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 (もういやだ……)



 何もかもすべて放り出したい…
そんな気分だった。



どれほど一生懸命働いても、病気の母親の薬代と、生活費でそんな金は全部なくなる。
それどころか、毎月お金が足りなくて、借金は膨らむばかりだ。
 幼い弟達はいつもお腹をすかせている。



なぜ、僕はこんなにも不幸なんだろう?
 思い起こしてみれば、僕はずっと不幸だった気がする。
 僕が十歳の時に父さんが事故で亡くなった。
その悲しみがまだ少しも癒えないうちから、身体の弱い母さんが働いて僕達を育ててくれたのだけど、その無理が祟って、母さんはすっかり身体を壊してしまい、今では寝たきりの生活だ。
それからは僕が母さんの代わりに働くことになった。
 僕と同じくらいの子は学校に行ってるけれど、僕は父さんが亡くなってから、学校にも行っていない。
そんな余裕はうちにはなかった。
 今は、朝から晩までひたすら働いて家計を支えている。
けれど、僕の力はあまりにも微力だ。
 母さんには、思うように薬も買ってあげられないし、お医者様にも診てもらえない。
お金がないからろくな食事もさせられなくて、弟達も栄養失調になりそうだし、この僕だっていつ倒れてもおかしくない。
このままいったら、僕の家族はそのうちに破滅だ。




なにもかも放り出せたら…
どんなに楽になれるだろう…
家族も仕事もなにもかも…




「それも良いんじゃないか?」



まるで、僕の思考を読んだかのような声に…
僕は、驚いて後ろを振り返った。



 「今のは僕に言ったのか?」

 「あぁ、そうだ。
なにもかも投げ出したいんだろう?」



 黒くしなやかな髪は、腰近くまで長く伸びていた。
 黒い帽子を目深にかぶっているその男は、どこか僕を馬鹿にしたような目をして微笑んでいた。




 「あんたは何者だ?
 僕の思考が読めるなんて、まともな人間じゃなさそうだな。」

 「その通りだ。
……良かったら、あんたのその魂を俺にくれないか?」

 「……悪魔か……」

その問いに男は何も答えなかった。
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