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残る違和感

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狼野郎が気絶した瞬間。
ラヨネが抑えていたゾンビ(仮)達が糸の切れた人形のようにカクンッと地面に倒れた。


倒れた狼野郎達の瞳から赫い雫が溢れて、その雫が蒸発して辺りに赫い霧が立ち込める。

むわんと香る鉄臭いその匂いに勝利の高揚感に浸る間もなく、顔を顰める。何だこれは鼻を摘むとふと、耳元で誰かが囁いた。

ー・ー ああ、憎い。吾がお前だったら…。 ー・ー

首に誰かの手がかかった感触がして、バッと振り返るがそこにはもう誰も居らず、赫い霧も無くなっていた。

底知れぬ違和感と不安が胸に巣食う。
本当にこれで終わりなのだろうか? 何かがおかしい。

だが、何がおかしいのか分からず、喉に何かつっかえたようなもどかしさを今は飲み込んだ。

「コタッ!! 」

ラヨネがダッと駆け寄って来て、勢いよく抱きつく。ラヨネの勢いに負け、限界を迎えた身体が地面に吸い込まれる。

なんとか肘をついて地面への激突は免れたが、痛いもんは痛い。

身体に走るぶつかった痛みと限界を訴える痛み。その痛みに耐えながら抱きつき、俺の胸の上で声をあげて泣くラヨネの頭を撫でた。

「ラヨネ。」

「やだっ。やだもん。絶対、離れないっ…。絶対、離さない。」

その腕は離さまいと必死に巻きつき、もげるじゃないかって程、全力で頭をイヤイヤと振る。

その姿は幼い子供が駄々をこねるようで、何時ものラヨネだと思うのと同時にこれ程ラヨネに不安を抱かせてしまった自身に溜息をついた。

「悪かった。離さなくていいから。」

痛みを我慢して安心出来るようにと抱き返す。

あやすようにポンポンと軽く背を叩くと涙に濡れた顔が安堵に染まったが、すぐに納得いかないっていう顔になった。

「早く大きくなりたいな。」

涙を自身の手で乱暴に拭くとその小さな手は痛まなように優しく俺の腫れた頰に触れた。

「コタにこうされるのは好きだけど。だけど僕はもう包まれたいんじゃなくて包みたいんだ。背を追っかけるんじゃなくて隣がいいんだ。」

ラヨネは眉を下げながら微笑み、「痛くない? 」と頰を撫でた。

それはこちらを愛しんでいるような手つきで何だかこそばゆく感じて、目を逸らしそうになった。だが、目を逸らすのは逃げなような気がして無理矢理視線をラヨネに固定する。

そんな目が逃げずに映すのはまだまだ顔は幼いが一気に大人びた表情を浮かべるようになったラヨネの顔。

その雰囲気にミドリと同じものを感じて思わず、今度は見入る。

唇をなぞるミドリの指の感触。
少しだけ困ったような、悲しんでいるような複雑で難しい感情を浮かべてこちらを見るミドリの顔。

ー お前はあの時、何を思ってたんだろう。

そんな事を考えながらラヨネの頰に手を伸ばす。しかし、触れる前に俺とラヨネの身体が宙に浮いた。


「自分を忘れないでほしいとっ!! 」

プクッと頰を膨らませてモモが俺を抱きかかえ、ラヨネを肩車する。

ラヨネは「何やってんの!? 怪我人!! 馬鹿なの? ああ、ごめんね、脳筋だから馬鹿なんだね。」と毒を吐きながらも慌てて肩から降りようとする。

しかし、怪我した筈の腕でモモがラヨネを肩に留まらせるから「頑張るな、怪我人。」と毒を吐くのも忘れて素直にならざるおえなかった。

「貧血気味で倒れそうだったでしょ。何やってんの!? 」

「治ったと!! 参戦ばできなかった分、動けないニ人ば運ぶとよ。」

「治る訳ないでしょ。アンタ、目の焦点が合わないくらい重症だったでしょ!? 歩くって!? 僕、別に歩けるって!! 」

「リスっ子ば、コタの旦那の次に顔色悪いと。ここば、たーんと任せて!! 」

「任せられるかッ。僕の言う事聞け、怪我人ッ。」

素直に心配してキレるラヨネに得意げな表情でモモは腕の怪我を見せる。

重症ではないものの大量に血が流れていた筈のモモの腕。応急処置の止血は俺の服の布切れでしたが、それでも俺達を抱えて歩ける程の軽症でもない。

やっぱ、降ろせと声を掛けようとしたが、先に降ろせとキレていたラヨネが傷を見て、「はぁ?? 」と間の抜けた声を上げた。

「なんで傷口にもうカサブタが出来てるの!? 」

ラヨネの叫びにそんな馬鹿なと無理矢理痛む身体を起こしてモモの腕を見る。

くっきり残る噛み跡。
その痛々しい傷からはもう出血はなく、本当にカサブタが出来ていた。

「嘘だろ…。」

「オークば、頑丈と!! 」

「それはもう頑丈の域じゃないッ。」

そうニカッと笑うモモにラヨネが冷え切った目を向ける。呆れ半分、諦め半分と言ったような顔だ。

モモは気さくでいい奴だが、結構、唯我独尊な性格。一度、こうと決めたら頑として考えを曲げない。本人がやると言ったらやるのだ。

「無理はするなよ。」

「無茶ばするけど、無理はしないと。」

「任せたぞ。」

「あい。たーんと任せて。」

嬉しそうに笑うモモに苦笑を浮かべて身を任せる。こうなったら大人しく身を任せて、なるだけ負担をかけないように終わらせる方が最善だろう。



「俺は強いのか? 」

モモが歩き出そうとしたが、狼野郎の声が聞こえて立ち止まる。モモが気を利かせて俺が狼野郎を見えるように抱き直した。

もう立ち上がったのかと一瞬、警戒もしたが狼野郎は倒れたままで虚空をただ眺めていた。赫が抜けた冷たい青い瞳には怒りも歓喜もなく、穏やかに流れるゆく白い雲を映す。

「俺は強いと思った。…だが、それも結局は俺の基準物差しだ。お前の受け取りたいように受け取りゃあいいだろ。」

そう言葉を投げかけると狼野郎は俺を見て、そしてラヨネを見た。ラヨネは一瞬、ビクリッと小さく身を震わせたが、覚悟を決めたようにキッと睨んだ。

「…強さってなんだろうな。」

溜息を溢すようにそう吐くと狼野郎はゆっくりと目を瞑り、目から溢れるものを隠すように腕で覆った。


「行くぞ。」

複雑な表情で狼野郎の様子を伺うモモの肩を軽く叩き、この場から離れるように指示を出す。

奴の事は山賊の頭で獣人である事しか知らない。それがなんの涙かは分からないが、男の涙は見なかった事にしてやるのが優しさってもんだ。


ゾンビ(仮)達だった奴らが憑き物が落ちたかのような顔でムクリと起き上がっていく間をモモに抱きかかえられて通りながらふと、空を見上げる。

青く澄んだ青空が視界に広がり、スッと息を吐いた。
すると視界が段々と霞んで意識が暗い寒い所へと沈んでいく。

ー 疲れ…た。

少し休むつもりで閉じられた瞼が開くのは三ヶ月後の事だった。
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