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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)

瑞鶴の反乱Ⅱ

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 瑞鶴は瀬戸内海を出た。その頃には駆逐艦数隻が彼女を取り囲んでいる。第二水雷戦隊所属の駆逐隊であり、少し後方に旗艦の矢矧がいる。

『瑞鶴に告ぐ。私は第二水雷戦隊司令官、原為一少将である。即刻艦を明け渡せ、さもなくば撃沈することも厭わない』

 端的な最後通告が届く。しかし瑞鶴はまるで意に介さなかった。

「駆逐艦がちょっと集まったくらいで、私を殺せるとでも思ってるの?」
『この距離から魚雷を喰らえば、君とて無事では済まない筈だ』
「それはそっちも同じことでしょう? 私の爆撃機が一発爆弾を落とすだけで、艦橋を吹き飛ばすことができるわ。それでもやる?」
『…………』
「あら、もう諦めたのかしら?」
『はぁ。最初から我々に勝ち目はない。君が諦めてくれればよかったのだが、それは叶わなさそうだ。撤退する』
「あらそう。意外ね。こういう時は玉砕してでも食い止めるもんじゃないの?」
『そういうのは止めたのだ、我々は』
「そう。それならいいけど」

 駆逐艦達は瑞鶴の包囲を解いた。しかし瑞鶴の後方30km程から追尾を続けた。できれば血を流したくない瑞鶴は、これを放置して南進を続行した。

 ○

 同刻。日吉台連合艦隊司令部にて。

 瑞鶴の反乱という予想だにしない事態を受けて、軍令部と連合艦隊司令部は大混乱であった。しかし連合艦隊司令長官豊田大将は、何としてでも瑞鶴を奪還せねばならなかった。

「瑞鶴は一直線に南に進んでいます。目指す先はオーストラリアかと」
「オーストラリアまでは……燃料満載なら確かに届くのか。そしてドイツに亡命すると」

 オーストラリアは今でも名目上英連邦王国の一員であるが、実質的にはドイツの衛星国である。日本と対峙する最前線にして最大の拠点として、オーストラリアには二十万を超えるドイツ軍が駐屯しているのだ。ここに逃げ込まれれば手を出せなくなる。

 豊田大将は大東亜の地図を机に置き、日本からオーストラリアまで三角定規で一直線に線を引いた。

「この辺りですぐに動ける主力艦は何がある?」
「トラックに金剛、榛名、信濃があります。後は昭南島に山城と扶桑がいますが……」
「間に合わんだろうな。使える手駒はそれだけか」
「内地の長門などは使わないのですか?」

 内地には長門の他に伊勢や日向もいる。

「瑞鶴に追い付ける訳がない。瑞鶴相手には、進路の横から殴りかけるしかないんだ」
「も、申し訳ありません」
「直ちにトラックで動ける艦艇を出撃させるんだ。瑞鶴を食い止める」
「しかし、瑞鶴を相手に普通の軍艦で勝てるのでしょうか……」

 瑞鶴の恐ろしさは帝国海軍が最もよく知っている。瑞鶴と戦ったアメリカ人は大抵が死んでいるからである。

「出撃しないと勝てないだろうが」
「た、確かに」
「しかし閣下、もしも足止めができれば、長門が追いつく事も可能なのでは? そうすれば勝てます」
「そうだな。よし。動ける艦艇は全部出撃させるんだ!」
「閣下、長門が裏切っているという可能性はないのですか?」
「た、確かに……その可能性はなくはないのか。だが長門がいなければ、瑞鶴を沈めるのは極めて困難だ」
「長門には多数の兵士が同乗しています。万が一裏切っても、船魄本人を制圧すればいいだけかと」
「それもそうか。では問題ないな。稼働可能な全艦艇は瑞鶴の捕獲に向かえ!」

 かくして日本は総力を挙げて瑞鶴の捕獲に乗り出した。制限時間は瑞鶴がオーストラリアに到達するまでの5日間ほどである。

 ○

「本当に誰も味方がいないって、暇ね……」

 瑞鶴は溜息を吐いた。瑞鶴単騎で行動する時は幾度もあったが、そういう時でも常に人間の話し相手いた。いけ好かない奴でも暇潰しには十分である。

「いっそ帝国海軍が全力で襲いかかって来てくれた方が嬉しいんだけど――って、噂をすれば」

 瑞鶴の電探が大きな艦影を3つ捉えた。

「ふーん。大和くらいの大きさのが1つと、それよりかなり小型のが2つ。信濃と、他は誰だろう」

 元大和型戦艦三番艦の信濃は依然として圧倒的な巨躯を誇る。他の2つはよく分からないが、重巡か金剛型戦艦くらいだと思われる。

「ま、いっか。どうせ私を止めるなんて不可能だし」

 瑞鶴は特に気にせず進み続けることにした。が、そうしていると瑞鶴の針路上に艦隊が立ち塞がった。

『第二艦隊司令長官の伊藤整一海軍中将だ。瑞鶴、聞こえているか?』
「ええ、ばっちり聞こえてるわよ」
『そうか。どんな理由があるのかは知らないが、貴艦は陛下に弓引く逆賊である。連合艦隊司令長官は君を撃沈することを許可している』 

 と言うのはハッタリである。

「あ、そう。戦艦なんかじゃ私の相手にならないし、信濃の艦載機は私よりも少ない。相手になると思ってるの?」
『例え相手にならなくても、貴艦にここを通過させる訳にはいかない』
「面倒ねえ……。私は人を殺したくはないのよ。そこをどいて」
『アメリカ人を何十万と殺してきた貴艦が、それを言うのか?』
「アメリカ人なんて殺せば殺すほど世の為でしょ」
『まったく、悪いのはアメリカ政府であってアメリカ人ではなかろうに。いや、政治の問答など軍人がすべきではないか。降伏しないのならば、容赦はしない』
「あっそう。なら掛かって来なさい。返り討ちにしてあげるわ」
『承知した。全艦、作戦開始!』

 勝とうと思えば一方的に殲滅できるが、それは望むところではない。瑞鶴はどうしたものかと悩みつつ、艦載機を発艦させた。
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