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008蝶の舞う月夜

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「すっかり遅くなりましたね。」

「そうだな…」



町のレストランには、私が以前よく食べていたものが豊富に揃っていた。
どこかが違うような印象はあるにはあったが、その味や見た目に昔から知っているような感覚があったのも事実だ。
考えてみれば、私はそれほど料理に詳しいわけでもなければ、食通というほどでもない。
そんな風に考えてしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。
言ってみれば、旅行先の料理と言った所か…



「ところで、ジェラール…
あなたはお酒はあまりお好きではないのですか?」

「え…?……あぁ、そうだな。
嫌いということもないが、ルイスのように飲めるタイプではないようだ。
君はどうだ?」

「私は、まだよくわかりません。
なんせ、酒を飲んだのは今日が初めてなんですから。
今はとても良い気分ですが、飲みすぎると酷いことになるとおっしゃったのはあなたですよ。」

「そうだったな。
でも、ルイスと一緒に酒場に行ってたら、きっと酷い目にあってるぞ。」

「確認しますが、酷いというのは体調のことですよね?」

「そうだ。」

「だったら、やめておいて良かったですね。」



彼のその言葉にどういう意味があるのかはよくわからなかった。
もしかしたら、彼は自分の身体を大切に想っているのかもしれない。
私やルイスとまるで変わらない人間に見える彼は、私が苦労して砕いた水晶から出来た人間だ。
水晶から人間が出来るということ自体、どう考えても論理的なことではない。
そんなことを言ったら、たとえ小さな子供でも信じることはないだろう。
なのに、彼は今私のすぐ傍で、ごく当たり前に歩き、当たり前の話をしている。
この事実をどう受け止めるべきなのか…

私はクリスタルに気付かれないように俯いて小さく笑った。
何もかもが奇妙で理不尽なこの世界のことなど、まともに考えても仕方がない。
そんなことは重々わかっているのに、ついつい考えてしまう私が愚かなのだ。



その時、不意に私の目の端で何かが動いた。



「あ……!ジェラール!
あれを!」



興奮した声を上げ、クリスタルが指差した先には、異様に大きな月…そして、その前で乱舞する無数の蝶々がいた…
薄紅色の蝶が月の前をひらひらと横切っていく。



その光景はどこか狂気染みた美しさを醸し出していた。

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