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第七章 アメリカ本土空襲

総括

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 一九五五年八月三日、アメリカ合衆国首相官邸ホワイトハウス。

「首相閣下、本当に、原子爆弾が投下されました……」

 ホワイトハウスは現在アメリカ内閣総理大臣官邸となっている。アイゼンハワー首相は瑞鶴による原爆投下の僅か40秒後に報告を受けた。

「避難は完了しているな?」
「無論です。周囲には警戒線を張り、誰一人として近付いた者はおりません」
「ならいい」
「し、しかし閣下、これは戦争遂行に重大な影響を与えるのではありませんか?」
「何も問題はないよ。原子爆弾を都市部に落とすなど正気の沙汰ではない。そんなことキューバには不可能だ」

 アイゼンハワー首相はキューバ軍が人間を相手に原子爆弾を実戦投入するなどあり得ないと判断していた。実際この時、フィデル・カストロもチェ・ゲバラも、都市部への原爆投下など微塵も考えていなかった。

「それはそうでしょうが……一般市民に原子爆弾の恐怖が広まれば、戦争遂行に影響が出ることは避けられないのでは?」
「確かに多少の影響は出るだろうが、大局に影響はないだろう。都市など軍需生産に大した影響はないのだから」
「軍需工場の方こそ狙われると、一般市民は考えるのでは?」
「それならこちらで、都市が狙われると思想統制すればいい。アメリカ人の大半は、それで誤魔化せる」
「誤魔化されない人間は……」
「そんな教養のあるアメリカ人は全体の何パーセントだ?」
「ま、まあ、5パーセント未満でしょうね……」 
「そうだ。原子爆弾など、本気で世界を滅ぼす覚悟がなければ、何も意味もないんだよ」

 アメリカ政府は原爆投下について、これと言った反応を示しすらしなかった。キューバ政府にとっては最も望ましくない展開である。

 ○

 一九五五年八月三日、アメリカ東部、公海。

 バハマへの帰路、瑞鶴とチェ・ゲバラはラジオでアメリカの公式声明を聞いた。

「被害報告だけ、か……。全く効いていないらしいね」

 アメリカ政府は被爆したのがオッペンハイマー博士一人だけであったこと、現地の家屋や山林が被害を受けたことなどを端的に発表しただけで、特別な発言は一つもなかった。毎日の戦況報道と全く同様である。

「オッペンハイマーは本当に死にに行ったみたいね」
「ああ。その勇気には感服するよ」
「けど、あいつがどう死んだところで、アメリカに影響はない気がするわね」
「残念だが僕も同感だ」
「カストロにアメリカを脅させるとかできないの?」
「やってみてもいいが、あまり効果はないと思う」 
「やるだけタダだし、やってみればいいじゃない」

 ゲバラはカストロに瑞鶴の要請を伝えた。カストロは乗り気であり、今日中には声明を出すとのことである。オッペンハイマーが死ぬまでもう少し時間がかかりそうであるし、暫くは様子見するしかない。

 ○

 一方その頃。ニュージャージーの主砲に撃たれ中破した高雄を心配して、妙高は高雄を訪れていた。

 高雄は自分の生活用の部屋に妙高を招き入れた。戦艦や大型空母でないと人を応接できるような部屋も整備されていないのである。本当に生活する為だけの部屋なので、布団が一揃いと机と椅子、冷蔵庫や本棚が並んでいるだけの殺風景な空間だ。妙高の艦内自室もこんな感じである。もちろん一介の兵士の居住空間と比べれば遥かに恵まれているが。

 高雄は部屋の真ん中のちゃぶ台でお茶を飲みながら待っていた。妙高もその反対側に座る。

「高雄、本当に大丈夫……? よかったら曳航していくけど……」
「いえ、わたくしは大丈夫ですよ。既に航行には支障のない状態に応急処置ができています」
「でも、ずっと痛むよね?」

 船魄の痛みは最低でも感覚装置の修理が完了するまでずっと続く。

「ええ、確かにそうですが――」
「だったらやっぱり、静かに休んでた方がいいよ……」
「本当に大丈夫ですよ。この程度の痛み、どうということはございません」
「そ、そっか……。なら、いいんだけど」
「ふふ、心配してくださってありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが、わざわざここまで来ていただいたのですから、もう少しここでゆっくりして行くのはいかがですか?」
「高雄がいいならもちろん!」

 ソ連艦隊などに襲撃される可能性はあるが、妙高は高雄の部屋に暫く居座ることにした。万が一のことがあってもここから操艦して戦闘を行うことは可能である。

「――妙高、第五艦隊であなたの先任だった重巡洋艦について、以前話しましたよね?」

 高雄は真剣な眼差しで言う。

「鈴谷さん、だったよね」
「はい。彼女は……わたくしから何も伝える前に沈められました。そして今日、わたくしはいつでも死ぬ可能性があるのだと、そう思いました」
「う、うん」
「ですから、わたくしは今のうちに、あなたに伝えておきたいことがあるのです」 

 高雄は深呼吸をする。妙高は黙って次の言葉を待っていた。

「わたくしは、妙高、あなたのことを愛しています。友情とかそういうものではなく……性的な意味で」
「そ、そう、なんだ……」
「わたくしを愛してくれなどとは言いません。ですが一度だけ、わたくしを抱いてくれませんか……?」
「そういうことか……。そういう目的で引き留めたんだ」
「わたくしに……失望、しましたか? こんな劣情を懐くような者に……」
「そんなんじゃないよ。ただ、妙高を焚き付けて大丈夫なのかなって思って」

 妙高の目の色が変わった。まるで獲物を見つけた獣のようである。

「え……? そ、その……」
「妙高も初めてだと思った? そんなことないよ」
「そ、そう、なのですか……」
「だからさ、今からお望み通り抱き潰しちゃうけど、いいかな? まあ、拒否されてもそうするんだけど」
「……お願い、します」
「喜んで」

 妙高は高雄を布団に横たわらせて、不敵な笑みを浮かべながら舌なめずりをした。
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