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「……そんな……」

 「父さん、本当はあんたに会いたがってたんだよ。
だから、最期に会えたのはすごく嬉しかったと思うよ。
あんな穏やかな顔見たの…本当に久しぶりだった。」

 母さんはそう言って、目頭の涙を拭った。



 僕は何を見ていたのだろう…
父さんの深い愛情に、少しも気付いていなかった。
ごく表面的なところを見ては、父さんは僕の夢に反対で、だから家を追い出したんだと、単純にそう思い込んで…



「父さん……」

凍てついていた僕の心が溶け出した。



すべてを知ったあの日から、僕は夢を捨てた。
 愚かな僕には役者なんて目指す資格はない…いや、それは、才能がないことがわかっていながら、なかなか辞められなかった僕の言い訳なのかもしれない。
でも、父の死をきっかけに僕はどうにか夢を捨てることが出来た。




それから、遊園地で働き始め、静かな日々を重ねてきた。
 気持ちに張りのようなものはなくなってしまったけれど、きっと皆こんなものだ。
 夢を追いかけるなんて、馬鹿馬鹿しいことなんだ。
 母さん達だってきっとそう思ってる。




 「あ……」




その時、遠くに見慣れた迷路の柵が目に入った。
 僕は速まる鼓動を感じながら、迷路に向かって駆け出した。




やっと出られる…そう思ったのも束の間…
その迷路は僕が知ったものではなかった。
 暗くなる空に焦りながら、速足で迷路を歩いている時、僕は人の姿をみつけた。




 (まさか……)



 「父さん…!」



そんな筈はないと思いながらも、その後ろ姿はやはり父さんのものに思えた。




 「待って!父さん!」



 僕は懸命に、父さんの後ろ姿を追った。
 追いつけそうでなかなか追いつけない…



「待ってよ!父さん!」



じりじりと差を縮め、あと少しで父さんに追い付く…そう思った時、急に目の前が開けた。




 「……ここは!?」




 僕の目に映ったのは、小さな劇団の稽古場だった。
そこには、ある芝居のオーディション会場と張り紙がされていた。



 「……父さん……ありがとう……
僕、もう一度頑張ってみるよ。」



 僕は、稽古場の扉を押し開けた。
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