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第十九章 メキシコ戦役
メキシコ侵攻
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「閣下、敵地上部隊が国境を通過しました」
アメリカ軍はカリフォルニア各地の基地に電撃的に空襲を行い、メキシコ軍と日本軍の行動を妨害したところで、一気に地上部隊を送り込んで来た。自国の未来に絶望した最後の足掻きなどではない。勝つことを見据えた計画的な作戦であった。
「アメリカが西部国境に配備しているのはおよそ二百万。それに対して我が軍は、北米方面軍三十万に過ぎない。メキシコ軍は数こそそれなりだが、装備も練度もアメリカ軍に劣っていることには違いない……」
辻中将は当然ながら、北アメリカ大陸における各勢力の軍事力を精確に把握している。帝国の北米方面軍はあくまで政治的な存在であり、本当にアメリカ軍と正面切って戦うことは想定していないことも、もちろん承知している。
「ダメだ。とても勝てない。前線が総崩れになるのは時間の問題だし、それは数日の内に起こるだろう」
「で、では、どうすれば……」
「我々の限られた戦力を活かすには、兵力を一箇所に集中させるべきだ。ここ、サンフランシスコの守りを固め、避難民を可能な限りサンフランシスコに収容する。そして国連軍の救援を待つ。これしかない。幸いにしてサンフランシスコには和泉が停泊している。アメリカの連中もそうそう手は出せない筈だ」
「しかし、海軍が和泉を引き上げる可能性もあるのでは? 海軍の連中は地上からの攻撃に晒されることを嫌うでしょう」
「サンフランシスコを見捨てる、か。確かに、我が軍の切り札である和泉を危険を晒す訳にはいかない。軍事的には正しい判断だ」
辻中将は軍令部や大本営がサンフランシスコを見捨てないことを祈るしかできなかった。
○
そして辻中将が予想した通り、連合艦隊司令部では北米駐屯艦隊の引き上げが検討されていた。敵の重砲の射程に和泉が入る可能性があるし、敵兵の侵入を許すかもしれない。
「――それで私の心配をしているつもりかな?」
当の和泉はやや苛立ちを感じさせる口調で、連合艦隊司令長官草鹿大将に問い掛けた。
「その通りだ。こんなところで君を傷付ける訳にはいかない」
「私を舐めているのかな? それは不愉快というものだよ。アメリカ軍の大砲如きに私を傷付けることは不可能だ」
「では、敵兵の侵入を許す可能性はどうだ?」
「そんなこと、現実的にあり得ると? サンフランシスコの防衛線が生きている限り、アメリカ人が私に触れることは不可能だよ」
「例えばグライダーやヘリコプターで強行突入してくるかもしれない」
「そんなもの、機銃で全部落とせるよ。仮に甲板にあの汚らしい奴らが足を踏み入れても、40mm機銃でバラバラ死体になるだけだ」
人間の兵士が全く乗っていない状況も想定し、大抵の艦艇は機銃を乗り込んで来た敵兵を殺すのにも使えるよう配置されている。特に高威力の40mm機銃が所狭しとならんでいる和泉の上甲板に乗り移ったら最後、どの部位だったか識別できなくなるほど細かな肉片になるだろう。
「私は別に人助けなんかに興味はないけど、アメリカ人が好き勝手するのは極めて不愉快なんだ。逆にアメリカ人を51cm砲で跡形もなく消し飛ばすのは気分が晴れる」
「君の考えは分かった。だがそれ以上に問題がある。君がここに孤立していては、その好機を狙ってアメリカ海軍が攻撃してくるかもしれない。その時はどうするつもりだ? 戦艦なら何隻来ても問題なかろうが、何百機という航空機に襲われたら、流石の君でも長くは持つまい」
「適切な航空援護があればいいだけだろう? だったらカリブ海から第五艦隊とか瑞鶴とかを呼び付ければいい。どうせ東海岸のことはドイツに任せるつもりだろう?」
「今カリブ海をがら空きにする訳にはいかない」
東海岸のアメリカ海軍はほぼ壊滅しているとは言え、一番厄介な敵であるエンタープライズは健在だ。ドイツのカリブ海に駐屯している部隊は空母一隻だけであまり頼りにはならない。
「だが……一時凌ぎであれば可能かもしれない。空母の一部をこちらに動かし、援護を付けるか」
「敵を撹乱してくれる戦力さえあれば、何千機が来ようと落とせるよ」
「それは流石に言い過ぎだ」
とは言え、長10cm連装砲16基という破格の対空戦闘能力を持つ和泉が空に対しても鉄壁の要塞であることは間違いない。
「事は急を要する。すぐに来れる信濃と大鳳を速やかに配置換えするとしよう」
「それだけあれば十分だ。とっとと電報を送るといい」
「ああ。言われなくてもな」
○
そういう訳で、信濃と大鳳をサンフランシスコに向かわせるよう、第五艦隊に問答無用の電報が届いた。
「――そういう訳だ。時間がない。信濃、大鳳、行ってくれるな?」
大鳳には、多くの船魄を騙しているのと同様、『人類の敵アイギスの攻勢が始まった』ということにして伝えている。まあ実際のところ、アメリカは今や本当に人類の敵だが。
「連合艦隊からの命令に逆らうなどあり得ぬ。しかし護衛はつけるべき」
「確かにそうだな。草鹿大将閣下も急いでいて忘れていたようだ」
「ご、護衛は多めでお願いします……」
大鳳はおずおずと言う。
「多めとは言ってもな。駆逐艦の数は全般に不足しているのだ。峯風と……涼月を連れて行け」
秋月型はあまり対潜戦には向いていないのだが、峯風と涼月は離れ離れにするのは長門にはできなかった。
「ありがとうございます……」
「仲良くやるんだぞ」
「え、ま、まあ、努力します」
第五艦隊は貴重な航空戦力を太平洋に送り出した。
アメリカ軍はカリフォルニア各地の基地に電撃的に空襲を行い、メキシコ軍と日本軍の行動を妨害したところで、一気に地上部隊を送り込んで来た。自国の未来に絶望した最後の足掻きなどではない。勝つことを見据えた計画的な作戦であった。
「アメリカが西部国境に配備しているのはおよそ二百万。それに対して我が軍は、北米方面軍三十万に過ぎない。メキシコ軍は数こそそれなりだが、装備も練度もアメリカ軍に劣っていることには違いない……」
辻中将は当然ながら、北アメリカ大陸における各勢力の軍事力を精確に把握している。帝国の北米方面軍はあくまで政治的な存在であり、本当にアメリカ軍と正面切って戦うことは想定していないことも、もちろん承知している。
「ダメだ。とても勝てない。前線が総崩れになるのは時間の問題だし、それは数日の内に起こるだろう」
「で、では、どうすれば……」
「我々の限られた戦力を活かすには、兵力を一箇所に集中させるべきだ。ここ、サンフランシスコの守りを固め、避難民を可能な限りサンフランシスコに収容する。そして国連軍の救援を待つ。これしかない。幸いにしてサンフランシスコには和泉が停泊している。アメリカの連中もそうそう手は出せない筈だ」
「しかし、海軍が和泉を引き上げる可能性もあるのでは? 海軍の連中は地上からの攻撃に晒されることを嫌うでしょう」
「サンフランシスコを見捨てる、か。確かに、我が軍の切り札である和泉を危険を晒す訳にはいかない。軍事的には正しい判断だ」
辻中将は軍令部や大本営がサンフランシスコを見捨てないことを祈るしかできなかった。
○
そして辻中将が予想した通り、連合艦隊司令部では北米駐屯艦隊の引き上げが検討されていた。敵の重砲の射程に和泉が入る可能性があるし、敵兵の侵入を許すかもしれない。
「――それで私の心配をしているつもりかな?」
当の和泉はやや苛立ちを感じさせる口調で、連合艦隊司令長官草鹿大将に問い掛けた。
「その通りだ。こんなところで君を傷付ける訳にはいかない」
「私を舐めているのかな? それは不愉快というものだよ。アメリカ軍の大砲如きに私を傷付けることは不可能だ」
「では、敵兵の侵入を許す可能性はどうだ?」
「そんなこと、現実的にあり得ると? サンフランシスコの防衛線が生きている限り、アメリカ人が私に触れることは不可能だよ」
「例えばグライダーやヘリコプターで強行突入してくるかもしれない」
「そんなもの、機銃で全部落とせるよ。仮に甲板にあの汚らしい奴らが足を踏み入れても、40mm機銃でバラバラ死体になるだけだ」
人間の兵士が全く乗っていない状況も想定し、大抵の艦艇は機銃を乗り込んで来た敵兵を殺すのにも使えるよう配置されている。特に高威力の40mm機銃が所狭しとならんでいる和泉の上甲板に乗り移ったら最後、どの部位だったか識別できなくなるほど細かな肉片になるだろう。
「私は別に人助けなんかに興味はないけど、アメリカ人が好き勝手するのは極めて不愉快なんだ。逆にアメリカ人を51cm砲で跡形もなく消し飛ばすのは気分が晴れる」
「君の考えは分かった。だがそれ以上に問題がある。君がここに孤立していては、その好機を狙ってアメリカ海軍が攻撃してくるかもしれない。その時はどうするつもりだ? 戦艦なら何隻来ても問題なかろうが、何百機という航空機に襲われたら、流石の君でも長くは持つまい」
「適切な航空援護があればいいだけだろう? だったらカリブ海から第五艦隊とか瑞鶴とかを呼び付ければいい。どうせ東海岸のことはドイツに任せるつもりだろう?」
「今カリブ海をがら空きにする訳にはいかない」
東海岸のアメリカ海軍はほぼ壊滅しているとは言え、一番厄介な敵であるエンタープライズは健在だ。ドイツのカリブ海に駐屯している部隊は空母一隻だけであまり頼りにはならない。
「だが……一時凌ぎであれば可能かもしれない。空母の一部をこちらに動かし、援護を付けるか」
「敵を撹乱してくれる戦力さえあれば、何千機が来ようと落とせるよ」
「それは流石に言い過ぎだ」
とは言え、長10cm連装砲16基という破格の対空戦闘能力を持つ和泉が空に対しても鉄壁の要塞であることは間違いない。
「事は急を要する。すぐに来れる信濃と大鳳を速やかに配置換えするとしよう」
「それだけあれば十分だ。とっとと電報を送るといい」
「ああ。言われなくてもな」
○
そういう訳で、信濃と大鳳をサンフランシスコに向かわせるよう、第五艦隊に問答無用の電報が届いた。
「――そういう訳だ。時間がない。信濃、大鳳、行ってくれるな?」
大鳳には、多くの船魄を騙しているのと同様、『人類の敵アイギスの攻勢が始まった』ということにして伝えている。まあ実際のところ、アメリカは今や本当に人類の敵だが。
「連合艦隊からの命令に逆らうなどあり得ぬ。しかし護衛はつけるべき」
「確かにそうだな。草鹿大将閣下も急いでいて忘れていたようだ」
「ご、護衛は多めでお願いします……」
大鳳はおずおずと言う。
「多めとは言ってもな。駆逐艦の数は全般に不足しているのだ。峯風と……涼月を連れて行け」
秋月型はあまり対潜戦には向いていないのだが、峯風と涼月は離れ離れにするのは長門にはできなかった。
「ありがとうございます……」
「仲良くやるんだぞ」
「え、ま、まあ、努力します」
第五艦隊は貴重な航空戦力を太平洋に送り出した。
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