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第十七章 大西洋海戦
遊撃部隊の衝突
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さて、日本側遊撃部隊の旗艦を任されたのは、またもや妙高であった。普通に考えれば旗艦は瑞牆になるべきという気もするが、彼女は経験が足りないし、船魄にとって艦の大きさと指揮能力は何も関係がないということで、彼女を差し置いて妙高が選ばれたのである。
『旗艦はお姉ちゃんがよかったなー』
愛宕は拗ねている子供のように。
「す、すみません……」
『愛宕、余計なことを言って妙高を困らせないでください』
『あらそう? 別に冗談じゃなくて、この子よりお姉ちゃんの方が旗艦に相応しいと思うけれど』
「うぐ……」
『わ、わたくしは、その、あまり人を指揮するとかは向いていませんから……』
『どちらかと言うと妙高の方が向いてないと思うけどね』
「うっ……」
『そ、そんなことはありません。とにかく、今から旗艦を変えるなんて非現実的なのですから、今は素直に妙高に従ってください』
『はぁ。お姉ちゃんが言うなら、分かったわ』
愛宕は相変わらず不満そうであった。妙高はこの部隊が本当に大丈夫なのか甚だ不安になってきたが、更に不安を煽ってくる者がいた。瑞牆である。
『巡洋戦艦同士で撃ち合うなんて、まるでユートラント沖海戦みたいだねえ』
と、突拍子もないことを言い出した。
「え、ええと……ユートラント沖海戦って、何でしたっけ……」
妙高はそれが第一次世界大戦の海戦であることくらいは知っていたが、実際にどういうものかと聞かれると、特に何も答えられない。そういう時に答えをくれるのは高雄である。
『ユートラント沖海戦とは、第一次世界大戦終盤に起こったイギリスとドイツの艦隊決戦です。日本海海戦と並んで史上二つだけの艦隊決戦と言われています』
「うん」
『ユートラント沖海戦においては、巡洋戦艦同士の戦いが主になりましたが、そこでイギリスの巡洋戦艦3隻が爆沈しています。弾薬庫を撃ち抜かれて』
「そ、そうなんだ……」
そこまで言われて、妙高も瑞牆の言いたいことが分かった気がした。シャルンホルスト級戦艦も穂高型大型巡洋艦も、名前こそ違えど実質的には巡洋戦艦と見なされている。
「瑞牆さんは、誰かが沈むと言いたいんですか……?」
『そうかもしれないね。君が船魄を殺したくないのは知っているから、撃沈はしないよう善処するけど』
「お、お願いします」
『ああ。任せておいてくれたまえ』
妙高とて分かっている。確実に狙った通りの場所に砲弾を当てられるのなら苦労はしないと。例え瑞牆が本気で敵を殺さないよう気を付けていたとしても、偶然にも弾薬庫を撃ち抜いて爆沈させてしまう可能性はあるのだ。だから強くは言えなかった。
しかし、そもそも敵の心配をしていられるほどの余裕はない。遊撃部隊は圧倒的に劣勢である。唯一の利点は重巡洋艦が1隻多いことだ。
『で? どうやって戦うつもりだい?』
瑞牆は妙高に問う。
「作戦は一つです。いずれかの艦を轟沈寸前まで大破させ、政治的に撤退を判断させることです」
『沈めたくないのに沈める寸前まで痛めつけるって、無理難題を言ってくれるねえ』
「わ、分かっています」
『まあ頑張ってはあげるけど。で、誰を死ぬ寸前まで痛めつけるのかな?』
「そ、それは……」
やるなら狙いを絞るべきである。誰かが大破するまで乱雑に撃ちまくれるほどの火力はないのだ。
『決めてくれないと困るよ』
「分かっています……」
妙高は一旦深呼吸して、そして命令を下した。
「標的は、シャルンホルストにします」
『重巡洋艦の方が簡単だと思うけれど』
愛宕は不思議そうに言う。
「重巡洋艦は、沈めてしまう可能性が大きいので、戦艦のシャルンホルストを狙います」
『そう。分かったわ』
「それでは、全艦、複縦陣にて敵に突入してください。第一戦速で構いません」
瑞牆を先頭に妙高、高雄、愛宕が並ぶ単縦陣を組み、駆逐艦達はその横で一列に並んで、複縦陣とした。
両艦隊は真っ直ぐに突入して距離を詰めた。そして先頭の艦同士、つまり瑞牆とプリンツ・オイゲンの距離が40kmを切ったところで、ドイツ艦隊は左に90度回頭した。同航戦を挑もうとしていることは間違いない。
『どうしますか、妙高?』
高雄が問う。
「妙高達も右に回頭して、同航戦をしよう。瑞牆さん、お願いします」
『了解』
日本側も直角に回頭して、ドイツ艦隊と平行に航行する。とは言っても完全に平行ではなく、双方が徐々に距離を詰めていき、両軍の距離が35kmを切ったところで瑞牆の主砲が射程に敵を収めた。
『今なら撃てるよ』
「分かりました。目標をシャルンホルストに、攻撃を始めてください」
『了解。まあ嫌な予感しかしないけど』
瑞牆はシャルンホルストに攻撃を開始した。ほぼ同時にシャルンホルストとグナイゼナウも攻撃を開始した、ここに戦いの火蓋が切られたのである。
開戦劈頭、ドイツ側の放った38cm砲弾が一発、瑞牆の左舷中央部に命中した。
『い、痛いじゃないか……』
「大丈夫ですか!?」
『あ、ああ、このくらい、大したことないよ……。まったく、どうしてボクがこんな任務に……』
と言いつつ、瑞牆も主砲斉射を続け、シャルンホルストに数発の命中弾を与えた。シャルンホルストは以前は28cm砲を装備していたので28cm砲に応じた装甲しかないが、瑞牆の主砲はそれを上回る31cm砲である。シャルンホルストの装甲は確実に撃ち抜けているようだ。
とは言え、両者共に決定的な損害を与えることはできず、上甲板から黒煙を噴き出しながら砲撃戦を続けた。
『旗艦はお姉ちゃんがよかったなー』
愛宕は拗ねている子供のように。
「す、すみません……」
『愛宕、余計なことを言って妙高を困らせないでください』
『あらそう? 別に冗談じゃなくて、この子よりお姉ちゃんの方が旗艦に相応しいと思うけれど』
「うぐ……」
『わ、わたくしは、その、あまり人を指揮するとかは向いていませんから……』
『どちらかと言うと妙高の方が向いてないと思うけどね』
「うっ……」
『そ、そんなことはありません。とにかく、今から旗艦を変えるなんて非現実的なのですから、今は素直に妙高に従ってください』
『はぁ。お姉ちゃんが言うなら、分かったわ』
愛宕は相変わらず不満そうであった。妙高はこの部隊が本当に大丈夫なのか甚だ不安になってきたが、更に不安を煽ってくる者がいた。瑞牆である。
『巡洋戦艦同士で撃ち合うなんて、まるでユートラント沖海戦みたいだねえ』
と、突拍子もないことを言い出した。
「え、ええと……ユートラント沖海戦って、何でしたっけ……」
妙高はそれが第一次世界大戦の海戦であることくらいは知っていたが、実際にどういうものかと聞かれると、特に何も答えられない。そういう時に答えをくれるのは高雄である。
『ユートラント沖海戦とは、第一次世界大戦終盤に起こったイギリスとドイツの艦隊決戦です。日本海海戦と並んで史上二つだけの艦隊決戦と言われています』
「うん」
『ユートラント沖海戦においては、巡洋戦艦同士の戦いが主になりましたが、そこでイギリスの巡洋戦艦3隻が爆沈しています。弾薬庫を撃ち抜かれて』
「そ、そうなんだ……」
そこまで言われて、妙高も瑞牆の言いたいことが分かった気がした。シャルンホルスト級戦艦も穂高型大型巡洋艦も、名前こそ違えど実質的には巡洋戦艦と見なされている。
「瑞牆さんは、誰かが沈むと言いたいんですか……?」
『そうかもしれないね。君が船魄を殺したくないのは知っているから、撃沈はしないよう善処するけど』
「お、お願いします」
『ああ。任せておいてくれたまえ』
妙高とて分かっている。確実に狙った通りの場所に砲弾を当てられるのなら苦労はしないと。例え瑞牆が本気で敵を殺さないよう気を付けていたとしても、偶然にも弾薬庫を撃ち抜いて爆沈させてしまう可能性はあるのだ。だから強くは言えなかった。
しかし、そもそも敵の心配をしていられるほどの余裕はない。遊撃部隊は圧倒的に劣勢である。唯一の利点は重巡洋艦が1隻多いことだ。
『で? どうやって戦うつもりだい?』
瑞牆は妙高に問う。
「作戦は一つです。いずれかの艦を轟沈寸前まで大破させ、政治的に撤退を判断させることです」
『沈めたくないのに沈める寸前まで痛めつけるって、無理難題を言ってくれるねえ』
「わ、分かっています」
『まあ頑張ってはあげるけど。で、誰を死ぬ寸前まで痛めつけるのかな?』
「そ、それは……」
やるなら狙いを絞るべきである。誰かが大破するまで乱雑に撃ちまくれるほどの火力はないのだ。
『決めてくれないと困るよ』
「分かっています……」
妙高は一旦深呼吸して、そして命令を下した。
「標的は、シャルンホルストにします」
『重巡洋艦の方が簡単だと思うけれど』
愛宕は不思議そうに言う。
「重巡洋艦は、沈めてしまう可能性が大きいので、戦艦のシャルンホルストを狙います」
『そう。分かったわ』
「それでは、全艦、複縦陣にて敵に突入してください。第一戦速で構いません」
瑞牆を先頭に妙高、高雄、愛宕が並ぶ単縦陣を組み、駆逐艦達はその横で一列に並んで、複縦陣とした。
両艦隊は真っ直ぐに突入して距離を詰めた。そして先頭の艦同士、つまり瑞牆とプリンツ・オイゲンの距離が40kmを切ったところで、ドイツ艦隊は左に90度回頭した。同航戦を挑もうとしていることは間違いない。
『どうしますか、妙高?』
高雄が問う。
「妙高達も右に回頭して、同航戦をしよう。瑞牆さん、お願いします」
『了解』
日本側も直角に回頭して、ドイツ艦隊と平行に航行する。とは言っても完全に平行ではなく、双方が徐々に距離を詰めていき、両軍の距離が35kmを切ったところで瑞牆の主砲が射程に敵を収めた。
『今なら撃てるよ』
「分かりました。目標をシャルンホルストに、攻撃を始めてください」
『了解。まあ嫌な予感しかしないけど』
瑞牆はシャルンホルストに攻撃を開始した。ほぼ同時にシャルンホルストとグナイゼナウも攻撃を開始した、ここに戦いの火蓋が切られたのである。
開戦劈頭、ドイツ側の放った38cm砲弾が一発、瑞牆の左舷中央部に命中した。
『い、痛いじゃないか……』
「大丈夫ですか!?」
『あ、ああ、このくらい、大したことないよ……。まったく、どうしてボクがこんな任務に……』
と言いつつ、瑞牆も主砲斉射を続け、シャルンホルストに数発の命中弾を与えた。シャルンホルストは以前は28cm砲を装備していたので28cm砲に応じた装甲しかないが、瑞牆の主砲はそれを上回る31cm砲である。シャルンホルストの装甲は確実に撃ち抜けているようだ。
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