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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
総統との別れ
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翌朝。妙高とツェッペリンがまだスヤスヤ眠っている間、総統別荘にまた来客があった。
「お久しぶりです、ヒムラー様」
シュペーが出迎えたこの地味な鼻眼鏡の男は、元親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーである。総統への絶対的な忠誠心を持つことで知られ、かつ私腹を肥やすということに全く興味がなく、時計一つを買うのに借金をしていたという逸話も残る。
「ああ、久しぶり。我が総統はお元気にしておられるか?」
「はい、我らが総統はお元気にしておいでです」
「そうか、それはよかった。我が総統に呼ばれたのだが、閣下と今会えるか?」
「はい。我が総統はあなたをお待ちしております」
かくしてシュペーはヒムラーを総統の許に案内した。
「ハイル・マイン・フューラー。ハインリヒ・ヒムラー、ただいま参りました」
「ああ、ハインリヒ。よく来てくれた。早速だが、君に頼みたいことがあってな」
「何でもお申し付けください」
現在、親衛隊全国指導者の地位はエルンスト・カルテンブルンナーに譲られており、ヒムラーは『アドルフ・ヒトラー特攻隊』という総統直属の特務部隊の総長を務めている。この名前は党がまだ弱小の時代に親衛隊の前身となった組織の名前である。
親衛隊は今やすっかり国家機関のごとくなってしまっているので、このアドルフ・ヒトラー特攻隊こそが、総統に直属する唯一の組織である。
「頼みたいことは2つだ。第一に、ヨーロッパから去るまでの間、ここにいるグラーフ・ツェッペリンと妙高の護衛をすること。第二に、日本軍に現在の情勢を漏らすんだ」
「承知しました。直ちに取り掛かります」
明らかに普通ではない任務だが、ヒムラーは微塵も疑うことはなかった。
「流石だな、忠臣ハインリヒ」
「ありがたきお言葉。ところで総統、そろそろ我がヴェーヴェルスブルク城を訪れてはいただけませんか?」
「あー、まあ、考えておこう。気が向いたらな」
「はっ……」
ヒムラーは早速、総統からの任務を実行しに向かった。
それからすぐ、ツェッペリンと妙高はヒムラーが来たことなど知らないまま起きてきて、シュペーに言われるがまま朝食を頂くこととなった。
「わ、我が総統、よろしいのですか? ここまでして頂いて……」
ツェッペリンの総統の向かいで申し訳なさそうに言う。
「私は客人二人の朝食すら出さないような人間ではないよ」
「し、失礼を……」
「構わん構わん。この後は、すぐに艦隊に戻るのかな?」
「はい、私はキューバに戻らねばなりません」
「そうか。ではそんな君に、最後に一つ言っておくことがある」
「何でしょうか……?」
「私は君達に協力することに決めた」
「ほ、本当ですか!?」
ツェッペリンは嬉しそうに聞き返す。が、総統はツェッペリンを落ち着かせる。
「本当だが、昨日言ったように、ゲッベルスをアメリカへの軍事制裁に賛成させたとしても、日本やソ連がアメリカと本気で戦争をするとは思えない。だから、少し手の込んだことをしなければならん」
「そ、それは一体……」
「それは秘密だ。まあ、少しばかり待っていてくれ。直に分かることだ」
「はっ」
総統の言葉は絶対に信用できる。ツェッペリンは何も疑うことはなかった。
「それと、妙高と言ったかな?」
総統は妙高に問いかける。
「は、はい」
「日本の船魄とも、いつでもこのように和やかに話せるようになればいいな」
「と、言いますと……」
「私は本当なら日本とずっと友好関係を保ち続けたかったのだ。政治的な都合により日本とは対立せざるを得なくなってしまったがね。だからこうして、日本の船魄と話せることは嬉しく思うよ」
「そ、それは光栄です……」
「うむ。では朝食にしよう。ゆっくり食べていってくれ。シュペーの料理は本当に美味いぞ」
かくしてシュペーが持ってきたのは、ドイツらしい簡単な朝食であった。焼いたパンにハムとチーズを乗せた簡単なものと牛乳だけだったが、これが本当に美味しいのである。なお総統は菜食主義者なのでパンだけであった。
「シュペー、お前やるな。料理が上手いとは思わんかったぞ」
ツェッペリンはパンを頬張りながら、不器用にシュペーを褒める。
「まあ、パンの焼き加減と食材選びにさえ気を付ければいいだけですから」
「我にはそんなことできんぞ」
「私は慣れていますから」
「シュペーさんは、ずっとここで働いているんですか?」
妙高は問う。
「はい。私は元より、自沈したところを引き揚げた艦ですから、最前線に配置するのは不安が残るということで、ここで我が総統の警護を担当することとなりました」
「そうだったんですか……」
そういう訳で早々に朝食を終えると、もう別れの時である。
「ツェッペリン、戻ってきたくなったらいつでも戻ってきなさい。便宜を図るようゲッベルスには言い付けておくから」
「はっ……!」
「では、元気にしているんだぞ」
「はっ。我が総統も、末永くお元気に!」
「妙高、君もだ。元気にしていてくれ」
「は、はい!」
「グラーフ・ツェッペリン様、妙高様、またのお越しをお待ちしております」
総統とシュペーから見送りを受け、ツェッペリンと妙高は――ツェッペリンはまたしても涙を浮かべながら――総統別荘を立ち去った。
「お久しぶりです、ヒムラー様」
シュペーが出迎えたこの地味な鼻眼鏡の男は、元親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーである。総統への絶対的な忠誠心を持つことで知られ、かつ私腹を肥やすということに全く興味がなく、時計一つを買うのに借金をしていたという逸話も残る。
「ああ、久しぶり。我が総統はお元気にしておられるか?」
「はい、我らが総統はお元気にしておいでです」
「そうか、それはよかった。我が総統に呼ばれたのだが、閣下と今会えるか?」
「はい。我が総統はあなたをお待ちしております」
かくしてシュペーはヒムラーを総統の許に案内した。
「ハイル・マイン・フューラー。ハインリヒ・ヒムラー、ただいま参りました」
「ああ、ハインリヒ。よく来てくれた。早速だが、君に頼みたいことがあってな」
「何でもお申し付けください」
現在、親衛隊全国指導者の地位はエルンスト・カルテンブルンナーに譲られており、ヒムラーは『アドルフ・ヒトラー特攻隊』という総統直属の特務部隊の総長を務めている。この名前は党がまだ弱小の時代に親衛隊の前身となった組織の名前である。
親衛隊は今やすっかり国家機関のごとくなってしまっているので、このアドルフ・ヒトラー特攻隊こそが、総統に直属する唯一の組織である。
「頼みたいことは2つだ。第一に、ヨーロッパから去るまでの間、ここにいるグラーフ・ツェッペリンと妙高の護衛をすること。第二に、日本軍に現在の情勢を漏らすんだ」
「承知しました。直ちに取り掛かります」
明らかに普通ではない任務だが、ヒムラーは微塵も疑うことはなかった。
「流石だな、忠臣ハインリヒ」
「ありがたきお言葉。ところで総統、そろそろ我がヴェーヴェルスブルク城を訪れてはいただけませんか?」
「あー、まあ、考えておこう。気が向いたらな」
「はっ……」
ヒムラーは早速、総統からの任務を実行しに向かった。
それからすぐ、ツェッペリンと妙高はヒムラーが来たことなど知らないまま起きてきて、シュペーに言われるがまま朝食を頂くこととなった。
「わ、我が総統、よろしいのですか? ここまでして頂いて……」
ツェッペリンの総統の向かいで申し訳なさそうに言う。
「私は客人二人の朝食すら出さないような人間ではないよ」
「し、失礼を……」
「構わん構わん。この後は、すぐに艦隊に戻るのかな?」
「はい、私はキューバに戻らねばなりません」
「そうか。ではそんな君に、最後に一つ言っておくことがある」
「何でしょうか……?」
「私は君達に協力することに決めた」
「ほ、本当ですか!?」
ツェッペリンは嬉しそうに聞き返す。が、総統はツェッペリンを落ち着かせる。
「本当だが、昨日言ったように、ゲッベルスをアメリカへの軍事制裁に賛成させたとしても、日本やソ連がアメリカと本気で戦争をするとは思えない。だから、少し手の込んだことをしなければならん」
「そ、それは一体……」
「それは秘密だ。まあ、少しばかり待っていてくれ。直に分かることだ」
「はっ」
総統の言葉は絶対に信用できる。ツェッペリンは何も疑うことはなかった。
「それと、妙高と言ったかな?」
総統は妙高に問いかける。
「は、はい」
「日本の船魄とも、いつでもこのように和やかに話せるようになればいいな」
「と、言いますと……」
「私は本当なら日本とずっと友好関係を保ち続けたかったのだ。政治的な都合により日本とは対立せざるを得なくなってしまったがね。だからこうして、日本の船魄と話せることは嬉しく思うよ」
「そ、それは光栄です……」
「うむ。では朝食にしよう。ゆっくり食べていってくれ。シュペーの料理は本当に美味いぞ」
かくしてシュペーが持ってきたのは、ドイツらしい簡単な朝食であった。焼いたパンにハムとチーズを乗せた簡単なものと牛乳だけだったが、これが本当に美味しいのである。なお総統は菜食主義者なのでパンだけであった。
「シュペー、お前やるな。料理が上手いとは思わんかったぞ」
ツェッペリンはパンを頬張りながら、不器用にシュペーを褒める。
「まあ、パンの焼き加減と食材選びにさえ気を付ければいいだけですから」
「我にはそんなことできんぞ」
「私は慣れていますから」
「シュペーさんは、ずっとここで働いているんですか?」
妙高は問う。
「はい。私は元より、自沈したところを引き揚げた艦ですから、最前線に配置するのは不安が残るということで、ここで我が総統の警護を担当することとなりました」
「そうだったんですか……」
そういう訳で早々に朝食を終えると、もう別れの時である。
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「はっ……!」
「では、元気にしているんだぞ」
「はっ。我が総統も、末永くお元気に!」
「妙高、君もだ。元気にしていてくれ」
「は、はい!」
「グラーフ・ツェッペリン様、妙高様、またのお越しをお待ちしております」
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