上 下
201 / 399
第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)

瑞鶴の反乱

しおりを挟む
 一九四六年六月十五日、呉海軍工廠。

 瑞鶴は最艦載機を運用できる程度の修理を終えた。そんな中、彼女は気がかりなことがあった。

「ねえ、これから大和はどうするの?」

 瑞鶴は岡本大佐に尋ねる。

「どうすると言われてもな、特に考えてはいない。とは言え、意識のない人間を延々と生かし続けるというのは感心したものではないな」
「それは大和を殺すってこと?」
「可能性の一つとしてはそれもあり得るだろう。だが、もしも目覚めさせられるのなら、私もそうしたいのだ」
「そう。目覚めさせる見込みはあるの?」
「正直言って、現代の技術力では不可能と言わざるを得ない。将来的にそれが可能になるかもしれないが、それまで大和が生きていてくれるかどうか……」
「ちゃんと世話していれば生きていられるんじゃないの?」
「一般的に、植物状態になった人間はそう長くは生きられない。現代の医療では仕方のないことなのだ」
「……あっそう。分かった」 

 大和を目覚めさせるのは絶望的。それところか生かし続けるのも困難。それが現代な科学技術、医療技術の限界であった。

 ○

 さて、その晩、瑞鶴が布団に横たわっていた時のことであった。

『瑞鶴、聞こえますか?』

 聞き覚えのある優しい女性の声が瑞鶴の耳に入った。瑞鶴は飛び起きた。

「誰!?」
『よかった。聞こえているみたいですね』
「翔鶴……? 何で……?」

 目の前には二本の角を持ち白い着物を纏った少女、瑞鶴の空想上の存在だった筈の翔鶴が、瑞鶴の枕元に座っていたのだ。

『確かに私はあなたの空想上の存在です。ですが、ただの妄想ではありません』
「どういうこと?」
『船魄の力とは、人の心に干渉する力。逆に言えば人の心を読むこともできるのです』
「そんなことできないんだけど?」
『ええ、そう便利な力ではありません。誰が何を考えているのか直接分かるほどでは。しかし多くの人間が同じことを考えているのなら、それを感じ取ることはできます』
「それとお姉ちゃんに何の関係が?」
『私はあなたが読み取った情報を自覚する為、あなたに一番伝わりやすい方法で情報を伝える為に作られた仮の人格、そんなところです。人の集合無意識の結晶、そんなところでしょうか』
「えっと……私の頭が作り出したってこと?」
『その通りです』
「なるほどね……。そう言えば心当たりはある」

 エンタープライズが明らかにテレパシーみたいなもので話しかけてきたことがあった。今思えばそれも船魄の能力の一端だったのだろう。

「で、それが何の用?」
『現在、海軍艦政本部は、成功した船魄の例として、大和を研究対象にしようとしています。有り体に言えば、大和を解剖して調査しようということです』
「え……。それ本当?」
『多くの者がその計画を知っているし、前向きなようです。大和を目覚めさせるなど非現実的だから、後の研究の役に立ってもらおうと』
「まあ……そんな気はしてたわ」

 いつまでも目覚めることない大和を生かし続けるなど非現実的だ。瑞鶴もそうだろうとは、何とはなしに察していた。

「で、そんなことを言って、私に何をさせたいの?」
『私はただ、人々の意識をあなたに伝えるだけです。どうするかについては、あなたが決めることですよ、瑞鶴』
「勝手なことを……」

 翔鶴は幽霊のように消えてしまった。瑞鶴は寝てなどいられなかった。

 ○

「閣下! 瑞鶴が勝手に出港しています!」
「な、何だと!?」

 深夜2時頃、呉鎮守府司令長官の岡田為次少将は寝室にいるところを叩き起こされた。

「そんな報告は受けていない筈だな?」
「はい。瑞鶴はもう3ヶ月は修理で留まる予定です」
「反乱でも起こしたのか……? すぐに瑞鶴を追いかけるんだ!」
「はっ!」

 呉鎮守府に警報が鳴り響き、鎮守府所属の駆逐艦などが出撃して瑞鶴を追った。岡本大佐もすぐさまそれに加わって、瑞鶴を追いかけた。

「何がどうなっているんだ……」
「瑞鶴が何者かに乗っ取られた、ということありませんか? 艦内の警備はないも等しかったですし……」
「その線もあり得るか」
「その線も?」
「昨日の瑞鶴の様子から察するに、瑞鶴が自ら反乱を起こした可能性があるということだ」
「しかし反乱など、どうして……」
「あまり考えられないが、大和を処分するつもりだというのが露見したのかもしれないな」
「そんな馬鹿な……」
「ここで考えを巡らせても仕方があるまい。瑞鶴に真意を確かめよう」

 瑞鶴は全速力で瀬戸内海を西に抜けようとしている。岡本大佐は彼女を追いかけ、無線で呼びかける。

「帝国海軍技術大佐の岡本である。瑞鶴を今動かしているのは誰だ?」
『私を動かせるのは私しかいないでしょ? 何を言ってるのかしら?』
「そうか。瑞鶴、これは君の意思なのか?」
『ええ。私の意思よ』
「どうしてこんなことを?」
『あんた達が大和を殺そうとしてるからよ』
「我々にはそんなつもりはない」
『信用できない。だから亡命させてもらうわ』
「……交渉しても無駄なようだな」

 瑞鶴が何らかの確信を持っていると、大佐は確信した。

「どこに亡命する気だ?」
『教える訳ないじゃない』
「それもそうか。まあいい。君がその気ならば、実力で阻止するだけだ」
『私と戦争する気? やれるならやってみるといいわ』
「ああ、戦争だ。君を敵国の手に渡す訳にはいかないのでな」

 帝国海軍は瑞鶴を捕獲するべく行動を開始した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...