129 / 399
第七章 アメリカ本土空襲
総括
しおりを挟む
一九五五年八月三日、アメリカ合衆国首相官邸ホワイトハウス。
「首相閣下、本当に、原子爆弾が投下されました……」
ホワイトハウスは現在アメリカ内閣総理大臣官邸となっている。アイゼンハワー首相は瑞鶴による原爆投下の僅か40秒後に報告を受けた。
「避難は完了しているな?」
「無論です。周囲には警戒線を張り、誰一人として近付いた者はおりません」
「ならいい」
「し、しかし閣下、これは戦争遂行に重大な影響を与えるのではありませんか?」
「何も問題はないよ。原子爆弾を都市部に落とすなど正気の沙汰ではない。そんなことキューバには不可能だ」
アイゼンハワー首相はキューバ軍が人間を相手に原子爆弾を実戦投入するなどあり得ないと判断していた。実際この時、フィデル・カストロもチェ・ゲバラも、都市部への原爆投下など微塵も考えていなかった。
「それはそうでしょうが……一般市民に原子爆弾の恐怖が広まれば、戦争遂行に影響が出ることは避けられないのでは?」
「確かに多少の影響は出るだろうが、大局に影響はないだろう。都市など軍需生産に大した影響はないのだから」
「軍需工場の方こそ狙われると、一般市民は考えるのでは?」
「それならこちらで、都市が狙われると思想統制すればいい。アメリカ人の大半は、それで誤魔化せる」
「誤魔化されない人間は……」
「そんな教養のあるアメリカ人は全体の何パーセントだ?」
「ま、まあ、5パーセント未満でしょうね……」
「そうだ。原子爆弾など、本気で世界を滅ぼす覚悟がなければ、何も意味もないんだよ」
アメリカ政府は原爆投下について、これと言った反応を示しすらしなかった。キューバ政府にとっては最も望ましくない展開である。
○
一九五五年八月三日、アメリカ東部、公海。
バハマへの帰路、瑞鶴とチェ・ゲバラはラジオでアメリカの公式声明を聞いた。
「被害報告だけ、か……。全く効いていないらしいね」
アメリカ政府は被爆したのがオッペンハイマー博士一人だけであったこと、現地の家屋や山林が被害を受けたことなどを端的に発表しただけで、特別な発言は一つもなかった。毎日の戦況報道と全く同様である。
「オッペンハイマーは本当に死にに行ったみたいね」
「ああ。その勇気には感服するよ」
「けど、あいつがどう死んだところで、アメリカに影響はない気がするわね」
「残念だが僕も同感だ」
「カストロにアメリカを脅させるとかできないの?」
「やってみてもいいが、あまり効果はないと思う」
「やるだけタダだし、やってみればいいじゃない」
ゲバラはカストロに瑞鶴の要請を伝えた。カストロは乗り気であり、今日中には声明を出すとのことである。オッペンハイマーが死ぬまでもう少し時間がかかりそうであるし、暫くは様子見するしかない。
○
一方その頃。ニュージャージーの主砲に撃たれ中破した高雄を心配して、妙高は高雄を訪れていた。
高雄は自分の生活用の部屋に妙高を招き入れた。戦艦や大型空母でないと人を応接できるような部屋も整備されていないのである。本当に生活する為だけの部屋なので、布団が一揃いと机と椅子、冷蔵庫や本棚が並んでいるだけの殺風景な空間だ。妙高の艦内自室もこんな感じである。もちろん一介の兵士の居住空間と比べれば遥かに恵まれているが。
高雄は部屋の真ん中のちゃぶ台でお茶を飲みながら待っていた。妙高もその反対側に座る。
「高雄、本当に大丈夫……? よかったら曳航していくけど……」
「いえ、わたくしは大丈夫ですよ。既に航行には支障のない状態に応急処置ができています」
「でも、ずっと痛むよね?」
船魄の痛みは最低でも感覚装置の修理が完了するまでずっと続く。
「ええ、確かにそうですが――」
「だったらやっぱり、静かに休んでた方がいいよ……」
「本当に大丈夫ですよ。この程度の痛み、どうということはございません」
「そ、そっか……。なら、いいんだけど」
「ふふ、心配してくださってありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが、わざわざここまで来ていただいたのですから、もう少しここでゆっくりして行くのはいかがですか?」
「高雄がいいならもちろん!」
ソ連艦隊などに襲撃される可能性はあるが、妙高は高雄の部屋に暫く居座ることにした。万が一のことがあってもここから操艦して戦闘を行うことは可能である。
「――妙高、第五艦隊であなたの先任だった重巡洋艦について、以前話しましたよね?」
高雄は真剣な眼差しで言う。
「鈴谷さん、だったよね」
「はい。彼女は……わたくしから何も伝える前に沈められました。そして今日、わたくしはいつでも死ぬ可能性があるのだと、そう思いました」
「う、うん」
「ですから、わたくしは今のうちに、あなたに伝えておきたいことがあるのです」
高雄は深呼吸をする。妙高は黙って次の言葉を待っていた。
「わたくしは、妙高、あなたのことを愛しています。友情とかそういうものではなく……性的な意味で」
「そ、そう、なんだ……」
「わたくしを愛してくれなどとは言いません。ですが一度だけ、わたくしを抱いてくれませんか……?」
「そういうことか……。そういう目的で引き留めたんだ」
「わたくしに……失望、しましたか? こんな劣情を懐くような者に……」
「そんなんじゃないよ。ただ、妙高を焚き付けて大丈夫なのかなって思って」
妙高の目の色が変わった。まるで獲物を見つけた獣のようである。
「え……? そ、その……」
「妙高も初めてだと思った? そんなことないよ」
「そ、そう、なのですか……」
「だからさ、今からお望み通り抱き潰しちゃうけど、いいかな? まあ、拒否されてもそうするんだけど」
「……お願い、します」
「喜んで」
妙高は高雄を布団に横たわらせて、不敵な笑みを浮かべながら舌なめずりをした。
「首相閣下、本当に、原子爆弾が投下されました……」
ホワイトハウスは現在アメリカ内閣総理大臣官邸となっている。アイゼンハワー首相は瑞鶴による原爆投下の僅か40秒後に報告を受けた。
「避難は完了しているな?」
「無論です。周囲には警戒線を張り、誰一人として近付いた者はおりません」
「ならいい」
「し、しかし閣下、これは戦争遂行に重大な影響を与えるのではありませんか?」
「何も問題はないよ。原子爆弾を都市部に落とすなど正気の沙汰ではない。そんなことキューバには不可能だ」
アイゼンハワー首相はキューバ軍が人間を相手に原子爆弾を実戦投入するなどあり得ないと判断していた。実際この時、フィデル・カストロもチェ・ゲバラも、都市部への原爆投下など微塵も考えていなかった。
「それはそうでしょうが……一般市民に原子爆弾の恐怖が広まれば、戦争遂行に影響が出ることは避けられないのでは?」
「確かに多少の影響は出るだろうが、大局に影響はないだろう。都市など軍需生産に大した影響はないのだから」
「軍需工場の方こそ狙われると、一般市民は考えるのでは?」
「それならこちらで、都市が狙われると思想統制すればいい。アメリカ人の大半は、それで誤魔化せる」
「誤魔化されない人間は……」
「そんな教養のあるアメリカ人は全体の何パーセントだ?」
「ま、まあ、5パーセント未満でしょうね……」
「そうだ。原子爆弾など、本気で世界を滅ぼす覚悟がなければ、何も意味もないんだよ」
アメリカ政府は原爆投下について、これと言った反応を示しすらしなかった。キューバ政府にとっては最も望ましくない展開である。
○
一九五五年八月三日、アメリカ東部、公海。
バハマへの帰路、瑞鶴とチェ・ゲバラはラジオでアメリカの公式声明を聞いた。
「被害報告だけ、か……。全く効いていないらしいね」
アメリカ政府は被爆したのがオッペンハイマー博士一人だけであったこと、現地の家屋や山林が被害を受けたことなどを端的に発表しただけで、特別な発言は一つもなかった。毎日の戦況報道と全く同様である。
「オッペンハイマーは本当に死にに行ったみたいね」
「ああ。その勇気には感服するよ」
「けど、あいつがどう死んだところで、アメリカに影響はない気がするわね」
「残念だが僕も同感だ」
「カストロにアメリカを脅させるとかできないの?」
「やってみてもいいが、あまり効果はないと思う」
「やるだけタダだし、やってみればいいじゃない」
ゲバラはカストロに瑞鶴の要請を伝えた。カストロは乗り気であり、今日中には声明を出すとのことである。オッペンハイマーが死ぬまでもう少し時間がかかりそうであるし、暫くは様子見するしかない。
○
一方その頃。ニュージャージーの主砲に撃たれ中破した高雄を心配して、妙高は高雄を訪れていた。
高雄は自分の生活用の部屋に妙高を招き入れた。戦艦や大型空母でないと人を応接できるような部屋も整備されていないのである。本当に生活する為だけの部屋なので、布団が一揃いと机と椅子、冷蔵庫や本棚が並んでいるだけの殺風景な空間だ。妙高の艦内自室もこんな感じである。もちろん一介の兵士の居住空間と比べれば遥かに恵まれているが。
高雄は部屋の真ん中のちゃぶ台でお茶を飲みながら待っていた。妙高もその反対側に座る。
「高雄、本当に大丈夫……? よかったら曳航していくけど……」
「いえ、わたくしは大丈夫ですよ。既に航行には支障のない状態に応急処置ができています」
「でも、ずっと痛むよね?」
船魄の痛みは最低でも感覚装置の修理が完了するまでずっと続く。
「ええ、確かにそうですが――」
「だったらやっぱり、静かに休んでた方がいいよ……」
「本当に大丈夫ですよ。この程度の痛み、どうということはございません」
「そ、そっか……。なら、いいんだけど」
「ふふ、心配してくださってありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが、わざわざここまで来ていただいたのですから、もう少しここでゆっくりして行くのはいかがですか?」
「高雄がいいならもちろん!」
ソ連艦隊などに襲撃される可能性はあるが、妙高は高雄の部屋に暫く居座ることにした。万が一のことがあってもここから操艦して戦闘を行うことは可能である。
「――妙高、第五艦隊であなたの先任だった重巡洋艦について、以前話しましたよね?」
高雄は真剣な眼差しで言う。
「鈴谷さん、だったよね」
「はい。彼女は……わたくしから何も伝える前に沈められました。そして今日、わたくしはいつでも死ぬ可能性があるのだと、そう思いました」
「う、うん」
「ですから、わたくしは今のうちに、あなたに伝えておきたいことがあるのです」
高雄は深呼吸をする。妙高は黙って次の言葉を待っていた。
「わたくしは、妙高、あなたのことを愛しています。友情とかそういうものではなく……性的な意味で」
「そ、そう、なんだ……」
「わたくしを愛してくれなどとは言いません。ですが一度だけ、わたくしを抱いてくれませんか……?」
「そういうことか……。そういう目的で引き留めたんだ」
「わたくしに……失望、しましたか? こんな劣情を懐くような者に……」
「そんなんじゃないよ。ただ、妙高を焚き付けて大丈夫なのかなって思って」
妙高の目の色が変わった。まるで獲物を見つけた獣のようである。
「え……? そ、その……」
「妙高も初めてだと思った? そんなことないよ」
「そ、そう、なのですか……」
「だからさ、今からお望み通り抱き潰しちゃうけど、いいかな? まあ、拒否されてもそうするんだけど」
「……お願い、します」
「喜んで」
妙高は高雄を布団に横たわらせて、不敵な笑みを浮かべながら舌なめずりをした。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる