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第十一章 キューバ戦争

汚い手Ⅱ

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 その後も瑞鶴とツェッペリンは索敵を続けるが、広い海で点にも等しい潜水艦を発見するのは船魄にとっても困難である。次に潜水艦を発見したのは、山城の水中電探であった。

『瑞鶴、潜水艦を発見したわ。11時の方向に25kmほど』
「随分と近寄られたわねえ……」
『これも私の不運のせいよ……』
「いや別に、そんなことはないと思うけど。そんくらいの距離ならあんたが撃沈してくれる?」
『え……私は戦艦なのだけど』
「戦艦でも行けるわ。主砲全部、零式通常弾、水面に到達して10秒くらいで炸裂するように調停して、潜水艦に向かって撃ちまくって」

 零式通常弾は大量の子弾を撒き散らす三式通常弾とは違い、普通の榴弾である。つまり単純な爆発の威力で言えば零式通常弾の方が上ということだ。

『分かった。どうなっても知らないけど。姉さん、聞いていた?』
『ええ、もちろんです。瑞鶴さん、あなたの言葉、信じさせていただきますよ』
「心配しないで。私に着いてくれば勝てるってもんよ」
『実際に試してみれば分かることでしたね』

 扶桑と山城は瑞鶴に言われた通り、潜水艦に向けて全力で砲撃を開始した。普通なら気でも狂ったのかと思われる行動であるが、果たしてどう出るか。

 砲弾が水面に叩きつけられた衝撃で多数の水柱が上がり、10秒を置いて今度は水中から大量の泡が湧き上がってくる。戦艦でも飲み込んでしまいそうな大量の泡だ。

「――ほら、浮かんできた」
『本当ですね……。零式通常弾の爆圧が潜水艦まで届いたということですね』
「ええ。まあ潜水艦は脆いからね。ちょっと撃たれたらあっという間に撃沈だし、沈んだら生還する可能性は皆無だからね」
『なるほど。それならば、少し危機を感じただけで浮かんでくるのも納得です』

 直接零式弾が命中した訳ではない。しかし真上で立て続けに大爆発が起これば、その圧力が潜水艦まで到達するのである。そして潜水艦というのは非常に衝撃に脆い存在である。

『ではこの敵艦もまた、先程と同じように遇するのですね?』
「ええ。それがお得だからね」

 瑞鶴は浮かんできた潜水艦に呼びかけ、味方の潜水艦に曳航させて戦場を離脱させた。なお事前に自力で航行不能になるくらいに攻撃しておいた。

 かくして無傷のまま潜水艦4隻を消し去った瑞鶴であるが、潜水艦が一体何隻いるのかは分からないので、警戒を続けることとなる。

 ○

「申し上げます、閣下。潜水艦ボーフィンとレッドフィッシュが撤退しました。これで残っているのは2隻だけです」
「瑞鶴には対潜戦もできるのか……。それは流石に予想外だったよ」

 スプルーアンス元帥は作戦がほぼ失敗に終わったことを悟った。アメリカ軍の潜水艦はいつも日本軍に狩られており、他に動かせるものは残っていない。

「閣下、どうされますか?」
「そんな戦力ではもう何もできないだろう。全潜水艦は戦場から離脱せよ。作戦中止だ」
「はっ」

 かくしてスプルーアンス元帥の乾坤一擲の作戦は、敵にも味方にも一切の犠牲を出さずに終わってしまった。敵に見逃されたというのは、軍人としてはこの上ない屈辱である。

「それで閣下、これからどうされるんですか?」

 エンタープライズは問う。

「もう打てる手は一つしか残っていない」
「あら、逆にまだ残っていたんですか」
「我々を護衛しているこの戦艦達を忘れたのか?」
「ああ、そう言えば、そんなものもありましたね」
「この艦隊で日本艦隊を叩くんだ。君の護衛があれば、戦力はこちらが圧倒的に優位なのだから」
「なるほど。では私の出番ということですか」
「ああ。君にはあまり面白くないだろう護衛だが、我慢してくれ」
「確かに面白くはないですが、別に嫌ではありませんよ。結果的に瑞鶴が手に入るのなら、私は何だって構いません」

 エンタープライズ艦載機の護衛の下、モンタナ級戦艦2隻、アイオワ級戦艦2隻、その他8隻の艦隊が出陣した。当然ながら扶桑や山城では到底太刀打ちのできない大艦隊である。額面戦力だけで言えば、今から長門と陸奥が応援に来てくれても圧倒的に劣勢だ。

「これで勝敗は決する、筈だ」
「ふふ、自信がないのですね」
「正直に言うと、敵の別働隊が余りにも不気味だ。未だに偵察にすら引っ掛けらないのは、異常だ」
「確かに、まるでもう戦場から逃げてしまったかのようですね」
「その通りだな。いや、艦隊司令官が不安がっていては仕方がないな」

 スプルーアンス元帥は艦隊決戦で決着をつけることを望んだ。この圧倒的な戦力を前にしては、日本艦隊に勝ち目はない筈であった。

 ○

『妙高、敵の主力艦隊のお出ましよ。扶桑や山城じゃ全く歯が立たないでしょうね』

 瑞鶴はアメリカ艦隊の動きをすぐに察知し妙高に報告した。

「それは分かっています。戦艦同士の撃ち合いになった時点で妙高達の負けですから」
『じゃあやっぱり、あんたが出張るのね』
「もちろんです」

 スプルーアンス元帥がずっと気掛かりにしていた、妙高率いる別働隊。それが今、動き出そうとしているのである。
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