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第十四章 第二次世界大戦(覚醒編)
チャーチルの狂気
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一九四四年八月二十二日、イギリス、ロンドン、連合国遠征軍司令部。
さて、ネーデルラント沖海戦での致命的な敗戦からおよそ一週間が経過した。英仏海峡の制海権はドイツ軍が完全に掌握し、フランスに上陸した連合軍はさながら無人島に閉じ込められたようなものであった。
「申し上げます。フランスの備蓄はあと3日で尽きるとのことです」
「うむ……。そうか」
アイゼンハワー大将は落ち着き払っていた。これ以上状況が悪くなることがないと逆に気楽なのである。
「グラーフ・ツェッペリンは海峡に居座るつもりらしい。どうするつもりだ、アイゼンハワー大将?」
モンゴメリー陸軍元帥は問う。アイゼンハワー大将は、その一言で覚悟を決めたかのように椅子から立ち上がった。
「諸君、我々に残された選択肢は一つしかない! フランスに取り残された200万の将兵を救うには、ドイツと和平に応じるしかないのだ!」
連合国遠征軍総司令官の爆弾発言に、将軍達はどよめく。
「閣下、もう少しだけ、2週間だけ待てませんか? そうすればインドから我が軍の主力艦隊が到着します!」
ラムゼー海軍大将はそう訴えるが、アイゼンハワー大将は論外であると一蹴する。
「馬鹿を言うなッ! お前は2週間水も食糧もなしに生きられるのか!?」
「い、いや……」
「大昔から、戦争は生産と補給が全てだ。補給を絶たれた軍隊など、暴徒と何ら変わらん」
「は、はい」
「講和だ。ドイツに和平を乞うしかないのだ。少なくとも直ちに停戦しなければならない。そのように、チャーチル首相に伝えてくれ。それをするのは政治家の仕事だ」
そういう訳で早速、チャーチル首相に使者としてテッダー空軍大将が派遣された。
「――なるほど。事情は理解した」
「で、では、すぐにヒトラーと交渉を――」
そう言った途端、チャーチル首相は血相を変えて大将に怒鳴りつけた。
「ふざけるなッ!! 和平だと? 講和だと? 全て論外だッ!!」
「は……? お、お言葉ですが閣下、本当に現在の状況を分かっておいでですか? 200万の将兵が餓死する寸前なのですよ!?」
「それがどうした。たかが200万人が死んだところで、どうしたと言うんだね? ソ連では2000万人死んでるんだぞ? 大した数字じゃあない」
「なっ……」
テッダー空軍大将は言葉を失ってしまった。しかしチャーチルは平然と自説を語り続ける。
「いいか、大将? この戦争は絶滅戦争なのだ。ドイツ人が絶滅するか、イギリス人が絶滅するか、二つに一つ。それ以外の結末はあり得ない。ドイツと和平だと? そんなものは論外も論外だ。論外甚だしい」
「で、では、閣下はドイツとの和平に応じるつもりがないと?」
「何度も同じことを言わせるな。俺がドイツとの和平になど応じることはない。和平がしたければ俺を首相から引きずり下ろすといい」
「お、お言葉ですが、閣下の思想はヒトラーと何ら変わらないものとお見受けします」
「ヒトラーだと? あんな青二才と一緒にするな。あいつはユダヤ人を絶滅させたいのではなく、ヨーロッパから消し去りたいだけだ。まったく大したことのない人間だ」
テッダー空軍大将は、チャーチルがヒトラーなどより遥かに悪質な存在であるとようやく理解した。そしてアイゼンハワー大将にチャーチルの意志を伝えた。
「和平を拒否だと……? 信じられん。チャーチルはそこまで馬鹿だったのか、或いは耄碌したのか」
チャーチルは以前ヒトラーからの和平の提案を拒絶した男だ。頭が悪いとは思っていたがこれほどとは、アイゼンハワー大将も予想していなかった。
「閣下、どうしましょうか……?」
「軍人に条約を結ぶ権利はない。政治家がその気なら、我々には何もできない。もうお終いだ」
「で、では、ルーズベルト大統領閣下に頼めば、何とかしてはくださらないのですか?」
「馬鹿を言うな。ルーズベルトはチャーチルよりも狂人だ。奴が大好きな戦争を自分から止める訳がない」
「そ、そうですか……」
アイゼンハワー大将の試みは失敗を終わった。フランスは言わば巨大なガダルカナル島になったようなものであった。
○
インドから主力艦隊が帰投するまでの2週間。備蓄など持つ筈がない。これまで平時と変わらないような食事を楽しんでいた連合国の兵士達に、食糧の欠乏に耐える能力などなかった。
1週間で完全に秩序は崩壊し、指揮系統など有名無実となり、暴徒と化した200万人の将兵はフランス全土で略奪を始めた。血の気の多いフランス人民はこれに全力で抵抗し、フランス全土が戦場と化した。ドイツはこれほどの捕虜を取ったところで食わせる食糧がないので、この惨状を放置した。
ドイツに占領されていた頃、ドイツ軍は曲がりなりにも代金を払って物資を徴発していた。反対に連合国軍は略奪と虐殺を繰り返し、連合国に対するフランス人の信用は地に落ちた。
最終的に生き残ったのは、自らドイツ軍に降服して保護を求めた30万人と、フランスの地方政府に投降することに成功して収容所に送られた40万人であった。残りは餓死するかフランス人の返り討ちに遭うか、或いは処刑された。
さて、ネーデルラント沖海戦での致命的な敗戦からおよそ一週間が経過した。英仏海峡の制海権はドイツ軍が完全に掌握し、フランスに上陸した連合軍はさながら無人島に閉じ込められたようなものであった。
「申し上げます。フランスの備蓄はあと3日で尽きるとのことです」
「うむ……。そうか」
アイゼンハワー大将は落ち着き払っていた。これ以上状況が悪くなることがないと逆に気楽なのである。
「グラーフ・ツェッペリンは海峡に居座るつもりらしい。どうするつもりだ、アイゼンハワー大将?」
モンゴメリー陸軍元帥は問う。アイゼンハワー大将は、その一言で覚悟を決めたかのように椅子から立ち上がった。
「諸君、我々に残された選択肢は一つしかない! フランスに取り残された200万の将兵を救うには、ドイツと和平に応じるしかないのだ!」
連合国遠征軍総司令官の爆弾発言に、将軍達はどよめく。
「閣下、もう少しだけ、2週間だけ待てませんか? そうすればインドから我が軍の主力艦隊が到着します!」
ラムゼー海軍大将はそう訴えるが、アイゼンハワー大将は論外であると一蹴する。
「馬鹿を言うなッ! お前は2週間水も食糧もなしに生きられるのか!?」
「い、いや……」
「大昔から、戦争は生産と補給が全てだ。補給を絶たれた軍隊など、暴徒と何ら変わらん」
「は、はい」
「講和だ。ドイツに和平を乞うしかないのだ。少なくとも直ちに停戦しなければならない。そのように、チャーチル首相に伝えてくれ。それをするのは政治家の仕事だ」
そういう訳で早速、チャーチル首相に使者としてテッダー空軍大将が派遣された。
「――なるほど。事情は理解した」
「で、では、すぐにヒトラーと交渉を――」
そう言った途端、チャーチル首相は血相を変えて大将に怒鳴りつけた。
「ふざけるなッ!! 和平だと? 講和だと? 全て論外だッ!!」
「は……? お、お言葉ですが閣下、本当に現在の状況を分かっておいでですか? 200万の将兵が餓死する寸前なのですよ!?」
「それがどうした。たかが200万人が死んだところで、どうしたと言うんだね? ソ連では2000万人死んでるんだぞ? 大した数字じゃあない」
「なっ……」
テッダー空軍大将は言葉を失ってしまった。しかしチャーチルは平然と自説を語り続ける。
「いいか、大将? この戦争は絶滅戦争なのだ。ドイツ人が絶滅するか、イギリス人が絶滅するか、二つに一つ。それ以外の結末はあり得ない。ドイツと和平だと? そんなものは論外も論外だ。論外甚だしい」
「で、では、閣下はドイツとの和平に応じるつもりがないと?」
「何度も同じことを言わせるな。俺がドイツとの和平になど応じることはない。和平がしたければ俺を首相から引きずり下ろすといい」
「お、お言葉ですが、閣下の思想はヒトラーと何ら変わらないものとお見受けします」
「ヒトラーだと? あんな青二才と一緒にするな。あいつはユダヤ人を絶滅させたいのではなく、ヨーロッパから消し去りたいだけだ。まったく大したことのない人間だ」
テッダー空軍大将は、チャーチルがヒトラーなどより遥かに悪質な存在であるとようやく理解した。そしてアイゼンハワー大将にチャーチルの意志を伝えた。
「和平を拒否だと……? 信じられん。チャーチルはそこまで馬鹿だったのか、或いは耄碌したのか」
チャーチルは以前ヒトラーからの和平の提案を拒絶した男だ。頭が悪いとは思っていたがこれほどとは、アイゼンハワー大将も予想していなかった。
「閣下、どうしましょうか……?」
「軍人に条約を結ぶ権利はない。政治家がその気なら、我々には何もできない。もうお終いだ」
「で、では、ルーズベルト大統領閣下に頼めば、何とかしてはくださらないのですか?」
「馬鹿を言うな。ルーズベルトはチャーチルよりも狂人だ。奴が大好きな戦争を自分から止める訳がない」
「そ、そうですか……」
アイゼンハワー大将の試みは失敗を終わった。フランスは言わば巨大なガダルカナル島になったようなものであった。
○
インドから主力艦隊が帰投するまでの2週間。備蓄など持つ筈がない。これまで平時と変わらないような食事を楽しんでいた連合国の兵士達に、食糧の欠乏に耐える能力などなかった。
1週間で完全に秩序は崩壊し、指揮系統など有名無実となり、暴徒と化した200万人の将兵はフランス全土で略奪を始めた。血の気の多いフランス人民はこれに全力で抵抗し、フランス全土が戦場と化した。ドイツはこれほどの捕虜を取ったところで食わせる食糧がないので、この惨状を放置した。
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