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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
線路
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宮殿のような見た目をしたブレスト駅に辿り着いた。ツェッペリン曰くフランスの大きい駅は大体こんな感じらしい。瑞鶴からもらった金でパリまでの切符を買って、早速列車に乗り込んだ。
高級そうな木目調の客車は向かい合ったボックス席が並んでおり、明らかに大量輸送に向いたものではない。それにも拘らず、人はまばらであった。半分個室のようになっているので、あまり人と接触したくない妙高とツェッペリンにとっては幸運だったが。
二人はツェッペリンが窓側、妙高が通路側で隣り合って座った。すると間もなく列車は出発した。
「あんまり人が乗ってないんですね……。この客車には10人くらいしかいません」
「民間人がブレストに行き来する用事はさしてないからな。こんな昼間であれば、観光客も乗ってはおるまい」
「なるほど。しかし……このまま7時間ですか……。大変ですね……」
妙高はそれを想像しただけでげんなりしてきた。
「7時間程度大した時間ではあるまい。一ヶ月の船旅もよくあることだろう?」
「船の中だったら好きに動けますけど、ずっとこのまま7時間というのはなかなか……」
「確かに……そう言われればそうかもしれんな……」
ツェッペリンの顔にもだんだん後悔が浮かんできていた。
「あれ、ツェッペリンさんもこの路線は初めてなんですか?」
「ああ。普通は自ら移動するからな」
「それもそうですね。はぁ、何か暇つぶしとかないかな」
「何冊か小説などは持ってきたが、列車の中で読む気は起きんな」
「同感です……」
二人とも、船の揺れには慣れていても電車の揺れには慣れていないのである。それに加えて慢性的に壊滅的な財政難のフランスの線路は保守が行き届いておらず、列車としても乗り心地がいいものではなかった。
30分くらいで二人とも列車に乗り疲れてきて、すっかり無言になってしまった。道程の10分の1も経過してはいないというのに。
「こうなれば、残された手段は一つしかないな」
「な、何です?」
「寝る。我は疲れているのだ。お前も寝るといい。パリは終点だから寝過ごす心配はないぞ」
「そ、そうですね……」
「では、おやすみ」
「お、おやすみなさい……」
ツェッペリンはさっさと目を閉じてしまった。妙高は寝る気もしなかったので車窓のフランスの田園風景などをぼんやり眺めていると、すぐに隣から寝息が聞こえてきた。ツェッペリンは一瞬で眠ったらしい。
「寝ちゃった……。妙高も寝たいんだけどなあ……」
妙高は目を閉じてみるが一向に眠れる気がしなかった。妙高にとって昨日の夜(から今日の昼にかけて)は寝すぎなのである。
することもなく、今後のことなどを考えていると、ツェッペリンの肩が妙高の肩に当たった。そしてツェッペリンの体はそのままズルズルと妙高に傾いてきて、妙高にもたれかかってきた。列車の壁面にもたれかかればいいというのに。
「ちょ、ツェッペリンさん……」
ツェッペリンはすっかり気持ちよさそうな顔で眠っている。妙高は払い除ける気にもなれず、そのままにしておくことにした。
○
妙高は数十分眠って起きてを繰り返して、案外あっという間に時間は過ぎていった。外では既に日が傾いている。ツェッペリンは相変わらず妙高に体重を預けている。
と、その時であった。妙高の前方から、明らかに妙高のことを見ながら妙高に向かって歩いてくる男が一人。珍しい女二人旅に興味を持っただけかと思いたかったが、男は妙高の目の前で足を止めた。
「あ、あの……何でしょうか……?」
妙高は警戒しながら尋ねる。万が一の時には懐に忍ばせた拳銃を抜く覚悟だ。
「いや、グラーフ・ツェッペリンを久しぶりに目にしたのでね。ついつい声をかけてしまったんだ」
「んなっ――」
妙高は即座に銃を抜こうとするが、男は無害そうな困った顔をしてそれを制止した。
「おいおい、私は別に君達に危害を加えようとしている訳じゃない。まあ話だけでも聞いてくれ。ああ、ツェッペリンは別に起こさなくていいぞ」
と言いながら、男は妙高の真正面に座った。
「イギリスとフランスを滅ぼしたあのグラーフ・ツェッペリンの寝顔が、こんなに可愛らしいとはね」
「だ、だからどうしたと?」
「そんな怖い顔はしないでくれ。だがその前に自己紹介をさせてもらおう。私はアドルフ・アイヒマン。元親衛隊少将だが、今はしがない年金生活者さ」
「……そんな人がどうしてツェッペリンさんを?」
「自分で言うのもなんだが、先の大戦中には結構重要な役目を任されていてね。ツェッペリンを生み出す計画にもそれなりに噛んでるんだ」
「そ、そうですか。で、ツェッペリンさんの顔を見たんですから、そろそろ帰ってもらえませんか?」
「そう長居するつもりはないがね。その前に、君達の目的を聞かせてはくれないかな?」
「それは……」
総統に会いに行くなど、普通なら隠しておくべきだろう。だがもしもアイヒマンに害意があるのなら、見つかった時点で詰んでいる。正直なことを言ったところで何も変わらないだろう。
「私達はヒトラー総統に会いに行くんです」
「我が総統に? 大方、キューバ戦争を終わらせよう我が総統に頼みに行くというところかな?」
「え、ええ、そうですけど……」
「そういうことなら、総統別荘の最寄り駅まで無事に君達を届けるよう、国鉄の連中に口添えしておいてあげよう」
「は、はあ……。どうして、そんなことを?」
「私は鉄道関係者に色々とコネがあってね」
「そ、そうではなく、どうしてそんな好意的なんですか?」
「グラーフ・ツェッペリンは我が国を救った英雄だ。感謝してもし切れないというものだよ」
「な、なるほど……」
「そういう訳だ。素直に喜んでくれたまえ」
アイヒマンは便箋に何やら色々と書き込んでサインをして、妙高に手渡した。これを見せれば国鉄職員が便宜を図ってくれるらしい。
高級そうな木目調の客車は向かい合ったボックス席が並んでおり、明らかに大量輸送に向いたものではない。それにも拘らず、人はまばらであった。半分個室のようになっているので、あまり人と接触したくない妙高とツェッペリンにとっては幸運だったが。
二人はツェッペリンが窓側、妙高が通路側で隣り合って座った。すると間もなく列車は出発した。
「あんまり人が乗ってないんですね……。この客車には10人くらいしかいません」
「民間人がブレストに行き来する用事はさしてないからな。こんな昼間であれば、観光客も乗ってはおるまい」
「なるほど。しかし……このまま7時間ですか……。大変ですね……」
妙高はそれを想像しただけでげんなりしてきた。
「7時間程度大した時間ではあるまい。一ヶ月の船旅もよくあることだろう?」
「船の中だったら好きに動けますけど、ずっとこのまま7時間というのはなかなか……」
「確かに……そう言われればそうかもしれんな……」
ツェッペリンの顔にもだんだん後悔が浮かんできていた。
「あれ、ツェッペリンさんもこの路線は初めてなんですか?」
「ああ。普通は自ら移動するからな」
「それもそうですね。はぁ、何か暇つぶしとかないかな」
「何冊か小説などは持ってきたが、列車の中で読む気は起きんな」
「同感です……」
二人とも、船の揺れには慣れていても電車の揺れには慣れていないのである。それに加えて慢性的に壊滅的な財政難のフランスの線路は保守が行き届いておらず、列車としても乗り心地がいいものではなかった。
30分くらいで二人とも列車に乗り疲れてきて、すっかり無言になってしまった。道程の10分の1も経過してはいないというのに。
「こうなれば、残された手段は一つしかないな」
「な、何です?」
「寝る。我は疲れているのだ。お前も寝るといい。パリは終点だから寝過ごす心配はないぞ」
「そ、そうですね……」
「では、おやすみ」
「お、おやすみなさい……」
ツェッペリンはさっさと目を閉じてしまった。妙高は寝る気もしなかったので車窓のフランスの田園風景などをぼんやり眺めていると、すぐに隣から寝息が聞こえてきた。ツェッペリンは一瞬で眠ったらしい。
「寝ちゃった……。妙高も寝たいんだけどなあ……」
妙高は目を閉じてみるが一向に眠れる気がしなかった。妙高にとって昨日の夜(から今日の昼にかけて)は寝すぎなのである。
することもなく、今後のことなどを考えていると、ツェッペリンの肩が妙高の肩に当たった。そしてツェッペリンの体はそのままズルズルと妙高に傾いてきて、妙高にもたれかかってきた。列車の壁面にもたれかかればいいというのに。
「ちょ、ツェッペリンさん……」
ツェッペリンはすっかり気持ちよさそうな顔で眠っている。妙高は払い除ける気にもなれず、そのままにしておくことにした。
○
妙高は数十分眠って起きてを繰り返して、案外あっという間に時間は過ぎていった。外では既に日が傾いている。ツェッペリンは相変わらず妙高に体重を預けている。
と、その時であった。妙高の前方から、明らかに妙高のことを見ながら妙高に向かって歩いてくる男が一人。珍しい女二人旅に興味を持っただけかと思いたかったが、男は妙高の目の前で足を止めた。
「あ、あの……何でしょうか……?」
妙高は警戒しながら尋ねる。万が一の時には懐に忍ばせた拳銃を抜く覚悟だ。
「いや、グラーフ・ツェッペリンを久しぶりに目にしたのでね。ついつい声をかけてしまったんだ」
「んなっ――」
妙高は即座に銃を抜こうとするが、男は無害そうな困った顔をしてそれを制止した。
「おいおい、私は別に君達に危害を加えようとしている訳じゃない。まあ話だけでも聞いてくれ。ああ、ツェッペリンは別に起こさなくていいぞ」
と言いながら、男は妙高の真正面に座った。
「イギリスとフランスを滅ぼしたあのグラーフ・ツェッペリンの寝顔が、こんなに可愛らしいとはね」
「だ、だからどうしたと?」
「そんな怖い顔はしないでくれ。だがその前に自己紹介をさせてもらおう。私はアドルフ・アイヒマン。元親衛隊少将だが、今はしがない年金生活者さ」
「……そんな人がどうしてツェッペリンさんを?」
「自分で言うのもなんだが、先の大戦中には結構重要な役目を任されていてね。ツェッペリンを生み出す計画にもそれなりに噛んでるんだ」
「そ、そうですか。で、ツェッペリンさんの顔を見たんですから、そろそろ帰ってもらえませんか?」
「そう長居するつもりはないがね。その前に、君達の目的を聞かせてはくれないかな?」
「それは……」
総統に会いに行くなど、普通なら隠しておくべきだろう。だがもしもアイヒマンに害意があるのなら、見つかった時点で詰んでいる。正直なことを言ったところで何も変わらないだろう。
「私達はヒトラー総統に会いに行くんです」
「我が総統に? 大方、キューバ戦争を終わらせよう我が総統に頼みに行くというところかな?」
「え、ええ、そうですけど……」
「そういうことなら、総統別荘の最寄り駅まで無事に君達を届けるよう、国鉄の連中に口添えしておいてあげよう」
「は、はあ……。どうして、そんなことを?」
「私は鉄道関係者に色々とコネがあってね」
「そ、そうではなく、どうしてそんな好意的なんですか?」
「グラーフ・ツェッペリンは我が国を救った英雄だ。感謝してもし切れないというものだよ」
「な、なるほど……」
「そういう訳だ。素直に喜んでくれたまえ」
アイヒマンは便箋に何やら色々と書き込んでサインをして、妙高に手渡した。これを見せれば国鉄職員が便宜を図ってくれるらしい。
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