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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
アドルフ・ヒトラー
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「よーし。では行くぞ、妙高」
「だ、大丈夫なんでしょうか……。主砲はあさっての方向を向いてますけど、副砲は普通にこっちに向いてますし……」
「あれは交戦の意思なきことを示したのだ。そこで騙し討ちするような卑怯者はドイツ海軍にはおらん」
「そ、それはそうかもですが……」
「怯えていても仕方があるまい。とっとと行くぞ!」
「は、はい……」
と言いつつ、ツェッペリンは全力で早歩きして総統別荘に向かった。内心では攻撃されるかもしれないとビクビクしていたのである。しかし幸いなことに、ツェッペリンと妙高が攻撃を受けることはなく、総統別荘の玄関先に辿り着いた。総統別荘とはとても思えない、極一般的な別荘のような造りであった。
「で、では、入ろうか……」
「ツェッペリンさん、手が震えてますけど大丈夫ですか?」
「そ、そんなことはない!」
ツェッペリンは勢いよくチャイムを鳴らした。心臓が高鳴る中で待っていると、すぐに扉は開いた。
「お待ちしておりました、グラーフ・ツェッペリン様」
扉を開けて出てきたのは、絵に描いたようなメイド服を来た黒髪の少女。船魄の証である黒い翼を背中から生やしている。
「お前、船魄か?」
「この姿ではお初にお目にかかります。アトミラール・グラーフ・シュペーと申します」
「そうか。シュペーだったか」
シュペーは恭しくお辞儀をした。
リュッツオウ級重巡洋艦三番艦アトミラール・グラーフ・シュペー。彼女が総統護衛艦というものらしい。シュペーは第二次世界大戦中にウルグアイで自沈したのだが、戦後に引き揚げられて現役に復帰している。
「時に、そちらの方は?」
シュペーは妙高を視線を移す。
「わ、私は妙高型重巡洋艦一番艦の妙高と言います。よろしくお願いします」
「左様でしたか。こちらこそよろしくお願いします。さて、ツェッペリン様、我が総統はあなたに会いたがっておられます」
「そ、そうであろうな」
シュペーはツェッペリンと妙高を別荘に招き入れた。妙高は一旦客室で待機させられることになり、ツェッペリンはシュペーに連れられ、別荘の奥に向かった。
「ツェッペリン様、緊張しておられるのですか?」
「な、何を言う! そ、そんなことはない!」
「はぁ。声が震えていますし先程から息が荒いのですが」
「な、何でもないわ! ここに来るまで長旅で疲れただけだ」
「左様ですか。さて、この先です」
「あ、ああ…………」
シュペーが扉を開ける。扉の先は広い応接間のような会議室のような部屋であった。壁一面がガラス張りになって自然光を取り込んだ広い部屋に、まるで国王が臨席する会議で使われるような大きな長机が置かれている。
その広い窓の傍に、一台の車椅子とその上に乗る老人の姿があった。ツェッペリンはその後ろ姿だけで、すぐさまそれが誰なのか分かった。
「我が総統…………」
ツェッペリンはどうしていいのか分からず、そう呼んだきり立ち尽くしてしまう。一方、そう呼ばれた老人は車椅子をゆっくりと回して、ツェッペリンに振り返った。
「ツェッペリンか……。ようやく戻ってきてくれたのだね」
その穏やかな声には、かつて全ドイツ人を魅了する演説をしていた力強さはなかった。今のこの姿を見て、彼の顔を知らなければ、かつてこの国を復活させた独裁者だとは誰も思うまい。
アドルフ・ヒトラー。ドイツ国総統、ヨーロッパの歴史上最も特筆すべき人物。ヨーロッパの統合というカール大帝を超える偉業を成し遂げ、ヨーロッパからユダヤ人を絶滅させた男である。その功罪は余りにも多く大きく、とても語りきることはできない。
「我が総統……。裏切り者に過ぎないこの私に、怒りはしないのですか……?」
「私はもう政治からは身を引いたのだ。怒ったりなどしないよ。だが、私の可愛いグラーフ・ツェッペリンに、死ぬ前にもう一度会えたことは、実に嬉しく思うよ。さあツェッペリン、こっちに来て、よく顔を見せてくれ」
「はっ……!」
ツェッペリンは無邪気な子供のように総統に駆け寄り、その車椅子の目の前に跪いた。
「我が総統……。グラーフ・ツェッペリン、恥ずかしながら、戻って参りました……!」
ツェッペリンは涙を目に浮かべながら言った。総統は何も言わず、ツェッペリンの頭をそっと撫でた。
「我が、総統…………」
「ツェッペリン、グラーフ・ツェッペリン、恥じることなどない。謝ることもない。私のところに戻ってきてくれて、ありがとう」
「そ、そのようなお言葉……私には……」
「しかし、私は顔をよく見せてくれと言ったのだがね。それじゃあ君の顔が見えないじゃないか」
「はっ……! も、申し訳ありません!」
ツェッペリンは慌てて顔を上げた。総統はツェッペリンの顔を見て微笑んだ。
「君はやはり、10年前と何も変わっていないのだね。見ての通り、私はもうすっかり衰えてしまったというのに」
「そ、そんなことは……」
「私にそんな遠慮しないでくれ。もうとっくに引退したただの老いぼれだ」
「わ、私にとってはあなたこそが唯一の指導者です! ゲッベルスの馬鹿など指導者の器ではありません!」
「まあまあ、そうは言ってくれるな。ゲッベルスは平凡だからこそいいんだ。彼は今を維持するのに向いている」
「そ、そういうものでしょうか……」
「私の判断を疑うのかな?」
「い、いえ、そんなまさか!」
本気で焦るツェッペリンに、総統は悪戯っぽく笑う。
「まあ、世間話はこの辺にしておこう。こんな立ち話をさせる訳にはいくまい。遠慮なく座ってくれ。それとシュペー、ワインでも用意してくれ。赤ワインだ」
「かしこまりました」
ツェッペリンは長机の総統の正面に座って、シュペーはワインを用意しに奥の間に向かった。
「だ、大丈夫なんでしょうか……。主砲はあさっての方向を向いてますけど、副砲は普通にこっちに向いてますし……」
「あれは交戦の意思なきことを示したのだ。そこで騙し討ちするような卑怯者はドイツ海軍にはおらん」
「そ、それはそうかもですが……」
「怯えていても仕方があるまい。とっとと行くぞ!」
「は、はい……」
と言いつつ、ツェッペリンは全力で早歩きして総統別荘に向かった。内心では攻撃されるかもしれないとビクビクしていたのである。しかし幸いなことに、ツェッペリンと妙高が攻撃を受けることはなく、総統別荘の玄関先に辿り着いた。総統別荘とはとても思えない、極一般的な別荘のような造りであった。
「で、では、入ろうか……」
「ツェッペリンさん、手が震えてますけど大丈夫ですか?」
「そ、そんなことはない!」
ツェッペリンは勢いよくチャイムを鳴らした。心臓が高鳴る中で待っていると、すぐに扉は開いた。
「お待ちしておりました、グラーフ・ツェッペリン様」
扉を開けて出てきたのは、絵に描いたようなメイド服を来た黒髪の少女。船魄の証である黒い翼を背中から生やしている。
「お前、船魄か?」
「この姿ではお初にお目にかかります。アトミラール・グラーフ・シュペーと申します」
「そうか。シュペーだったか」
シュペーは恭しくお辞儀をした。
リュッツオウ級重巡洋艦三番艦アトミラール・グラーフ・シュペー。彼女が総統護衛艦というものらしい。シュペーは第二次世界大戦中にウルグアイで自沈したのだが、戦後に引き揚げられて現役に復帰している。
「時に、そちらの方は?」
シュペーは妙高を視線を移す。
「わ、私は妙高型重巡洋艦一番艦の妙高と言います。よろしくお願いします」
「左様でしたか。こちらこそよろしくお願いします。さて、ツェッペリン様、我が総統はあなたに会いたがっておられます」
「そ、そうであろうな」
シュペーはツェッペリンと妙高を別荘に招き入れた。妙高は一旦客室で待機させられることになり、ツェッペリンはシュペーに連れられ、別荘の奥に向かった。
「ツェッペリン様、緊張しておられるのですか?」
「な、何を言う! そ、そんなことはない!」
「はぁ。声が震えていますし先程から息が荒いのですが」
「な、何でもないわ! ここに来るまで長旅で疲れただけだ」
「左様ですか。さて、この先です」
「あ、ああ…………」
シュペーが扉を開ける。扉の先は広い応接間のような会議室のような部屋であった。壁一面がガラス張りになって自然光を取り込んだ広い部屋に、まるで国王が臨席する会議で使われるような大きな長机が置かれている。
その広い窓の傍に、一台の車椅子とその上に乗る老人の姿があった。ツェッペリンはその後ろ姿だけで、すぐさまそれが誰なのか分かった。
「我が総統…………」
ツェッペリンはどうしていいのか分からず、そう呼んだきり立ち尽くしてしまう。一方、そう呼ばれた老人は車椅子をゆっくりと回して、ツェッペリンに振り返った。
「ツェッペリンか……。ようやく戻ってきてくれたのだね」
その穏やかな声には、かつて全ドイツ人を魅了する演説をしていた力強さはなかった。今のこの姿を見て、彼の顔を知らなければ、かつてこの国を復活させた独裁者だとは誰も思うまい。
アドルフ・ヒトラー。ドイツ国総統、ヨーロッパの歴史上最も特筆すべき人物。ヨーロッパの統合というカール大帝を超える偉業を成し遂げ、ヨーロッパからユダヤ人を絶滅させた男である。その功罪は余りにも多く大きく、とても語りきることはできない。
「我が総統……。裏切り者に過ぎないこの私に、怒りはしないのですか……?」
「私はもう政治からは身を引いたのだ。怒ったりなどしないよ。だが、私の可愛いグラーフ・ツェッペリンに、死ぬ前にもう一度会えたことは、実に嬉しく思うよ。さあツェッペリン、こっちに来て、よく顔を見せてくれ」
「はっ……!」
ツェッペリンは無邪気な子供のように総統に駆け寄り、その車椅子の目の前に跪いた。
「我が総統……。グラーフ・ツェッペリン、恥ずかしながら、戻って参りました……!」
ツェッペリンは涙を目に浮かべながら言った。総統は何も言わず、ツェッペリンの頭をそっと撫でた。
「我が、総統…………」
「ツェッペリン、グラーフ・ツェッペリン、恥じることなどない。謝ることもない。私のところに戻ってきてくれて、ありがとう」
「そ、そのようなお言葉……私には……」
「しかし、私は顔をよく見せてくれと言ったのだがね。それじゃあ君の顔が見えないじゃないか」
「はっ……! も、申し訳ありません!」
ツェッペリンは慌てて顔を上げた。総統はツェッペリンの顔を見て微笑んだ。
「君はやはり、10年前と何も変わっていないのだね。見ての通り、私はもうすっかり衰えてしまったというのに」
「そ、そんなことは……」
「私にそんな遠慮しないでくれ。もうとっくに引退したただの老いぼれだ」
「わ、私にとってはあなたこそが唯一の指導者です! ゲッベルスの馬鹿など指導者の器ではありません!」
「まあまあ、そうは言ってくれるな。ゲッベルスは平凡だからこそいいんだ。彼は今を維持するのに向いている」
「そ、そういうものでしょうか……」
「私の判断を疑うのかな?」
「い、いえ、そんなまさか!」
本気で焦るツェッペリンに、総統は悪戯っぽく笑う。
「まあ、世間話はこの辺にしておこう。こんな立ち話をさせる訳にはいくまい。遠慮なく座ってくれ。それとシュペー、ワインでも用意してくれ。赤ワインだ」
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