。僕もアルトが見る世界を見ていたい。」
「当たり前だ。」
新しい門出に期待が、希望が湧いてくる。
それは今まで感じた事のない程、明るい気持ちで溢れていて、一辺の陰りもない。
目は見えなくとも明るい世界が目の前には広がっていた。
◇
スゥッと空気を吸うと肺が凍りそうな程冷たい外気が鼻を通り、肺に雪崩れ込む。
冷たい空気を吸うたび、鼻腔が痛むのを我慢しながら差し出された手を離さないようにしっかりと握る。
旅に出た日から二年の歳月が経ち、アルトワルトの視界を借りるのも、見えない世界で生きるのにもなれた。
アルトワルトに先導してもらい、杖や足で地面を確認しながらなら舗装されていない山道でも登れるくらい。
「さっむいッ!! 何時になったら目的地に着くんすか!? かれこれ三時間は道なき道を歩いてるっすよ!! 」
「後もう少しだ。辛いならおんぶでもするか? 」
「いやいや…。こんなゴツゴツした道で僕をおんぶしたら共倒れっすよ。ただ寒すぎるって言いたいだけっすよ。」
世界で一番、空に近い山…と地元で呼ばれている《飛空山》。
その山にラマで三時間。歩きでプラス三時間登山しているのはその山の山頂からの景色はまるで空から地上を見ているかのようだと聞いたからだ。
「ほら、もうすぐ頂上だ。着いたら温めてやるから頑張れ。」
そう手を引くアルトワルトの手はこの二年で少し逞しくなっていた。
この二年で背も何センチか伸び、束ねていた髪は短くして、どんどん心も身体もアルトワルトは成長していく。大人になっていく。
アルトワルトの姿を見る事は出来ないがきっと随分と顔も大人びたのだろうと勝手に想像して何だか見れないのが寂しい。
爺様の呪いは未だ解けない。
副師長が言ったようにこの呪いは一生解けないのかもしれない。
ー 見たいな。
そう手を伸ばせば、ふとアルトワルトが歩みを止めた。
「着いたぞ。」
アルトワルトが止まったと同時に冷えてしまった身体を抱き寄せて、僕の両瞼に口付けを落とすと、視覚共有魔術を切った。
「待たせたな。」
目を開けてみろ、と優しく耳元で囁く。
その囁きに恐る恐る目を開けると、暗かった世界に色が付き、目の前に青く透き通る青空の色が広がる。
青い空と緑色の山々。
小さな家々や山から流れ行く川もちゃんと自身の目で見える。
目の前に広がるのは色付いた何処までも広がる世界。
それはとても輝いて見えて、美しく見える。
寒かったのも忘れて、はしゃいでアルトワルトの方を見ると優しい色を帯びた青空の瞳がそこにはあった。
大人びて、前よりも男らしくなったアルトワルトがふわりと穏やかに笑っていた。
「見えるか。世界が。オレが。」
胸が高鳴り、冷たかった身体が熱を帯びる。
まるでまた恋をしたかのようにドキドキが止まらず、好きと愛おしい感情で心が溢れる。
全ての物事には始まりがあり、終わりがある。
底無し沼と呼ばれる沼だって、実際は底がないように見えるだけで必ず底はある。
絶望も、苦しみも、感じている間は底なしに感じても必ず底はあり、終わりがある。
始まりがあれば終わりがある。
だが、それでも溢れ出すこの想いには底なんて感じられず、深く深く、何処までも貴方を知るたびに、貴方と過ごすたびに、貴方に落ちていく。
「アルト。」
「何だ? 」
アルトワルトの両頰を手で包み、柔らかな唇に自身の唇を重ねる。
「愛してる。この想いが尽きない程、深く。」
決してこの想いは尽きる事はない。
深く深く何処までも、底無しの沼なんかよりもそれは深く。
表情に喜色と気恥ずかしさを浮かべ、アルトワルトは青空の瞳を細めて笑う。
「オレもだ。」と耳元で囁くとお返しと言わんばかりに深く口付けを落とした。
Fin
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで読んで頂きありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
そう遊びに来たクラヴィスに告げるとクラヴィスのはははっと苦笑いが聞こえてきた。
ついでにこの話は副師長にもしたし、《聖女》にもしたし、最近よく気にして色々世話を焼いてくれるラエルやユージスにもした。
皆、反応は三者三様。
副師長は「ふざけんな。」とアルトワルトにキレ。《聖女》は「やっぱり、アンタがいいのは顔と魔術の腕だけよ。」と呆れ。「ええぇ!? た、ただでさえ、人員少ないのに更に減るの!!? 」 とラエルは発狂して、それを見たユージスはどうしたらいいか分からず、突っ立っていた。
ついでに仕事に関しては実は討伐戦前からあの偽宰相には世界を周りたい事を伝えてあったようで、副師長達が知らないだけで何時の間にかに引き継ぎも人員の確保も終わってたという…。
そして、それに対しても「どいつもこいつも報連相しやがらねぇッ!! 」とキレた副師長は偽宰相の所に乗り込んだは良いものの。そこで自身が次の宮廷魔術師長である事を今更ながら告げられて、絶句。
また、次の宮廷副魔術師長がラエルである事が判明し、ラエルが極度の興奮とストレスのあまり寝込むという事件に発展したのは記憶に新しい。
アルトワルトも偽宰相も相談もせずに進めてしまうタイプ。
困った人達……では済まされない駄目な人達だ。
だが、しかーし。
そんな迷惑な事態も楽しんでしまえるのが、僕。
今は、クラヴィスがどんな返答をしてくれるのか、ワクワクしてる。
「シグリ……。」
「何すか、クラヴィス。」
さぁ、どんな返答が返ってくるかと返答を溜めるので、余計、気になってしまう。
「やっぱり、ソイツに負けるのだけは納得いかない。……はぁ。その上、連れ逃げか。やってくれる。」
「…クラヴィスくん? 」
「で、都合の悪いものは見せる気はないと。本当に自分勝手ですね、貴方は。」
「お前なぞ、見る必要ないだろ。」
「そういう所ですよ。…本当にそういう所が好きになれないし、認められない。……俺が世話するんでシグリ置いてってもらって、いいですか。」
「断る。」
途中から僕を置き去りにして喧嘩を始める二人。
この二人はある意味本当に仲良しで、一日絶対一回はいがみ合う。
「本当に仲がいいっすね。」
「「何処をどう見てそう思った。」」
「そういう所っすよ。」
シグリに仲が良いと言われるのは心外だ、と二人同時に溜息をつく。だから、そういう所だって。
「はぁ。もう貴方との会話は充分ですよ。…今日はお別れの挨拶をシグリにしに来たんです。邪魔しないでくださいよ。」
そう言って、僕の手を握るクラヴィスの腕をもう片方の手でたどり、頰に触れた。
ペタペタと顔に触ると口角が上がっていているのが分かり、目が見えなくてもクラヴィスの笑顔が頭に浮かんだ。
「明日から帝国騎士やめて、聖騎士になるんすよね。……未来ってどう運ぶか分からないもんすね。」
「そうだね。レンリも本人の希望でフィール王国の騎士団所属になるし、マリスも《聖女》付きの騎士として、《聖女》様について周るみたいだしね。」
「みんなそれぞれの道を行くんすね。」
「みんな、前のようには会えなくなるね。……旅先では身体に気を付けてね。俺も暫くは新人聖騎士として大陸を周る事になるから旅先で会える事を期待してる。」
「会えるといいっすね。」
みんな、それぞれの道へと進んでいく。
立場も立ち位置も変わって、様々な事が変わっていく。
感慨深くそんな事を考えているとふと、額に柔らかなものが当たる。チュッとリップ音を立てて、触れたその柔らかなものは唇。
バッとアルトワルトが僕をクラヴィスから引き剥がし、抱き寄せると皮膚が剥けるんじゃないかってくらいゴシゴシと拭かれた。
「お前…。」
「貴方は本当、心が狭いですね。お別れのキスくらいいいじゃないですか。額なんだから。」
「だからオレはお前が嫌いなんだ…。」
「それはこっちの台詞です。…まぁ、精々取られないように頑張ってください。」
自身が額に口付けされた事にそのやりとりから気付き、顔が思わず熱くなる。
するとすぐさま隣から「浮気…。」という声が聞こえて、苦笑いが溢れる。確かに心が狭いかも…。
「またね。」とクラヴィスはしてやったりと言わんばかりの弾んだ声で去っていった。
「……で、何で世界を旅したくなったんすか? 」
クラヴィスが去った事で臨戦態勢を解き、何気なく僕を自身の膝に座らせて、アルトワルトは仕事に取り掛かろうとする。そんなアルトワルトにそういや何で旅に出たいんだろうと思い、疑問をぶつける。
目が見えなくなってから距離がほぼゼロ距離になり、過保護になりつつあるアルトワルト。
アルトワルトの視界を借りてもアルトワルトの顔は見えないから最近のアルトワルトがどんな表情をして過保護に世話焼いているのか分からない。
それがちょっと…いや、だいぶ残念だ。
そして今、この瞬間の表情が見えないのが本当に残念で仕方がない。
「お前と見た《貝殻の町》の景色はとても美しかった。そして同時にその景色を見て、自身の無知さを知った。オレはオレを取り巻くこの世界の事をあまりにも知らな過ぎる。オレはきっと自身が思っているよりも知らない事が多い。」
それを知りたい。
もっとこの世界を知って、一度、環境を変える事で、自身を取り巻いていた世界がどんなものだったか知りたい。
そう語るアルトワルトの声は好奇心に溢れていて、まるで魔術の事を語る時と同じ楽しそうな声色をしていた。
ずっと魔術一辺倒で、部屋と仕事場を往復するだけの日常を送っていたアルトワルトが、今、これ程までに世界に、自身の周囲に興味を持っている。
今のアルトワルトの顔はどんないい顔をしてるんだろう。
表情を読み取りたくてペタリとアルトワルトの顔に触れると、アルトワルトの手がその手を包む。
「お前の目の代わりになる魔術式と空を飛ぶ魔術を研究しながらシグリと、この世界を見て周りたい。だからついてきて欲しい。」
《貝殻の町》で見た塩湖の光景を思い出しながらアルトワルトの言葉にまだ見ぬ土地を思う。
セウ・マクラーンは世界を旅をして、一番美しいと思った場所が《貝殻の町》だったと言っていた。
セウ・マクラーンは世界を巡ってどんな光景を目に焼き付けてきたのか。
大陸はサーカス団員として周った事はあるが、他の島ではどんな光景が広がっていて、どんな人達があの青い空を僕達と同じように見上げているのだろう。
「…楽しみっすね。ちゃんと他の国、他の大陸ではどんな景色が広がっているのか見せて。僕もアルトが見る世界を見ていたい。」
「当たり前だ。」
新しい門出に期待が、希望が湧いてくる。
それは今まで感じた事のない程、明るい気持ちで溢れていて、一辺の陰りもない。
目は見えなくとも明るい世界が目の前には広がっていた。
◇
スゥッと空気を吸うと肺が凍りそうな程冷たい外気が鼻を通り、肺に雪崩れ込む。
冷たい空気を吸うたび、鼻腔が痛むのを我慢しながら差し出された手を離さないようにしっかりと握る。
旅に出た日から二年の歳月が経ち、アルトワルトの視界を借りるのも、見えない世界で生きるのにもなれた。
アルトワルトに先導してもらい、杖や足で地面を確認しながらなら舗装されていない山道でも登れるくらい。
「さっむいッ!! 何時になったら目的地に着くんすか!? かれこれ三時間は道なき道を歩いてるっすよ!! 」
「後もう少しだ。辛いならおんぶでもするか? 」
「いやいや…。こんなゴツゴツした道で僕をおんぶしたら共倒れっすよ。ただ寒すぎるって言いたいだけっすよ。」
世界で一番、空に近い山…と地元で呼ばれている《飛空山》。
その山にラマで三時間。歩きでプラス三時間登山しているのはその山の山頂からの景色はまるで空から地上を見ているかのようだと聞いたからだ。
「ほら、もうすぐ頂上だ。着いたら温めてやるから頑張れ。」
そう手を引くアルトワルトの手はこの二年で少し逞しくなっていた。
この二年で背も何センチか伸び、束ねていた髪は短くして、どんどん心も身体もアルトワルトは成長していく。大人になっていく。
アルトワルトの姿を見る事は出来ないがきっと随分と顔も大人びたのだろうと勝手に想像して何だか見れないのが寂しい。
爺様の呪いは未だ解けない。
副師長が言ったようにこの呪いは一生解けないのかもしれない。
ー 見たいな。
そう手を伸ばせば、ふとアルトワルトが歩みを止めた。
「着いたぞ。」
アルトワルトが止まったと同時に冷えてしまった身体を抱き寄せて、僕の両瞼に口付けを落とすと、視覚共有魔術を切った。
「待たせたな。」
目を開けてみろ、と優しく耳元で囁く。
その囁きに恐る恐る目を開けると、暗かった世界に色が付き、目の前に青く透き通る青空の色が広がる。
青い空と緑色の山々。
小さな家々や山から流れ行く川もちゃんと自身の目で見える。
目の前に広がるのは色付いた何処までも広がる世界。
それはとても輝いて見えて、美しく見える。
寒かったのも忘れて、はしゃいでアルトワルトの方を見ると優しい色を帯びた青空の瞳がそこにはあった。
大人びて、前よりも男らしくなったアルトワルトがふわりと穏やかに笑っていた。
「見えるか。世界が。オレが。」
胸が高鳴り、冷たかった身体が熱を帯びる。
まるでまた恋をしたかのようにドキドキが止まらず、好きと愛おしい感情で心が溢れる。
全ての物事には始まりがあり、終わりがある。
底無し沼と呼ばれる沼だって、実際は底がないように見えるだけで必ず底はある。
絶望も、苦しみも、感じている間は底なしに感じても必ず底はあり、終わりがある。
始まりがあれば終わりがある。
だが、それでも溢れ出すこの想いには底なんて感じられず、深く深く、何処までも貴方を知るたびに、貴方と過ごすたびに、貴方に落ちていく。
「アルト。」
「何だ? 」
アルトワルトの両頰を手で包み、柔らかな唇に自身の唇を重ねる。
「愛してる。この想いが尽きない程、深く。」
決してこの想いは尽きる事はない。
深く深く何処までも、底無しの沼なんかよりもそれは深く。
表情に喜色と気恥ずかしさを浮かべ、アルトワルトは青空の瞳を細めて笑う。
「オレもだ。」と耳元で囁くとお返しと言わんばかりに深く口付けを落とした。
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少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
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読み終わってこんなに満足したのはいつ以来だろう、いや、初めてかもしれない。
ありがとうございました。
読んで頂いた上に感想まで頂き、こちらこそありがとうございます。励みになります。…いや、ホント。煽てられりゃぁ、猿の如く木にも登る調子に乗りやすいタイプなので。