上 下
260 / 376
第十三章 ドイツ訪問(地上編)

総統との別れ

しおりを挟む
 翌朝。妙高とツェッペリンがまだスヤスヤ眠っている間、総統別荘にまた来客があった。

「お久しぶりです、ヒムラー様」

 シュペーが出迎えたこの地味な鼻眼鏡の男は、元親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーである。総統への絶対的な忠誠心を持つことで知られ、かつ私腹を肥やすということに全く興味がなく、時計一つを買うのに借金をしていたという逸話も残る。

「ああ、久しぶり。我が総統はお元気にしておられるか?」
「はい、我らが総統ウンザー・フューラーはお元気にしておいでです」
「そうか、それはよかった。我が総統に呼ばれたのだが、閣下と今会えるか?」
「はい。我が総統はあなたをお待ちしております」

 かくしてシュペーはヒムラーを総統の許に案内した。

「ハイル・マイン・フューラー。ハインリヒ・ヒムラー、ただいま参りました」
「ああ、ハインリヒ。よく来てくれた。早速だが、君に頼みたいことがあってな」
「何でもお申し付けください」

 現在、親衛隊全国指導者の地位はエルンスト・カルテンブルンナーに譲られており、ヒムラーは『アドルフ・ヒトラー特攻隊』という総統直属の特務部隊の総長を務めている。この名前は党がまだ弱小の時代に親衛隊の前身となった組織の名前である。

 親衛隊は今やすっかり国家機関のごとくなってしまっているので、このアドルフ・ヒトラー特攻隊こそが、総統に直属する唯一の組織である。

「頼みたいことは2つだ。第一に、ヨーロッパから去るまでの間、ここにいるグラーフ・ツェッペリンと妙高の護衛をすること。第二に、日本軍に現在の情勢を漏らすんだ」
「承知しました。直ちに取り掛かります」

 明らかに普通ではない任務だが、ヒムラーは微塵も疑うことはなかった。

「流石だな、忠臣ハインリヒ」
「ありがたきお言葉。ところで総統、そろそろ我がヴェーヴェルスブルク城を訪れてはいただけませんか?」
「あー、まあ、考えておこう。気が向いたらな」
「はっ……」

 ヒムラーは早速、総統からの任務を実行しに向かった。

 それからすぐ、ツェッペリンと妙高はヒムラーが来たことなど知らないまま起きてきて、シュペーに言われるがまま朝食を頂くこととなった。

「わ、我が総統、よろしいのですか? ここまでして頂いて……」

 ツェッペリンの総統の向かいで申し訳なさそうに言う。

「私は客人二人の朝食すら出さないような人間ではないよ」
「し、失礼を……」
「構わん構わん。この後は、すぐに艦隊に戻るのかな?」
「はい、私はキューバに戻らねばなりません」
「そうか。ではそんな君に、最後に一つ言っておくことがある」
「何でしょうか……?」
「私は君達に協力することに決めた」
「ほ、本当ですか!?」

 ツェッペリンは嬉しそうに聞き返す。が、総統はツェッペリンを落ち着かせる。

「本当だが、昨日言ったように、ゲッベルスをアメリカへの軍事制裁に賛成させたとしても、日本やソ連がアメリカと本気で戦争をするとは思えない。だから、少し手の込んだことをしなければならん」
「そ、それは一体……」
「それは秘密だ。まあ、少しばかり待っていてくれ。直に分かることだ」
「はっ」

 総統の言葉は絶対に信用できる。ツェッペリンは何も疑うことはなかった。

「それと、妙高と言ったかな?」

 総統は妙高に問いかける。

「は、はい」
「日本の船魄とも、いつでもこのように和やかに話せるようになればいいな」
「と、言いますと……」
「私は本当なら日本とずっと友好関係を保ち続けたかったのだ。政治的な都合により日本とは対立せざるを得なくなってしまったがね。だからこうして、日本の船魄と話せることは嬉しく思うよ」
「そ、それは光栄です……」
「うむ。では朝食にしよう。ゆっくり食べていってくれ。シュペーの料理は本当に美味いぞ」

 かくしてシュペーが持ってきたのは、ドイツらしい簡単な朝食であった。焼いたパンにハムとチーズを乗せた簡単なものと牛乳だけだったが、これが本当に美味しいのである。なお総統は菜食主義者なのでパンだけであった。

「シュペー、お前やるな。料理が上手いとは思わんかったぞ」

 ツェッペリンはパンを頬張りながら、不器用にシュペーを褒める。

「まあ、パンの焼き加減と食材選びにさえ気を付ければいいだけですから」
「我にはそんなことできんぞ」
「私は慣れていますから」
「シュペーさんは、ずっとここで働いているんですか?」

 妙高は問う。

「はい。私は元より、自沈したところを引き揚げた艦ですから、最前線に配置するのは不安が残るということで、ここで我が総統の警護を担当することとなりました」
「そうだったんですか……」

 そういう訳で早々に朝食を終えると、もう別れの時である。

「ツェッペリン、戻ってきたくなったらいつでも戻ってきなさい。便宜を図るようゲッベルスには言い付けておくから」
「はっ……!」
「では、元気にしているんだぞ」
「はっ。我が総統も、末永くお元気に!」
「妙高、君もだ。元気にしていてくれ」
「は、はい!」
「グラーフ・ツェッペリン様、妙高様、またのお越しをお待ちしております」

 総統とシュペーから見送りを受け、ツェッペリンと妙高は――ツェッペリンはまたしても涙を浮かべながら――総統別荘を立ち去った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

処理中です...