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第十八章 日独交渉
日独和平交渉Ⅱ
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瑞鶴は一時間ほどで戻ってきた。下村大将はその間、瑞鶴艦内の応接間で悠々と寛いでいた。
「お早い帰還だな。で、結論は出たのかな?」
「ええ。あんたの話は受けることにしたわ。但し、行くのは私だけよ。それで問題ないでしょ?」
「運んでもらいたいのはほんの数人だ。問題はない。だが理由を聞かせてもらってもいいかな?」
「キューバのことを放っておく訳にはいかないし、万一罠だったとしても私が死ぬだけで済むわ」
妙高や高雄は渋っていたし、ツェッペリンも直接は言わなかったが不満そうであった。しかし今回の仕事は瑞鶴だけで十分ということで押し切った。
「なるほど。少しは信用して欲しいところなんだがなあ」
「逆に信用できる理由があると思ってるの?」
「ふむ。確かに、特にないな」
「少しは信用される努力をしてみたら?」
「それは手厳しいな。まあ検討しておこう。それと、そうと決まったらすぐに実行に移そうじゃないか。今から東京に向かうぞ」
「え、本気? 今から?」
「ああ、本気だとも。今から向かったとしても二週間はかかるからね。時間は惜しいんだ。暫くは私が同乗して人質になろう」
下村大将は困り顔の瑞鶴に捲し立てた。
「それとも、出航にはまだ準備が必要なのかな?」
「いや、別にそんなことはないけど、燃料の手配とかはしてるんでしょうね?」
「問題ない。内大臣府が万事抜かりなく手配している」
「あ、そう。じゃあ行きましょう」
瑞鶴は本当は海上要塞の自室を整えてから出発したかったのだが、下村大将の圧に押されて直ちに出航する羽目になってしまった。下村大将は瑞鶴に同乗して自らが人質になった。
○
さて、瑞鶴が唐突に去ってすぐのこと。瑞鶴が抜けた月虹はなかなか静かなものであった。ツェッペリンの尊大な態度もどこへやら、何か話しづらそうにしている。
「あの、ツェッペリンさん」
「な、何だ?」
要塞の廊下で、妙高はツェッペリンに話し掛ける。ツェッペリンの声はやけに上ずっていた。
「瑞鶴さんがいないと寂しいですね」
「う、うむ、そうだな。奴がいないと調子が狂う。特に愛宕だ。我は彼奴が苦手なのだ。瑞鶴に対処を任せたい」
「愛宕さんですか……。確かに、高雄以外の全員に敵意を向けてる感じですけど……妙高はあんまり気にしてないです」
「そ、そうなのか。お前は意外と大胆なところがあるな」
「そ、そうでしょうか……」
そう言われると妙高は照れてしまって、顔に笑みが浮かぶ。
「そうだ、ツェッペリンさん、せっかくですし今晩は一緒にお風呂に入りませんか?」
「……な、何? 今何と言った?」
「ですから、一緒にお風呂に入りましょう。せっかく大浴場があるんですから」
「…………」
ツェッペリンは言葉の意味を理解すると、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。定住地のない月虹は風呂などいつも自分の艦内で済ませていたのである。
「あ、あの、ツェッペリンさん、もしかして嫌でしたか……?」
「あ、い、いや、その、別に嫌とかじゃないのだが…………。人と風呂に入るなんて、なかなかないものだからな……」
「ドイツではそういうものなんですか?」
「う、うむ、そうだ。ドイツ人は月に数回ほどしか風呂に入らんし、入っても自宅の風呂だけなのだ」
「そうなんですか……」
「だ、だが、我も瑞鶴とは長い付き合いだからな。風呂の良さは分かっておるぞ。艦内に風呂を造らせたしな」
「おお、そうなんですね! でしたら一緒に入りましょう」
「あ、ああ、望むところだ!」
「じゃあ、高雄と愛宕も誘いましょう!」
「えっ……」
と言った瞬間、ツェッペリンはこの世界のありとあらゆる絶望を味わったような顔を浮かべた。
「よ、よかろう……。うん、そうだよな……」
妙高とツェッペリンは二人を誘いにその部屋を尋ねた。そして風呂に誘ってみると、高雄は乗り気だったが愛宕が全力で拒否した。
「――あのねえ、お姉ちゃんの裸を人前に晒すなんて考えられないわ。お姉ちゃんの裸体を見ていいのは私だけなのよ」
「そんなことは誰も決めていませんが……」
「ダメなものはダメよ。ねえ、お姉ちゃん」
「で、ですが、わたくし第五艦隊の皆さんとはよく一緒にお風呂に入っていましたよ? 妙高とも勿論」
「えっ……」
当たり前のことなのだが、それを指摘されると愛宕は固まってしまった。
「ま、まあ、それはそうよね。なら妙高は仕方ないとしても、ツェッペリンにお姉ちゃんの裸を晒す訳にはいかないわ」
「な、何故に我だけ?」
「被害をこれ以上増やす訳にはいかないわ」
「わたくしは被害だなんて思っていませんよ……」
高雄はせっかくの妙高の誘いに乗りたかった。しかし、この話題は意外な結末を迎えた。
「そうか分かった。なれば仕方ないな! 妙高、我と二人で風呂に入るとしよう!」
「で、ですけど……」
「嫌がっている者を誘うことはあるまい!」
「ま、まあ、確かに。じゃあ高雄、また今度ね」
「ええ。いつでも大丈夫です」
ツェッペリンは妙高を意気揚々と連れて行き、愛宕は恨めしそうに妙高を見つめていた。
「お早い帰還だな。で、結論は出たのかな?」
「ええ。あんたの話は受けることにしたわ。但し、行くのは私だけよ。それで問題ないでしょ?」
「運んでもらいたいのはほんの数人だ。問題はない。だが理由を聞かせてもらってもいいかな?」
「キューバのことを放っておく訳にはいかないし、万一罠だったとしても私が死ぬだけで済むわ」
妙高や高雄は渋っていたし、ツェッペリンも直接は言わなかったが不満そうであった。しかし今回の仕事は瑞鶴だけで十分ということで押し切った。
「なるほど。少しは信用して欲しいところなんだがなあ」
「逆に信用できる理由があると思ってるの?」
「ふむ。確かに、特にないな」
「少しは信用される努力をしてみたら?」
「それは手厳しいな。まあ検討しておこう。それと、そうと決まったらすぐに実行に移そうじゃないか。今から東京に向かうぞ」
「え、本気? 今から?」
「ああ、本気だとも。今から向かったとしても二週間はかかるからね。時間は惜しいんだ。暫くは私が同乗して人質になろう」
下村大将は困り顔の瑞鶴に捲し立てた。
「それとも、出航にはまだ準備が必要なのかな?」
「いや、別にそんなことはないけど、燃料の手配とかはしてるんでしょうね?」
「問題ない。内大臣府が万事抜かりなく手配している」
「あ、そう。じゃあ行きましょう」
瑞鶴は本当は海上要塞の自室を整えてから出発したかったのだが、下村大将の圧に押されて直ちに出航する羽目になってしまった。下村大将は瑞鶴に同乗して自らが人質になった。
○
さて、瑞鶴が唐突に去ってすぐのこと。瑞鶴が抜けた月虹はなかなか静かなものであった。ツェッペリンの尊大な態度もどこへやら、何か話しづらそうにしている。
「あの、ツェッペリンさん」
「な、何だ?」
要塞の廊下で、妙高はツェッペリンに話し掛ける。ツェッペリンの声はやけに上ずっていた。
「瑞鶴さんがいないと寂しいですね」
「う、うむ、そうだな。奴がいないと調子が狂う。特に愛宕だ。我は彼奴が苦手なのだ。瑞鶴に対処を任せたい」
「愛宕さんですか……。確かに、高雄以外の全員に敵意を向けてる感じですけど……妙高はあんまり気にしてないです」
「そ、そうなのか。お前は意外と大胆なところがあるな」
「そ、そうでしょうか……」
そう言われると妙高は照れてしまって、顔に笑みが浮かぶ。
「そうだ、ツェッペリンさん、せっかくですし今晩は一緒にお風呂に入りませんか?」
「……な、何? 今何と言った?」
「ですから、一緒にお風呂に入りましょう。せっかく大浴場があるんですから」
「…………」
ツェッペリンは言葉の意味を理解すると、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。定住地のない月虹は風呂などいつも自分の艦内で済ませていたのである。
「あ、あの、ツェッペリンさん、もしかして嫌でしたか……?」
「あ、い、いや、その、別に嫌とかじゃないのだが…………。人と風呂に入るなんて、なかなかないものだからな……」
「ドイツではそういうものなんですか?」
「う、うむ、そうだ。ドイツ人は月に数回ほどしか風呂に入らんし、入っても自宅の風呂だけなのだ」
「そうなんですか……」
「だ、だが、我も瑞鶴とは長い付き合いだからな。風呂の良さは分かっておるぞ。艦内に風呂を造らせたしな」
「おお、そうなんですね! でしたら一緒に入りましょう」
「あ、ああ、望むところだ!」
「じゃあ、高雄と愛宕も誘いましょう!」
「えっ……」
と言った瞬間、ツェッペリンはこの世界のありとあらゆる絶望を味わったような顔を浮かべた。
「よ、よかろう……。うん、そうだよな……」
妙高とツェッペリンは二人を誘いにその部屋を尋ねた。そして風呂に誘ってみると、高雄は乗り気だったが愛宕が全力で拒否した。
「――あのねえ、お姉ちゃんの裸を人前に晒すなんて考えられないわ。お姉ちゃんの裸体を見ていいのは私だけなのよ」
「そんなことは誰も決めていませんが……」
「ダメなものはダメよ。ねえ、お姉ちゃん」
「で、ですが、わたくし第五艦隊の皆さんとはよく一緒にお風呂に入っていましたよ? 妙高とも勿論」
「えっ……」
当たり前のことなのだが、それを指摘されると愛宕は固まってしまった。
「ま、まあ、それはそうよね。なら妙高は仕方ないとしても、ツェッペリンにお姉ちゃんの裸を晒す訳にはいかないわ」
「な、何故に我だけ?」
「被害をこれ以上増やす訳にはいかないわ」
「わたくしは被害だなんて思っていませんよ……」
高雄はせっかくの妙高の誘いに乗りたかった。しかし、この話題は意外な結末を迎えた。
「そうか分かった。なれば仕方ないな! 妙高、我と二人で風呂に入るとしよう!」
「で、ですけど……」
「嫌がっている者を誘うことはあるまい!」
「ま、まあ、確かに。じゃあ高雄、また今度ね」
「ええ。いつでも大丈夫です」
ツェッペリンは妙高を意気揚々と連れて行き、愛宕は恨めしそうに妙高を見つめていた。
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