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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)
癖の強いドイツ人達
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「瑞鶴殿、こちらへ」
「ええ」
瑞鶴はドイツ軍人に着いていってドイツ海軍の基地に入った。そして冷房の効いた応接間に案内された。
「暫しお待ちください。よければこちらも」
と言って、軍人は紅茶をテーブルに置いた。
「気が利くじゃない。ありがと」
「では失礼いたします」
瑞鶴は優雅に紅茶を飲みつつ、誰が来るのかは知らないが悠然とその相手を待っていた。数分でその男はやって来た。老人というほど歳は取っていないようだが妙にやつれた男であった。
「どっかで見たことある気がするけど、誰だっけ?」
「カール・デーニッツ海軍上級大将だ」
「なるほど……。結構偉い奴じゃない」
「認知してくれていて光栄だよ、瑞鶴」
ドイツ海軍では第三位の権力を持つ、潜水艦隊の第一人者である。少なくともグラーフ・ツェッペリンが完成するまでは潜水艦こそがドイツ海軍で最も活躍した艦種であった。
「潜水艦乗りが私に会いに来るっていうのは、どういうことかしら?」
「私はアジア方面を統括する者として来たんだ。別に潜水艦の話をしに来た訳ではない」
「そう。だとしたら大した厚遇ね」
「君は日本海軍の半分のようなものだ。それを遇するのに厚すぎることはない」
「まあね」
「では、君の話を聞かせてくれ。どうしてドイツに亡命してきたんだ?」
ここで大和のことを素直に言うか、黙っておくか。普通はそんな弱みになることを黙っておくべきだろうが、しかし大和の生命を維持する手段など瑞鶴にはない。瑞鶴はもう決めていた。
「理由は大和よ。大和はまだ生きてるの。寝たきりだけどね」
「戦艦大和か? 艦そのものが沈んでも船魄は生きているのか?」
「ええ、そうよ。まあ細かいことは知らないけど、ともかく大和は生きてる。それを日本は実験台にしようとしていたから、逃げて来たのよ」
「なるほど。大和を想ってのことという訳か」
「ええ。つまりあなた達には、大和を生かすのを手伝って欲しい。それができないなら、交渉はこれで終わりよ」
「分かった。それは受け入れよう」
「よかったわ。で、具体的な方法は?」
「いやいや、私に聞かれても困るよ。私は船魄のことはほとんど知らないんだ」
「……それもそうね。なら、大和を現状維持する手段が見つかるまで、これ以上の交渉はしないわ」
「やれやれ、困った子だ。では本国に聞いてみるから、暫く待っていてくれ」
「早くしてよね」
デーニッツ上級大将は船魄についての知識を有する人間を送るようドイツ本国に連絡して、ドイツの船魄開発を行っている一団が3日で送り届けられた。
「ふーん。ドイツの船魄を作っている奴ねえ」
ドイツの岡本大佐という訳である。一体どんな奴なのだろうと、瑞鶴は柄にもなく楽しみになっていた。
「瑞鶴、いいかな?」
「ええ、どうぞ」
デーニッツ上級大将が部屋に入ってきて、その後ろにもう一人の男が続いている。背が高いハンサムな男だが、岡本大佐と同じ研究馬鹿の匂いがした。すると、自己紹介すらせず、男はいきなり瑞鶴に詰め寄ってくる。
「ほう……これが日本のオリジナルの船魄か。実に美しく洗練されている」
などと呟きながら、瑞鶴の角や尻尾の辺りをジロジロと観察している。
「何こいつ。キモいんだけど止めさせてくれる?」
「いやはや、すまないね。彼は研究に関わるとすぐにそんな感じになってしまうのだ。ほら、まずは自己紹介くらいしたらどうだ?」
デーニッツ上級大将は男の腕を掴んで瑞鶴から引き離した。男はようやくマトモな様子に戻ってバツが悪そうに咳払いした。
「いやはや、すまない。上級大将閣下の仰るように、私は研究に命を捧げていてね。私はヨーゼフ・メンゲレ。医者で人類学の博士号を持っている。よろしく頼むよ、瑞鶴」
メンゲレ博士は手を差し出した。握手したいらしい。
「あっそう……。まあ使い物にはなりそうだけど」
瑞鶴は嫌々ながら握手に応じた。
「で、私に何か頼み事があるのではなかったかな?」
「ええ、そうよ。私の大和を目覚めさせて欲しい。そうでなければ現状維持を」
「承知した。では患者を診に行こうか」
「え、ええ、そうね」
メンゲレ博士はノリノリである。船魄と関われること自体が歓喜なのだ。博士は大和を『診察』しに、デーニッツ上級大将らと共に瑞鶴に向かった。
「あんたは軍人じゃないのね」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。私は武装SSの隊員でね。階級は中佐だ。まあ一時は軍医を勤めていたが、今は専ら後方で働いている」
「ずっと研究してるって訳ね」
「その通り。アウシュビッツ強制収容所を知っているかね?」
「何それ?」
「ポーランドにある強制収容所だ。そこにユダヤ人が大勢連れて込まれてきてね。彼らを実験台にして多くの研究を行い、多くの成果が得られたのだ」
「やっぱりロクでもない奴じゃない」
その実験とやらがユダヤ人の命と引き換えに行われていたことは間違いない。
「戦時下に強制収容所を造らない国など存在しないし、囚人を虐待しない強制収容所など存在しないだろう」
「まあ、それもそうね。アメリカの強制収容所は酷いもんだったわ」
「ともかく私は、アウシュビッツでの研究成果を買われ、船魄の開発に携わることになり、いつの間にか研究の指導者になっていたという訳だ」
「なるほどね。っと、もう目的地よ」
メンゲレ博士と瑞鶴は大和の眠る部屋に辿り着いた。
「ええ」
瑞鶴はドイツ軍人に着いていってドイツ海軍の基地に入った。そして冷房の効いた応接間に案内された。
「暫しお待ちください。よければこちらも」
と言って、軍人は紅茶をテーブルに置いた。
「気が利くじゃない。ありがと」
「では失礼いたします」
瑞鶴は優雅に紅茶を飲みつつ、誰が来るのかは知らないが悠然とその相手を待っていた。数分でその男はやって来た。老人というほど歳は取っていないようだが妙にやつれた男であった。
「どっかで見たことある気がするけど、誰だっけ?」
「カール・デーニッツ海軍上級大将だ」
「なるほど……。結構偉い奴じゃない」
「認知してくれていて光栄だよ、瑞鶴」
ドイツ海軍では第三位の権力を持つ、潜水艦隊の第一人者である。少なくともグラーフ・ツェッペリンが完成するまでは潜水艦こそがドイツ海軍で最も活躍した艦種であった。
「潜水艦乗りが私に会いに来るっていうのは、どういうことかしら?」
「私はアジア方面を統括する者として来たんだ。別に潜水艦の話をしに来た訳ではない」
「そう。だとしたら大した厚遇ね」
「君は日本海軍の半分のようなものだ。それを遇するのに厚すぎることはない」
「まあね」
「では、君の話を聞かせてくれ。どうしてドイツに亡命してきたんだ?」
ここで大和のことを素直に言うか、黙っておくか。普通はそんな弱みになることを黙っておくべきだろうが、しかし大和の生命を維持する手段など瑞鶴にはない。瑞鶴はもう決めていた。
「理由は大和よ。大和はまだ生きてるの。寝たきりだけどね」
「戦艦大和か? 艦そのものが沈んでも船魄は生きているのか?」
「ええ、そうよ。まあ細かいことは知らないけど、ともかく大和は生きてる。それを日本は実験台にしようとしていたから、逃げて来たのよ」
「なるほど。大和を想ってのことという訳か」
「ええ。つまりあなた達には、大和を生かすのを手伝って欲しい。それができないなら、交渉はこれで終わりよ」
「分かった。それは受け入れよう」
「よかったわ。で、具体的な方法は?」
「いやいや、私に聞かれても困るよ。私は船魄のことはほとんど知らないんだ」
「……それもそうね。なら、大和を現状維持する手段が見つかるまで、これ以上の交渉はしないわ」
「やれやれ、困った子だ。では本国に聞いてみるから、暫く待っていてくれ」
「早くしてよね」
デーニッツ上級大将は船魄についての知識を有する人間を送るようドイツ本国に連絡して、ドイツの船魄開発を行っている一団が3日で送り届けられた。
「ふーん。ドイツの船魄を作っている奴ねえ」
ドイツの岡本大佐という訳である。一体どんな奴なのだろうと、瑞鶴は柄にもなく楽しみになっていた。
「瑞鶴、いいかな?」
「ええ、どうぞ」
デーニッツ上級大将が部屋に入ってきて、その後ろにもう一人の男が続いている。背が高いハンサムな男だが、岡本大佐と同じ研究馬鹿の匂いがした。すると、自己紹介すらせず、男はいきなり瑞鶴に詰め寄ってくる。
「ほう……これが日本のオリジナルの船魄か。実に美しく洗練されている」
などと呟きながら、瑞鶴の角や尻尾の辺りをジロジロと観察している。
「何こいつ。キモいんだけど止めさせてくれる?」
「いやはや、すまないね。彼は研究に関わるとすぐにそんな感じになってしまうのだ。ほら、まずは自己紹介くらいしたらどうだ?」
デーニッツ上級大将は男の腕を掴んで瑞鶴から引き離した。男はようやくマトモな様子に戻ってバツが悪そうに咳払いした。
「いやはや、すまない。上級大将閣下の仰るように、私は研究に命を捧げていてね。私はヨーゼフ・メンゲレ。医者で人類学の博士号を持っている。よろしく頼むよ、瑞鶴」
メンゲレ博士は手を差し出した。握手したいらしい。
「あっそう……。まあ使い物にはなりそうだけど」
瑞鶴は嫌々ながら握手に応じた。
「で、私に何か頼み事があるのではなかったかな?」
「ええ、そうよ。私の大和を目覚めさせて欲しい。そうでなければ現状維持を」
「承知した。では患者を診に行こうか」
「え、ええ、そうね」
メンゲレ博士はノリノリである。船魄と関われること自体が歓喜なのだ。博士は大和を『診察』しに、デーニッツ上級大将らと共に瑞鶴に向かった。
「あんたは軍人じゃないのね」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。私は武装SSの隊員でね。階級は中佐だ。まあ一時は軍医を勤めていたが、今は専ら後方で働いている」
「ずっと研究してるって訳ね」
「その通り。アウシュビッツ強制収容所を知っているかね?」
「何それ?」
「ポーランドにある強制収容所だ。そこにユダヤ人が大勢連れて込まれてきてね。彼らを実験台にして多くの研究を行い、多くの成果が得られたのだ」
「やっぱりロクでもない奴じゃない」
その実験とやらがユダヤ人の命と引き換えに行われていたことは間違いない。
「戦時下に強制収容所を造らない国など存在しないし、囚人を虐待しない強制収容所など存在しないだろう」
「まあ、それもそうね。アメリカの強制収容所は酷いもんだったわ」
「ともかく私は、アウシュビッツでの研究成果を買われ、船魄の開発に携わることになり、いつの間にか研究の指導者になっていたという訳だ」
「なるほどね。っと、もう目的地よ」
メンゲレ博士と瑞鶴は大和の眠る部屋に辿り着いた。
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