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第十四章 第二次世界大戦(覚醒編)
赤軍最高総司令部
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一九四五年九月十七日、ソビエト社会主義共和国連邦、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国、モスクワ、クレムリン。
ソビエト連邦の最高指導者ヨシフ・スターリンはグルジア人であるが、全連邦共産党中央委員会書記長・人民委員会議議長(首相相当)・赤軍最高総司令官・国防人民委員(国防大臣相当)などを兼任する、世界で最も独裁的な権力を手にしている男である。また、社会主義を防衛する為ならば一切の容赦がなく、大粛清によって数十万人の自国民を処刑し、数百万人を餓死させた虐殺者としても知られている。
スターリンは現在、クレムリンにある赤軍最高総司令部(スタフカ)にあって、海軍人民委員ニコライ・クズネツォフ海軍元帥から報告を受けていた。
クズネツォフ元帥は大祖国戦争の緒戦においてドイツ軍の奇襲に遭って陸軍と空軍が壊滅する中、一隻の船も失わずに海軍の体勢を整えることに成功した、非常に優秀な将軍である。
「同志スターリン、申し上げます。クロンシュタットに待機していた我が海軍は、完全に壊滅しました。最早、バルト海の制海権は失われたと言ってよろしいでしょう」
クズネツォフ元帥は冷や汗を垂らしながら報告した。こんなことを言ったらスターリンの気分次第で今すぐ処刑されてもおかしくないからである。スターリンはそれに対し、顔色一つ変えなかった。
「同志、海軍を建て直すことは可能か?」
「はっ。クロンシュタットの港湾、整備施設はほとんどが破壊されました。短期的にはとても不可能です」
「短期的にはと言うと、具体的には?」
「設備を再建して動かせるようになるまで、最低でも半年はかかります。敵からの妨害がなければ、ですが」
「オルジョニキーゼ工廠の状況は?」
レニングラードの程近く、当然クロンシュタットの目と鼻の先にある、ソ連でも最新の設備が整った海軍工廠のことである。
「大陸側については、特に攻撃を受けておりません。工廠も無事です」
「分かった。しかしソビエツキー・ソユーズをクリミアに移しておいたのは正解だったな」
「はい。全て同志のご慧眼によるものです」
建造途中の戦艦ソビエツキー・ソユーズ、革命以降初となる戦艦は、レニングラードのオルジョニキーゼ工廠で建造が進められていたが、ドイツ海軍の脅威を察知するとすぐさまクリミアのセヴァストーポリに移されていた。水運を使いつつも戦艦の陸越えというかなりの強行作業であった。
ソ連がこのように上手く対処できたのは、既に日本やドイツから船魄の情報を掴んでいたからである。そして海軍後進国であるソ連は、海軍力で一発逆転できる船魄という技術に米英より強い興味を持ち、同時にその脅威を正しく認識していたのだ。
「同志クズネツォフ、報告ご苦労」
「はっ……」
どうやら粛清されないらしいとクズネツォフ元帥は心底安堵したが、どうやらそれが顔に出ていたらしい。
「どうしたのだ、元帥? 自分の身柄がベリヤに引き渡されなくて安心したのかね?」
「い、いえ、まさか、そんなことはありません」
「ただの冗談だ。気にせずともよい」
「こ、これは失礼を……」
クズネツォフ元帥は難を逃れたが、しかし次の災難がスタフカを襲った。赤軍参謀総長ゲオルギー・ジューコフ元帥に側近の兵士が何かを耳打ちし、ジューコフ元帥は心底驚いた様子であったが、すぐに椅子を立ち、スターリンに報告する。
ジューコフ元帥はノモンハン事変で勝利を掴んだことで名声を得て、大祖国戦争でも幾多の勝利を重ねた名将である。またスターリンに強い態度に出られる数少ない人間の一人である。
「どうした、元帥? また悪いことがあったのか?」
「はい、閣下。たった今、レニングラードが敵の攻撃を受けました。大規模な空襲です」
「クロンシュタットが壊滅したのだ。レニングラードが攻撃を受けることに驚きはない。で、被害は?」
「目下、敵の攻撃は続いています。被害は拡大する一方のようですが、市内の工場は既に半分は破壊されたものかと思われます」
「あのレニングラードが、こうもあっさりと焼き払われるとはな」
ソ連第二の都市レニングラードはかつてドイツ軍相手に2年半の長期に渡って包囲され、軍人に30万、市民に100万の犠牲を出しつつも、ついにドイツ軍を撃退した英雄的な都市であった。
「申し訳ありません、閣下。レニングラードの高射砲台は何の役にも立ちませんでした」
「そうか。では責任者は交代するとしよう」
「お待ちください、閣下。敵はイギリスを焼け野原にしたような奴です。誰が担当しても守りきれなかったことは明白かと」
「イギリスの惨状を見て対策を立てなかったのが悪いのではないか?」
「お言葉ですが、誰が御伽噺に出てくるような化け物に対処できましょうか?」
「ふむ……。まあいい。今回は咎めはなしにしておこう」
「ありがとうございます」
「こんなことで時間を浪費している場合ではないのだ。時に同志クズネツォフ、バルト海の制海権が失われたということは、ドイツ軍がバルト海沿岸に上陸してくるということかね?」
「は、はい、同志。その可能性は十分に考えられます」
スタフカはざわめいた。バルト海の沿岸はレニングラードを初めとしてソ連でも有数の都市が多数存在する、ソ連の枢要と言ってよい地域である。ここモスクワもバルト海からは500kmほどしか離れていない。まあロシアという国はそもそも、ウラル山脈より西にほとんど全てが詰まっているようなものなのだが。
「ジューコフ元帥、バルト海の防衛体制はどうなっている?」
「赤軍は現在、陸上戦力のほとんどをドイツとの前線に配置しています。よって目下、バルト海沿岸にはフィンランドとの国境周辺を除き、ほとんど戦力はありません」
「クズネツォフ元帥、ドイツが仮に上陸を試みた場合、海軍はこれを食い止められるか?」
「大変申し上げにくいことですが……バルト海艦隊にその能力は残っておりません」
「分かった。ではバルト海沿岸の防御を急いで固めるのだ」
「お言葉ですが同志、バルト海は広く、ドイツ軍の上陸に備えようとすれば、これ以上西進することは困難を極めるでしょう」
ジューコフ元帥は言った。スターリンの提案はつまり、今ドイツと戦っている部隊を引き抜けというものだからだ。
「我々がベルリンを落とす前にモスクワが落とされたら、どうするのだ?」
「それは……」
「ナポレオンと戦った時のようにはいかんのだ。分かったかね?」
140年前にナポレオンが攻め込んできた時、ロシア帝国はモスクワを焼き払って撤退し、焦土戦術で徹底抗戦して勝利を掴んだが、今の時代に首都を捨てて国を持たせることは非常に困難である。
「はっ。ではそのように、部隊の配置を転換します」
「計画立案は任せた、同志ジューコフ」
かくして赤軍は100万を超える兵士をバルト海沿岸の諸都市に移動させ、主力部隊は現在の前線で防御を固めることとし、東部戦線は凍結されたのである。ドイツは一先ず滅亡の危機を脱することができたのだ。
ソビエト連邦の最高指導者ヨシフ・スターリンはグルジア人であるが、全連邦共産党中央委員会書記長・人民委員会議議長(首相相当)・赤軍最高総司令官・国防人民委員(国防大臣相当)などを兼任する、世界で最も独裁的な権力を手にしている男である。また、社会主義を防衛する為ならば一切の容赦がなく、大粛清によって数十万人の自国民を処刑し、数百万人を餓死させた虐殺者としても知られている。
スターリンは現在、クレムリンにある赤軍最高総司令部(スタフカ)にあって、海軍人民委員ニコライ・クズネツォフ海軍元帥から報告を受けていた。
クズネツォフ元帥は大祖国戦争の緒戦においてドイツ軍の奇襲に遭って陸軍と空軍が壊滅する中、一隻の船も失わずに海軍の体勢を整えることに成功した、非常に優秀な将軍である。
「同志スターリン、申し上げます。クロンシュタットに待機していた我が海軍は、完全に壊滅しました。最早、バルト海の制海権は失われたと言ってよろしいでしょう」
クズネツォフ元帥は冷や汗を垂らしながら報告した。こんなことを言ったらスターリンの気分次第で今すぐ処刑されてもおかしくないからである。スターリンはそれに対し、顔色一つ変えなかった。
「同志、海軍を建て直すことは可能か?」
「はっ。クロンシュタットの港湾、整備施設はほとんどが破壊されました。短期的にはとても不可能です」
「短期的にはと言うと、具体的には?」
「設備を再建して動かせるようになるまで、最低でも半年はかかります。敵からの妨害がなければ、ですが」
「オルジョニキーゼ工廠の状況は?」
レニングラードの程近く、当然クロンシュタットの目と鼻の先にある、ソ連でも最新の設備が整った海軍工廠のことである。
「大陸側については、特に攻撃を受けておりません。工廠も無事です」
「分かった。しかしソビエツキー・ソユーズをクリミアに移しておいたのは正解だったな」
「はい。全て同志のご慧眼によるものです」
建造途中の戦艦ソビエツキー・ソユーズ、革命以降初となる戦艦は、レニングラードのオルジョニキーゼ工廠で建造が進められていたが、ドイツ海軍の脅威を察知するとすぐさまクリミアのセヴァストーポリに移されていた。水運を使いつつも戦艦の陸越えというかなりの強行作業であった。
ソ連がこのように上手く対処できたのは、既に日本やドイツから船魄の情報を掴んでいたからである。そして海軍後進国であるソ連は、海軍力で一発逆転できる船魄という技術に米英より強い興味を持ち、同時にその脅威を正しく認識していたのだ。
「同志クズネツォフ、報告ご苦労」
「はっ……」
どうやら粛清されないらしいとクズネツォフ元帥は心底安堵したが、どうやらそれが顔に出ていたらしい。
「どうしたのだ、元帥? 自分の身柄がベリヤに引き渡されなくて安心したのかね?」
「い、いえ、まさか、そんなことはありません」
「ただの冗談だ。気にせずともよい」
「こ、これは失礼を……」
クズネツォフ元帥は難を逃れたが、しかし次の災難がスタフカを襲った。赤軍参謀総長ゲオルギー・ジューコフ元帥に側近の兵士が何かを耳打ちし、ジューコフ元帥は心底驚いた様子であったが、すぐに椅子を立ち、スターリンに報告する。
ジューコフ元帥はノモンハン事変で勝利を掴んだことで名声を得て、大祖国戦争でも幾多の勝利を重ねた名将である。またスターリンに強い態度に出られる数少ない人間の一人である。
「どうした、元帥? また悪いことがあったのか?」
「はい、閣下。たった今、レニングラードが敵の攻撃を受けました。大規模な空襲です」
「クロンシュタットが壊滅したのだ。レニングラードが攻撃を受けることに驚きはない。で、被害は?」
「目下、敵の攻撃は続いています。被害は拡大する一方のようですが、市内の工場は既に半分は破壊されたものかと思われます」
「あのレニングラードが、こうもあっさりと焼き払われるとはな」
ソ連第二の都市レニングラードはかつてドイツ軍相手に2年半の長期に渡って包囲され、軍人に30万、市民に100万の犠牲を出しつつも、ついにドイツ軍を撃退した英雄的な都市であった。
「申し訳ありません、閣下。レニングラードの高射砲台は何の役にも立ちませんでした」
「そうか。では責任者は交代するとしよう」
「お待ちください、閣下。敵はイギリスを焼け野原にしたような奴です。誰が担当しても守りきれなかったことは明白かと」
「イギリスの惨状を見て対策を立てなかったのが悪いのではないか?」
「お言葉ですが、誰が御伽噺に出てくるような化け物に対処できましょうか?」
「ふむ……。まあいい。今回は咎めはなしにしておこう」
「ありがとうございます」
「こんなことで時間を浪費している場合ではないのだ。時に同志クズネツォフ、バルト海の制海権が失われたということは、ドイツ軍がバルト海沿岸に上陸してくるということかね?」
「は、はい、同志。その可能性は十分に考えられます」
スタフカはざわめいた。バルト海の沿岸はレニングラードを初めとしてソ連でも有数の都市が多数存在する、ソ連の枢要と言ってよい地域である。ここモスクワもバルト海からは500kmほどしか離れていない。まあロシアという国はそもそも、ウラル山脈より西にほとんど全てが詰まっているようなものなのだが。
「ジューコフ元帥、バルト海の防衛体制はどうなっている?」
「赤軍は現在、陸上戦力のほとんどをドイツとの前線に配置しています。よって目下、バルト海沿岸にはフィンランドとの国境周辺を除き、ほとんど戦力はありません」
「クズネツォフ元帥、ドイツが仮に上陸を試みた場合、海軍はこれを食い止められるか?」
「大変申し上げにくいことですが……バルト海艦隊にその能力は残っておりません」
「分かった。ではバルト海沿岸の防御を急いで固めるのだ」
「お言葉ですが同志、バルト海は広く、ドイツ軍の上陸に備えようとすれば、これ以上西進することは困難を極めるでしょう」
ジューコフ元帥は言った。スターリンの提案はつまり、今ドイツと戦っている部隊を引き抜けというものだからだ。
「我々がベルリンを落とす前にモスクワが落とされたら、どうするのだ?」
「それは……」
「ナポレオンと戦った時のようにはいかんのだ。分かったかね?」
140年前にナポレオンが攻め込んできた時、ロシア帝国はモスクワを焼き払って撤退し、焦土戦術で徹底抗戦して勝利を掴んだが、今の時代に首都を捨てて国を持たせることは非常に困難である。
「はっ。ではそのように、部隊の配置を転換します」
「計画立案は任せた、同志ジューコフ」
かくして赤軍は100万を超える兵士をバルト海沿岸の諸都市に移動させ、主力部隊は現在の前線で防御を固めることとし、東部戦線は凍結されたのである。ドイツは一先ず滅亡の危機を脱することができたのだ。
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