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第八章 帝都襲撃

帰投

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「あれ、今何時?」

 特に起こされたという訳でもないが、瑞鶴は目を覚ました。

「今は17時であります。広島駅まで残り1時間ほどです」
「そう。ちょうどよく寝れたわ」

 と言って欠伸をする。随分と気持ちよさそうである。

「あんたも寝てたの?」
「いえ。本艦はずっと起きていました」
「え、何してたの?」
「特に何も。車窓などを眺めておりました」
「よくそれで時間潰せるわね……」
「浜松、名古屋、京都、大阪、神戸など、見所は沢山ありますよ」

 三笠はやけに声を弾ませて言った。本当に車窓が好きらしい。

「あっそう。私には理解できないわ」
「そうでありますか……」
「それとさ、思ったんだけど、広島って呉より西よね? 何で呉を飛び越えて行くの?」
「それは新幹線の駅が広島駅しかないからでありますが……」
「何で呉に駅造らなかったのよ。日本にとって一番重要な都市じゃない」
「確かに我々のような軍艦にとっては最重要の都市でありますが……」
「海軍力こそ国防の要でしょ」
「元より新幹線は旅客用です。遠くから呉に来たがる民間人などそうそういません。それに、軍需物資の輸送なら船で行うのであります」
「あ、そう……。まあ、それもそうね。列車の輸送量なんてたかが知れてるか」

 瑞鶴は納得した。 圧倒的に量の多い軍需物資を運ぶなら、列車を使うより船を使った方が遥かに効率がよいのである。

 無駄話をしていると1時間くらいはすぐに過ぎ去り、一行は広島駅に到着した。そこで呉線に乗り換えて、これまた呉まで一直線の特別列車を用意してもらい、30分も経たずに呉に一飛びである。呉港の片隅に造船所のようにバラックで覆われた区画があった。

 と、そこへ向かう道中、軍人とは思えない背広の集団とすれ違った。

「おや、これは糸川博士ではありませんか」

 三笠はその中の一人に話しかけた。

「見たことある気がする……」
「そうなのですか? こちらは糸川英夫博士。帝国海軍のミサイル開発を――おっと、口が滑りました」
「ミサイルねえ。それより、どっかで会ったことある?」
「君は瑞鶴だね? 以前サンフランシスコに攻め込んだ時、君に同行したことがある。直接話したことはないが、顔くらいは覚えてくれていたようだね。悪いが、彼女の言う通り、今のことは聞かなかったことにしてくれるかな。キューバの皆さんも」

 糸川博士は穏やかな口調で言った。

「ええ。別にミサイル開発なんてどこの国もやってるでしょ」
「そうか。ありがとう。ではまた」

 糸川博士らと別れ、瑞鶴達は三笠の案内する建物に入った。

「こちらであります」
「大和……本当に大和だ……」

 外からは一切見えないように隔離された区画には数隻の軍艦が並んでおり、その一番左に停泊していたのは、紛れもなく大和であった。

「ここに停泊している軍艦は機密扱いなので、一切の記録は――」
「そんなことどうでもいいわ。早く大和に乗せて」
「ええ。そうしましょう」

 新品同然の綺麗な大和。大東亜戦争当時の姿をそのまま留めている大和に、瑞鶴達は乗り込んだ。そしてその艦橋に登る。

「じゃあ同調作業を始めましょう?」
「空母の船魄が戦艦を操るというのは、お勧めできませんが……」
「あんたとは格が違うのよ、私は。砲撃戦をするならともかく、普通に航行させるくらい簡単よ」
「左様でありますか……。それでは作業を始めさせます」

 技術者達が艦の側で操作を行い、他の船魄からの制御を受け付けるように設定する。瑞鶴は大和の制御を問題なく掌握した。

「よし。動かせるわ。このまま出ていっていいのかしら?」
「はい。どの道これ以上機密を保持することなど不可能でしょうから、問題ありません」
「あっそう」

 大和は再建造されてから初めて港を出た。突如として現れた大和型戦艦に近隣住民は騒然とする。同時に全世界が、日本が大和型戦艦を隠し持っていたことを知った。瑞鶴の知ったことではないが、世界は大きな衝撃を受けていたのである。

「しっかし、戦艦ってのは動かしくにくいわね」
「戦艦なのですから、当然なのであります」
「ただの愚痴よ。真面目に応えなくていいわ」
「これは失礼を」

 空母というのは基本的に巡洋艦を基に設計されており、機動性は非常に良い。それに比べてしまえば、いくら非常に高い機動性を持っていると称される大和でも、動かしにくい艦になってしまうだろう。

「ああ、そうそう、油槽艦を一隻くらいくれるかしら?」
「何を唐突な……」

 余りにも尊大な要求に、三笠はその一言で呆れ果てた。

「だって大和の航続力じゃハワイまで持たないじゃない」
「ああ、そういうことですか。ご安心を。大和は見た目こそ全く変わっていませんが、中身はかなり近代化されています。特にボイラーは近代化しているので、ハワイくらいまでなら余裕で持ちますよ」
「……それは本当に大和と言えるの?」

 瑞鶴は不安に思った。

「左様な哲学的な論議に意味はありますまい」
「別にそんな形而上学的なことを聞いたつもりはないんだけど」
「少々戯れが過ぎました。しかしご安心を。缶を変えたくらいでは艦の本質が損なわれることはありません。既に旧式艦、本艦を含め金剛級や扶桑級は缶を取り替えておりますが、特に支障は出ておりませぬ故」
「そう……それなら、いいんだけど」

 呉から東京まで丸一日ほど。三笠と別れて妙高と合流し、大和、瑞鶴、妙高の三隻は東京を去り、ハワイ経由でキューバに帰投する。

『ほ、本当に大和を渡してくれたんですね……』
「ええ。案外あっさりくれたわ」
『ですが……こう言ってはなんですが、使い道はあるのでしょうか?』
「人間にも操作可能みたいだし、固定砲台くらいにはなるんじゃないかしら。まあいずれ、大和を目覚めさせるまでだけど」
『でしたらキューバの方々の役にも立ちますね』
「ええ、そうね。暫くはそういう風に使いましょうか」

 瑞鶴は抜け殻の大和の用途など考えていなかったが、キューバ軍にとってみればかなりの戦力である。
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