逃げた小鳥

７

＊



 「聖子、病院に行くよ。」

 「えっ！？病院って…あなたどこか悪いの？」

 「……そうじゃないよ。
 悪いのは君だ。」



わけもわからないまま、ある日、私は彼に連れられて病院に向かった。
 着いた先は、心療内科だった。



 「良いかい。
 君はただ、黙って頷いていれば良いからね。
 質問にも答えちゃだめだよ。」

 診察室に入ると、彼はありもしないことを医師に告げた。
 私がずっと眠れないだとか、夜中に突然何かに怯えて逃げ出そうとするだとか、度々死を口にするだとか……
私は彼に言われた通り、医師に何を尋ねられてもただ黙って俯いていた。



 「良かったよ。
 本当に上手だった！」

 家に戻ると、彼はそう言って私を抱きしめた。
 彼は、私を病人にし立てて何をしようとしているのか…
とても不安だった。
だけど、逃げ出したくても逃げ出す事は許されない。
 私が逃げたら、希美がどうなるかわからないんだから。
それに、お金の管理もすべてあの人がやってるから、私はお金も持ってない。
 母さんが何かあった時にと持たせてくれたキャッシュカードは隠し持ってるけれど、きっとそれほどたいしたお金は入っていないはずだ。



 毎日が緊張と緩和の繰り返しだった。
 彼が仕事にでかける時は、相変わらず裸で部屋に閉じ込められ、帰って来たら、よその夫と同じように…いや、それ以上に優しく接してくれた。
 私が料理をする間、ぼそぼそと会社であった事を話す彼には、少しもおかしい所は感じられない。
 食事をしている間も、テレビを見たり話したり…
彼は、以前と変わらず話がうまく楽しくて明るくて…

大きな新築の家に住み、お金に困る事もなく、暴力を受けるわけでもなく、私は彼にとても愛されている…
ただ、彼は異常に嫉妬深いだけ。
 彼には大きな恩もあるわけだし、もしかしたらこのくらいのことは我慢しなければならないのかもしれない。
……そう思おうとした。
だけど、やっぱりそれは正常なことじゃない。
このままじゃ駄目になってしまう。
 工場のために借りたお金は、一生かかっても働いて返せば良い。

 私は、ある日、ついに家を出ることを決断した。