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第十七章 大西洋海戦

エンタープライズの交渉

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 戦場に姿を現したエンタープライズには護衛の一隻もなかった。メキシコ湾からずっと最大戦速で航行するなどエンタープライズ以外にはとても不可能だからである。

「鳳翔様、エンタープライズが呼び掛けてきています」
「そうですか……。受けてください」
「承りました」

 夕風がエンタープライズからの通信を受諾するが、それは鳳翔だけに向けられたものではなく、敵味方問わず周辺の全ての通信機に向けられた放送のようなものであった。

『私はエンタープライズ。原子力空母エンタープライズです。私の目的はただ一つ。瑞鶴がドイツ海軍の手に渡ることを阻止することです。ドイツ人の皆さんは、今すぐ撤退することをお勧めします。でないと、皆殺しにしてしまいます』
「こ、これは何とも……」
「つまりエンタープライズは味方ということです。心配要りませんよ、夕風」
「ですが、アメリカとドイツがこんなあからさまに対立することがあるのでしょうか?」
「エンタープライズは独自に動いているだけのようです。アメリカ海軍の意志という訳ではないでしょう」
「ですが、それでもアメリカの軍艦とドイツの軍艦が衝突したら大変なことになると思いますが……」
「そうなったらそうなったで、我が国にとっては良いことではありませんか?」
「え、ええ、まあ……」

 アメリカへの制裁を阻んでいるのはドイツだ。アメリカとドイツが仲違いするのは帝国にとって大きな利益となるだろう。

 ○

 さて、エンタープライズの突然の出現は全ての勢力を驚かせた。瑞鶴もである。

「――え、キモ。何で私を名指しした?」

 瑞鶴は当然ながら、エンタープライズが助太刀に来たことを全く歓迎していなかった。

『瑞鶴さん、エンタープライズさんはどういうつもりなんでしょうか……』

 妙高は問う。エンタープライズと月虹とは少し前に殺し合いをした仲であり、とても信を置ける相手ではない。

「何か知らないけどあいつは私に執着してるし、まあ今だけは味方でしょう」
『そ、そうですか。エンタープライズさんに返事したりはするんですか?』
「そこまでする必要はないわ。エンタープライズが付け上がると面倒だし。私達は静観するだけよ。分かった?」
『は、はい!』

 そういう訳で瑞鶴は、依然として誰かが手を出すまで状況を静観することにした。エンタープライズの味方になったつもりはないのである。

 ○

 さて、この状況で一番苦境に立たされているのは無論、ビスマルクであった。

「エンタープライズはどう見ても敵……。グラーフ・ローン、勝てる見込みはありますか?」
「無理に決まっています。理由は言うまでもないでしょう」
「で、ありますよね……。困った困った」
「エンタープライズの言う通りに撤退するのか?」
「もちろんそれも選択肢の一つではありますが、しかしこの絶好の機会、逃したくはないものであります」
「鳳翔が現れた時点で絶好の機会は終わってるんじゃないか?」
「はは、そう言われると何とも。ティルピッツは手厳しいのであります」

 普通に考えれば素直に撤退する他にないだろう。だがビスマルクは寧ろこの状況を楽しんでいるように見えた。少なくともティルピッツには、姉がただで瑞鶴を見逃すつもりはないと思えた。

「姉さん、何か策でもあるのか?」
「敵が多く味方が少ないのであれば、敵を減らし味方を増やせばいいだけのことでありますよ」
「他の艦隊は到着するのに半月はかかると思いますが」

 とグラーフ・ローンが言うように、もう一隻のグラーフ・ローン級プリンツ・ハインリヒはバルト海におり、モルトケ級二隻はインド洋にいる。

「無論、そんなことは非現実的であります」
「では、何をする気で?」
「味方になってくれそうな敵を引き抜けばいいのであります。この場合の選択肢は、エンタープライズ一択であります。ティルピッツ、エンタープライズとの通信を繋いでくれますか?」
「了解した」

 そういう訳でビスマルクはエンタープライズに交渉を持ちかけることにした。

「エンタープライズ殿でありますね? 本艦はビスマルク級戦艦――」
『そういうのはいいです、ビスマルク。要件は何でしょうか? 宣戦布告ですか?』

 エンタープライズの声は刺々しい。まあエンタープライズにとっては愛しの瑞鶴を奪おうとしている連中なのだから当然だろう。

「単刀直入に言いましょう。瑞鶴を貴艦にあげますから、この場は我々に協力して欲しいのであります」
「ちょ、姉さん、そんなこと言っていいのか?」
「構わないのであります。で、エンタープライズ殿、お返事は?」
『本当に瑞鶴を下さると? あなた達は瑞鶴が欲しいのではなかったのですか?』
「正確には日本の船魄を拿捕したいのであります。それとグラーフ・ツェッペリンも」
『なるほど、それで瑞鶴を。しかし、瑞鶴だけでは釣り合いが取れません。そうですねえ……高雄と愛宕はこちらの取り分ということにしてください』
「構いません。では我が軍がグラーフ・ツェッペリンと妙高を、アメリカ軍が瑞鶴、高雄、愛宕を持ち帰ることとしましょう」
『ええ、姉妹は色々な遊び方がありそうです』
「好きにするといいのであります」
『ふふ。交渉成立です』

 エンタープライズがドイツに喧嘩を売っている状況の方が異常であったし、アメリカ軍としてもこの提案は是非とも受けたいものであった。
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