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第十七章 大西洋海戦
シャルンホルストのの結末
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「うっ……ぐっ……」
既に峯風と雪風の魚雷を喰らっている右舷に追い討ちを喰らい、シャルンホルストは激しい痛みに意識が朦朧としてくるのを感じた。
『あらあら、酷い損傷じゃない。敵はあなたを集中して狙っていたみたいね』
プリンツ・オイゲンの人を見下したような声で、シャルンホルストの意識はにわかに覚醒した。
「そう、みたい…………」
『ねえ……本当に大丈夫?』
オイゲンの声音が切迫したものに変わった。多くの艦艇の沈没に立ち会ってきた幸運艦の直感が、何かを告げたのかもしれない。
「右舷の損傷、激しく……ダメージコントロールが、間に合っていない……。いや、中央隔壁まで、損傷が到達、している」
『え、何それ。それじゃあ死ぬじゃない』
「ああ、そうなる、だろう」
『そう。残念ね』
シャルンホルストの船体は徐々に傾いていく。今は強い波を受けた程度の傾きに過ぎないが、いずれ転覆することは避けられないだろう。
「艦隊の指揮権は、グナイゼナウに、引き継ぐ」
『姉上!? 何を言っているんだ!?』
「私はもう沈む。第二隊群のことは、任せた」
『ば、馬鹿なことを言うんじゃない!! まだ何とかなるだろ!!』
「損傷は、余りにも激しい。普通の軍艦なら、とっくに総員上甲板、だろう」
話している間にもシャルンホルストの傾斜は増して10度は超えていた。
『そ、そんな……』
「私はもう、どうにもならない。分かったら、ビスマルクに命令をもらえ」
『…………』
「グナイゼナウ、後のことは、任せた」
『分かったよ、姉上……。私に任せてくれ』
「ありがとう。沈没寸前の艦など、危険極まる。全艦、早く私から、離れろ」
弾薬庫が誘爆などすれば、周辺の艦艇に危険が及ぶ。シャルンホルストを見捨てて離れるのは正しい判断だ。だが、シャルンホルストの命令を聞く気がない船魄が一人。
「オイゲン……? どうしてこっちに来ている……?」
プリンツ・オイゲンは何故かシャルンホルストに向かって来ていた。
『あなたの死体くらい回収してあげようと思ってね。それだけよ』
「来るなと、言った筈。お前まで巻き込まれたら、どうする気……?」
『そんなことは起こらないわ。だって私、幸運艦だから』
「馬鹿な、ことを……」
『私がそんなヘマをやらかす訳がないわ。そっち行くから舷梯降ろしといて』
「本気……?」
『当然でしょ。あ、それと、階段登るの面倒臭いから、艦橋からは降りといてよね』
「我儘な、奴め……」
プリンツ・オイゲンは宣言した通りにシャルンホルストに横付けして、内火艇を出してシャルンホルスト艦内に入ると、その艦橋に一直線に走った。既に傾斜は30度近く、歩いているだけで気分が悪くなってくる状態だ。
「はぁ。まったく。やっぱ来るんじゃなかったかしら」
と愚痴を零しつつも、オイゲンは艦橋に向かった。下の方にはいなかったので階段を登っていくと、檣楼の中程で黒髪の少女が倒れていた。
「ちょっと、何やってるのよ。階段をマトモに歩くことすらできない訳?」
「すま、ない……。もう、意識が混濁している、という奴だ……」
シャルンホルストはもう一歩とて歩く気力すらないようであった。酷く疲れた顔をして、オイゲンに視線を合わせることすら精神力を消耗させるのに十分であった。
「そう。もう余計なことは喋らなくていいわ。一緒に脱出できるか怪しいし、私のやりたいことは先にやらせてもらう」
「そう、か……」
プリンツ・オイゲンはどこからかナイフを取り出した。そして、そのナイフでシャルンホルストの左の掌をザクリと切り裂いた。たちまちに彼女の手は赤黒い血で染まった。
「あなたのことは忘れないわ。永遠にね」
「頼もしい、ことだ……」
オイゲンはシャルンホルストの血に染まった手を持ち上げると、自らの白い羽に押し付けた。幾多の血の跡が遺る羽に、血の手形が一つ増えたのだった。
「これで終わりよ。さて、脱出しましょうか」
と言いつつ、傾斜は40度に達しようとしていた。
「私は、置いていけ。一秒でも早く、ここを出ろ。死ぬぞ」
「それも検討したけど、やっぱりあなたは連れて行くわ」
「無謀、だ……」
「私がやると決めたらやるのよ」
オイゲンはシャルンホルストの身体を支えながら、できる限り急いで艦橋を降りて上甲板に出た。既にシャルンホルストの甲板は滑り台のような傾斜に達していた。
「早く、逃げろ……」
「ここまで来たら海に飛び込むしかないでしょ。行くわよ。服が塩水塗れになるのは最悪だけど」
「…………」
オイゲンとシャルンホルストは海に飛び込み、オイゲンは自分の内火艇にシャルンホルストを担ぎ込んだ。
シャルンホルストの傾斜は60度を超え、復元力の限界に達したシャルンホルストの船体は一気に傾いていき、そして真っ逆さまに転覆した。
「まだ生きてるかしら?」
膝元に寝かせているシャルンホルストに、オイゲンは尋ねた。
「手間を、かけさせた…………」
「どうってことないわ」
「ああ…………」
「これまでありがとうね」
シャルンホルストは船底を晒したまま、その姿をゆっくりと水底に沈めていった。
既に峯風と雪風の魚雷を喰らっている右舷に追い討ちを喰らい、シャルンホルストは激しい痛みに意識が朦朧としてくるのを感じた。
『あらあら、酷い損傷じゃない。敵はあなたを集中して狙っていたみたいね』
プリンツ・オイゲンの人を見下したような声で、シャルンホルストの意識はにわかに覚醒した。
「そう、みたい…………」
『ねえ……本当に大丈夫?』
オイゲンの声音が切迫したものに変わった。多くの艦艇の沈没に立ち会ってきた幸運艦の直感が、何かを告げたのかもしれない。
「右舷の損傷、激しく……ダメージコントロールが、間に合っていない……。いや、中央隔壁まで、損傷が到達、している」
『え、何それ。それじゃあ死ぬじゃない』
「ああ、そうなる、だろう」
『そう。残念ね』
シャルンホルストの船体は徐々に傾いていく。今は強い波を受けた程度の傾きに過ぎないが、いずれ転覆することは避けられないだろう。
「艦隊の指揮権は、グナイゼナウに、引き継ぐ」
『姉上!? 何を言っているんだ!?』
「私はもう沈む。第二隊群のことは、任せた」
『ば、馬鹿なことを言うんじゃない!! まだ何とかなるだろ!!』
「損傷は、余りにも激しい。普通の軍艦なら、とっくに総員上甲板、だろう」
話している間にもシャルンホルストの傾斜は増して10度は超えていた。
『そ、そんな……』
「私はもう、どうにもならない。分かったら、ビスマルクに命令をもらえ」
『…………』
「グナイゼナウ、後のことは、任せた」
『分かったよ、姉上……。私に任せてくれ』
「ありがとう。沈没寸前の艦など、危険極まる。全艦、早く私から、離れろ」
弾薬庫が誘爆などすれば、周辺の艦艇に危険が及ぶ。シャルンホルストを見捨てて離れるのは正しい判断だ。だが、シャルンホルストの命令を聞く気がない船魄が一人。
「オイゲン……? どうしてこっちに来ている……?」
プリンツ・オイゲンは何故かシャルンホルストに向かって来ていた。
『あなたの死体くらい回収してあげようと思ってね。それだけよ』
「来るなと、言った筈。お前まで巻き込まれたら、どうする気……?」
『そんなことは起こらないわ。だって私、幸運艦だから』
「馬鹿な、ことを……」
『私がそんなヘマをやらかす訳がないわ。そっち行くから舷梯降ろしといて』
「本気……?」
『当然でしょ。あ、それと、階段登るの面倒臭いから、艦橋からは降りといてよね』
「我儘な、奴め……」
プリンツ・オイゲンは宣言した通りにシャルンホルストに横付けして、内火艇を出してシャルンホルスト艦内に入ると、その艦橋に一直線に走った。既に傾斜は30度近く、歩いているだけで気分が悪くなってくる状態だ。
「はぁ。まったく。やっぱ来るんじゃなかったかしら」
と愚痴を零しつつも、オイゲンは艦橋に向かった。下の方にはいなかったので階段を登っていくと、檣楼の中程で黒髪の少女が倒れていた。
「ちょっと、何やってるのよ。階段をマトモに歩くことすらできない訳?」
「すま、ない……。もう、意識が混濁している、という奴だ……」
シャルンホルストはもう一歩とて歩く気力すらないようであった。酷く疲れた顔をして、オイゲンに視線を合わせることすら精神力を消耗させるのに十分であった。
「そう。もう余計なことは喋らなくていいわ。一緒に脱出できるか怪しいし、私のやりたいことは先にやらせてもらう」
「そう、か……」
プリンツ・オイゲンはどこからかナイフを取り出した。そして、そのナイフでシャルンホルストの左の掌をザクリと切り裂いた。たちまちに彼女の手は赤黒い血で染まった。
「あなたのことは忘れないわ。永遠にね」
「頼もしい、ことだ……」
オイゲンはシャルンホルストの血に染まった手を持ち上げると、自らの白い羽に押し付けた。幾多の血の跡が遺る羽に、血の手形が一つ増えたのだった。
「これで終わりよ。さて、脱出しましょうか」
と言いつつ、傾斜は40度に達しようとしていた。
「私は、置いていけ。一秒でも早く、ここを出ろ。死ぬぞ」
「それも検討したけど、やっぱりあなたは連れて行くわ」
「無謀、だ……」
「私がやると決めたらやるのよ」
オイゲンはシャルンホルストの身体を支えながら、できる限り急いで艦橋を降りて上甲板に出た。既にシャルンホルストの甲板は滑り台のような傾斜に達していた。
「早く、逃げろ……」
「ここまで来たら海に飛び込むしかないでしょ。行くわよ。服が塩水塗れになるのは最悪だけど」
「…………」
オイゲンとシャルンホルストは海に飛び込み、オイゲンは自分の内火艇にシャルンホルストを担ぎ込んだ。
シャルンホルストの傾斜は60度を超え、復元力の限界に達したシャルンホルストの船体は一気に傾いていき、そして真っ逆さまに転覆した。
「まだ生きてるかしら?」
膝元に寝かせているシャルンホルストに、オイゲンは尋ねた。
「手間を、かけさせた…………」
「どうってことないわ」
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「これまでありがとうね」
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