上 下
273 / 399
第十四章 第二次世界大戦(覚醒編)

チャーチルの狂気

しおりを挟む
 一九四四年八月二十二日、イギリス、ロンドン、連合国遠征軍司令部。

 さて、ネーデルラント沖海戦での致命的な敗戦からおよそ一週間が経過した。英仏海峡の制海権はドイツ軍が完全に掌握し、フランスに上陸した連合軍はさながら無人島に閉じ込められたようなものであった。

「申し上げます。フランスの備蓄はあと3日で尽きるとのことです」
「うむ……。そうか」

 アイゼンハワー大将は落ち着き払っていた。これ以上状況が悪くなることがないと逆に気楽なのである。

「グラーフ・ツェッペリンは海峡に居座るつもりらしい。どうするつもりだ、アイゼンハワー大将?」

 モンゴメリー陸軍元帥は問う。アイゼンハワー大将は、その一言で覚悟を決めたかのように椅子から立ち上がった。

「諸君、我々に残された選択肢は一つしかない! フランスに取り残された200万の将兵を救うには、ドイツと和平に応じるしかないのだ!」

 連合国遠征軍総司令官の爆弾発言に、将軍達はどよめく。

「閣下、もう少しだけ、2週間だけ待てませんか? そうすればインドから我が軍の主力艦隊が到着します!」

 ラムゼー海軍大将はそう訴えるが、アイゼンハワー大将は論外であると一蹴する。

「馬鹿を言うなッ! お前は2週間水も食糧もなしに生きられるのか!?」
「い、いや……」
「大昔から、戦争は生産と補給が全てだ。補給を絶たれた軍隊など、暴徒と何ら変わらん」
「は、はい」
「講和だ。ドイツに和平を乞うしかないのだ。少なくとも直ちに停戦しなければならない。そのように、チャーチル首相に伝えてくれ。それをするのは政治家の仕事だ」

 そういう訳で早速、チャーチル首相に使者としてテッダー空軍大将が派遣された。

「――なるほど。事情は理解した」
「で、では、すぐにヒトラーと交渉を――」

 そう言った途端、チャーチル首相は血相を変えて大将に怒鳴りつけた。

「ふざけるなッ!! 和平だと? 講和だと? 全て論外だッ!!」
「は……? お、お言葉ですが閣下、本当に現在の状況を分かっておいでですか? 200万の将兵が餓死する寸前なのですよ!?」
「それがどうした。たかが200万人が死んだところで、どうしたと言うんだね? ソ連では2000万人死んでるんだぞ? 大した数字じゃあない」
「なっ……」

 テッダー空軍大将は言葉を失ってしまった。しかしチャーチルは平然と自説を語り続ける。

「いいか、大将? この戦争は絶滅戦争なのだ。ドイツ人が絶滅するか、イギリス人が絶滅するか、二つに一つ。それ以外の結末はあり得ない。ドイツと和平だと? そんなものは論外も論外だ。論外甚だしい」
「で、では、閣下はドイツとの和平に応じるつもりがないと?」
「何度も同じことを言わせるな。俺がドイツとの和平になど応じることはない。和平がしたければ俺を首相から引きずり下ろすといい」
「お、お言葉ですが、閣下の思想はヒトラーと何ら変わらないものとお見受けします」
「ヒトラーだと? あんな青二才と一緒にするな。あいつはユダヤ人を絶滅させたいのではなく、ヨーロッパから消し去りたいだけだ。まったく大したことのない人間だ」

 テッダー空軍大将は、チャーチルがヒトラーなどより遥かに悪質な存在であるとようやく理解した。そしてアイゼンハワー大将にチャーチルの意志を伝えた。

「和平を拒否だと……? 信じられん。チャーチルはそこまで馬鹿だったのか、或いは耄碌したのか」

 チャーチルは以前ヒトラーからの和平の提案を拒絶した男だ。頭が悪いとは思っていたがこれほどとは、アイゼンハワー大将も予想していなかった。

「閣下、どうしましょうか……?」
「軍人に条約を結ぶ権利はない。政治家がその気なら、我々には何もできない。もうお終いだ」
「で、では、ルーズベルト大統領閣下に頼めば、何とかしてはくださらないのですか?」
「馬鹿を言うな。ルーズベルトはチャーチルよりも狂人だ。奴が大好きな戦争を自分から止める訳がない」
「そ、そうですか……」

 アイゼンハワー大将の試みは失敗を終わった。フランスは言わば巨大なガダルカナル島になったようなものであった。

 ○

 インドから主力艦隊が帰投するまでの2週間。備蓄など持つ筈がない。これまで平時と変わらないような食事を楽しんでいた連合国の兵士達に、食糧の欠乏に耐える能力などなかった。

 1週間で完全に秩序は崩壊し、指揮系統など有名無実となり、暴徒と化した200万人の将兵はフランス全土で略奪を始めた。血の気の多いフランス人民はこれに全力で抵抗し、フランス全土が戦場と化した。ドイツはこれほどの捕虜を取ったところで食わせる食糧がないので、この惨状を放置した。

 ドイツに占領されていた頃、ドイツ軍は曲がりなりにも代金を払って物資を徴発していた。反対に連合国軍は略奪と虐殺を繰り返し、連合国に対するフランス人の信用は地に落ちた。

 最終的に生き残ったのは、自らドイツ軍に降服して保護を求めた30万人と、フランスの地方政府に投降することに成功して収容所に送られた40万人であった。残りは餓死するかフランス人の返り討ちに遭うか、或いは処刑された。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...