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第十七章 大西洋海戦
主力部隊の衝突
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日本艦隊は挟撃を回避するべく積極的に打って出た。長門と陸奥は敵の主力部隊に向けて進んでいるが、グラーフ・ローンの主砲(通常弾)の射程に入ったところで、突如として急速に回頭した。
『姉さん、奴らは真正面からやり合う気はないらしい』
ティルピッツはビスマルクに通信を掛ける。
「ええ。そう来るとは思っていたのであります。あの大和すらも打ち倒すグラーフ・ローンを前にしては、長門型は駆逐艦のようなものでありますから」
『それを言うなら私達もだと思うがな』
「ははっ、そうでありました。もう暫し、長門と陸奥の動きを見るとしましょう」
取り敢えず長門と陸奥を撃破することを目的にし、大洋艦隊主力部隊は彼女らを追うが、彼女らはグラーフ・ローンの射程のギリギリ外側を航行し続けた。まるでグラーフ・ローンを挑発しているかのようである。
『クッ……小癪な……』
これにはグラーフ・ローンも苛立ちを隠せない。
「まあまあ、落ち着くのであります」
『しかしビスマルク、このままでは永遠に敵を攻撃することは不可能です』
「やはり、機動力では敵に利があるのでありますか」
『不甲斐ないことですが……はい。諸元の上からは分かっていましたが、やはり不愉快ですね』
グラーフ・ローン級戦艦は和泉型戦艦に対抗するべく無理をして建造された戦艦である。ドイツの造船技術ではグラーフ・ローンに十分な速度を持たせることができなかったのだ。グラーフ・ローンは最大戦速でも22ノットが限界であり、攻め込んでくる敵を待ち受ける分には問題はないが、このような状況では敵に翻弄されるばかりである。
「ロケット砲弾ではどうにかなりませんか?」
『射程なら問題ありませんが、これほどの距離で動いている目標を撃つのは不可能です。動いていなかったとしてもロケット砲弾は精度が落ちますし』
「そうでありますか……。では、グラーフ・ローンは空母達の護衛に戻るのであります。ティルピッツと本艦で相手をするのであります」
『分かりました。ご武運を』
長門とビスマルクでは建造された年代に20年の差がある。主砲口径こそ劣っているがその他の諸元はビスマルクが勝っている。主砲もちょうど同じ数である。
『しかし姉さん、私達の火力では長門型を短時間で撃破することは難しい。戦う意味があるとは思えないんだが』
長門と陸奥を早々に排除して日本の機動部隊本隊にチェックを掛ける。それがティルピッツの想定であった。だがビスマルクの想定は少し違った。
「無論、分かっているのであります。ですから本艦とティルピッツは、このまま長門と陸奥と睨み合っていることにするのであります。敵は聡明ですから、積極的に攻撃しては来ないでありましょう」
『それで本当にいいのか? 状況は何も好転しないと思うが』
「いいのであります。元より、戦艦である本艦達では空母や巡洋艦に追い付くのは不可能。寧ろ遊撃部隊こそ本作戦の要なのであります」
『なるほど。了解した。姉さんの言う通りにしよう』
シャルンホルストら遊撃部隊が敵の遊撃部隊を撃破し、空母に直接射程に収めて降伏させる。それがビスマルクの作戦であった。ツェッペリンなどは多少の対艦砲を装備しているが、戦艦の敵ではないのだ。
○
さて、戦いの鍵を握っている遊撃部隊は、ほぼ大洋艦隊第二隊群そのものであるから、旗艦は当然シャルンホルストであった。
「全艦、プリンツ・オイゲンを先頭に単縦陣。敵を一気呵成に仕留める」
シャルンホルストは覇気のない声で命令する。が、常に淡々と作戦を実行するという彼女の態度は、部下達からは大いに信頼されていた。
今回の陣形は、プリンツ・オイゲンとザイドリッツを先頭にして、その後ろにシャルンホルストとグナイゼナウが並ぶという単縦陣である。艦隊の火力を最大に発揮し、戦力に劣る日本側遊撃部隊を一気に壊滅させようという作戦であった。
『ふふ。私は魚雷への囮ってことかしら』
プリンツ・オイゲンはやけに楽しそうに尋ねてきた。
「そう表現されても、否定はできない。重巡洋艦であれば魚雷もある程度回避できる筈」
『ええ、分かってるわよ、あなたの言いたいことは。そして何も問題はないわ。私に魚雷なんて鈍足なものが当たる訳がないもの』
「期待、している」
先頭の重巡洋艦は実際、魚雷を消耗させる為の囮でしかなかった。だがプリンツ・オイゲンは喜んでその仕事を受けた。
と、そこで通信機から響いてくるのは妙に明るい声。
『こうして姉上と共に戦うのは随分と久しぶりだねえ。感激というものだよ!』
シャルンホルスト級二番艦グナイゼナウである。
「……余計な口を叩くな」
『つれないなあ。それに、士気は高い方がいいに決まってるじゃないか』
「それはそう、だけど」
『せっかくの艦隊決戦なんだし、明るく行こうじゃないか』
「それは無理」
『えぇ……』
「任務を全うしろ」
『はいはい。部下の士気を向上させるのも指揮官の役目だと思うけどねえ』
「そ、それは……」
シャルンホルストはそう言われると言い返せず、黙り込んでしまった。
『姉さん、奴らは真正面からやり合う気はないらしい』
ティルピッツはビスマルクに通信を掛ける。
「ええ。そう来るとは思っていたのであります。あの大和すらも打ち倒すグラーフ・ローンを前にしては、長門型は駆逐艦のようなものでありますから」
『それを言うなら私達もだと思うがな』
「ははっ、そうでありました。もう暫し、長門と陸奥の動きを見るとしましょう」
取り敢えず長門と陸奥を撃破することを目的にし、大洋艦隊主力部隊は彼女らを追うが、彼女らはグラーフ・ローンの射程のギリギリ外側を航行し続けた。まるでグラーフ・ローンを挑発しているかのようである。
『クッ……小癪な……』
これにはグラーフ・ローンも苛立ちを隠せない。
「まあまあ、落ち着くのであります」
『しかしビスマルク、このままでは永遠に敵を攻撃することは不可能です』
「やはり、機動力では敵に利があるのでありますか」
『不甲斐ないことですが……はい。諸元の上からは分かっていましたが、やはり不愉快ですね』
グラーフ・ローン級戦艦は和泉型戦艦に対抗するべく無理をして建造された戦艦である。ドイツの造船技術ではグラーフ・ローンに十分な速度を持たせることができなかったのだ。グラーフ・ローンは最大戦速でも22ノットが限界であり、攻め込んでくる敵を待ち受ける分には問題はないが、このような状況では敵に翻弄されるばかりである。
「ロケット砲弾ではどうにかなりませんか?」
『射程なら問題ありませんが、これほどの距離で動いている目標を撃つのは不可能です。動いていなかったとしてもロケット砲弾は精度が落ちますし』
「そうでありますか……。では、グラーフ・ローンは空母達の護衛に戻るのであります。ティルピッツと本艦で相手をするのであります」
『分かりました。ご武運を』
長門とビスマルクでは建造された年代に20年の差がある。主砲口径こそ劣っているがその他の諸元はビスマルクが勝っている。主砲もちょうど同じ数である。
『しかし姉さん、私達の火力では長門型を短時間で撃破することは難しい。戦う意味があるとは思えないんだが』
長門と陸奥を早々に排除して日本の機動部隊本隊にチェックを掛ける。それがティルピッツの想定であった。だがビスマルクの想定は少し違った。
「無論、分かっているのであります。ですから本艦とティルピッツは、このまま長門と陸奥と睨み合っていることにするのであります。敵は聡明ですから、積極的に攻撃しては来ないでありましょう」
『それで本当にいいのか? 状況は何も好転しないと思うが』
「いいのであります。元より、戦艦である本艦達では空母や巡洋艦に追い付くのは不可能。寧ろ遊撃部隊こそ本作戦の要なのであります」
『なるほど。了解した。姉さんの言う通りにしよう』
シャルンホルストら遊撃部隊が敵の遊撃部隊を撃破し、空母に直接射程に収めて降伏させる。それがビスマルクの作戦であった。ツェッペリンなどは多少の対艦砲を装備しているが、戦艦の敵ではないのだ。
○
さて、戦いの鍵を握っている遊撃部隊は、ほぼ大洋艦隊第二隊群そのものであるから、旗艦は当然シャルンホルストであった。
「全艦、プリンツ・オイゲンを先頭に単縦陣。敵を一気呵成に仕留める」
シャルンホルストは覇気のない声で命令する。が、常に淡々と作戦を実行するという彼女の態度は、部下達からは大いに信頼されていた。
今回の陣形は、プリンツ・オイゲンとザイドリッツを先頭にして、その後ろにシャルンホルストとグナイゼナウが並ぶという単縦陣である。艦隊の火力を最大に発揮し、戦力に劣る日本側遊撃部隊を一気に壊滅させようという作戦であった。
『ふふ。私は魚雷への囮ってことかしら』
プリンツ・オイゲンはやけに楽しそうに尋ねてきた。
「そう表現されても、否定はできない。重巡洋艦であれば魚雷もある程度回避できる筈」
『ええ、分かってるわよ、あなたの言いたいことは。そして何も問題はないわ。私に魚雷なんて鈍足なものが当たる訳がないもの』
「期待、している」
先頭の重巡洋艦は実際、魚雷を消耗させる為の囮でしかなかった。だがプリンツ・オイゲンは喜んでその仕事を受けた。
と、そこで通信機から響いてくるのは妙に明るい声。
『こうして姉上と共に戦うのは随分と久しぶりだねえ。感激というものだよ!』
シャルンホルスト級二番艦グナイゼナウである。
「……余計な口を叩くな」
『つれないなあ。それに、士気は高い方がいいに決まってるじゃないか』
「それはそう、だけど」
『せっかくの艦隊決戦なんだし、明るく行こうじゃないか』
「それは無理」
『えぇ……』
「任務を全うしろ」
『はいはい。部下の士気を向上させるのも指揮官の役目だと思うけどねえ』
「そ、それは……」
シャルンホルストはそう言われると言い返せず、黙り込んでしまった。
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