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第六章 アメリカ核攻撃
天号作戦
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同日、皇宮明治宮殿にて。御前会議の最中、重光外務大臣に伝令の者が駆け寄ってきて、キューバからの通告を耳打ちした。
「ほ、本当か? 誤報じゃないのか?」
「無論、確認は取っています」
「そんな、馬鹿なことが……」
外務省で最も経験豊富と言っても過言ではない重光大臣ですら、この突拍子もなさすぎる話には動揺を隠せなかった。
「どうしたんだね、重光君?」
石橋首相が尋ねる。別に隠す必要はない。それどころか直ちに政府と軍に共有すべき事項であるので、大臣はキューバ軍がアメリカに原子爆弾を落とすつもりであると、大臣や軍人達に説明した。
「なるほど……。しかし、別に問題ないんじゃないか? キューバがアメリカを攻撃して何が悪いんだね?」
「確かにキューバにその権利はありますが……原子爆弾の実戦投入など……」
「では前例がないというだけで、特に問題はないのだね?」
現状、原子爆弾についての認識は、単なる非常に強力な爆弾という程度のものだ。原子爆弾の使用そのものに対する拒否感は、世界的にあまりない。
「それはそうですがね、いくら何でも非常識というか……。もしもキューバが先に原子爆弾を使用すれば、アメリカが原子爆弾を使う口実を与えてしまいます。アメリカが本気になれば、キューバの敗北は確実です」
「だが、キューバはあくまで威力を示すだけで、戦術的に利用する意図はないと言っているじゃないか」
原子爆弾の実戦投入とは言っても、それによって敵軍を殲滅したり敵の要塞を破壊しようとしているのではない。であれば、アメリカ軍が原子爆弾を実戦投入する口実にはならない。
「いや、しかし……」
と、その時である。またしても外務省の伝令が、重光大臣に何かを耳打ちして、メモ用紙を手渡した。
「今度はどうしたんだね?」
「先程、ゲッベルス大統領が公式に声明を出しました。曰く『アメリカがキューバ国民に対し核兵器を使用した場合、ドイツはアメリカに正義の鉄槌を下すであろう』とのことです」
グリーンランドに大量に配備されている大陸間弾道ミサイルA12が火を噴くのか、或いは単にドイツがアメリカに軍事制裁を行うのか。いずれにせよアメリカは滅ぶだろうという警告だ。
「ドイツがアメリカを牽制しているのかね? いやしくも同盟国を?」
「ドイツとアメリカの同盟など、お互い全く信用していないようなものなのですが……それにしてもこれは、キューバとドイツが組んでいると自白しているようなものです」
「つまり、ドイツは戦争を終わらせたがっていて、キューバを応援しているということかね?」
「端的に言えばそうなりますな」
「なるほど。ではいいじゃないか。我々もキューバを応援することにしよう」
世界の破滅は避けられそうなので、石橋首相は重光大臣を説き伏せて、キューバが原子爆弾を使うことを容認させた。
「しかし、キューバにそんなことをできる戦力があるのかね? 我々は戦略爆撃機など供与していないが」
石橋首相の疑問に答えられるものはおらず、ソ連やドイツが秘密裏に戦略爆撃機を供与した可能性くらいしか思い付かなかった。だがその疑問もまた、数時間後のキューバ軍の公式発表で解決された。
「――まさか瑞鶴達をキューバ軍に編入するとは、大したことをやる男じゃないか、カストロとは」
石橋首相は大いに感心し、怒りなど軽く吹き飛んでいた。キューバの最高指導者カストロは堂々と、帝国海軍から脱走した船魄達がキューバ軍に加入したと発表したのである。
「直ちにキューバ軍に返還を求めるべきでは?」
神軍令部総長は言った。
「まあそれはその通りだが、暫くは好きにやらせてはどうだね? この戦争を終わらせてくれるのなら、我々にとっても好都合じゃないか」
キューバへの支援は基本的に大赤字であるし、勝利したところで戦争前への現状復帰が関の山だ。戦争を続けるのは帝国にほとんど不利益しかないのである。
「お言葉ですが捕まえられる時に捕まえておくべきかと。欧州に逃げ込まれれば我々には最早手出しできなくなります」
「逃げようと思えば今すぐにだって、彼女達は逃げられんじゃないかな? 急ぐことに意味はないと思うけどね」
「……確かに。包囲網を整えでもしない限りは意味がないやもしれません」
「そうだろう? なら、彼女達に帝国の役に立ってもらえばいいじゃないか。捕獲についてはその後で考えたまえ」
瑞鶴が綿密に計画を練っても簡単に逃げおおせてしまう相手だというのは、ここにいる者なら誰でも知っていることだ。結局、政府と軍部はキューバ軍の行動を全て承認することにしたのである。
○
翌日、グアンタナモ湾。第五艦隊を味方に付けている月虹はひっそりとグアンタナモ湾に戻って来ていた。そこにチェ・ゲバラが報せを持ってくる。
「朗報だぞ、瑞鶴。日本が僕達の作戦を認めてくれるそうだ」
「あ、そう。それは意外ね」
「やったじゃないですか! これで何の支障もなく作戦が遂行できます!」
妙高は子供っぽく大喜びしていた。アメリカ軍の妨害を何の支障でもないと言い切る当たり、何も考えていないのか、それともアメリカ軍など恐るるに足らずと思っているのか。
「あんたってなかなか言うわよね。アメリカは全力で妨害してくるでしょうに」
「瑞鶴さんとツェッペリンさんと、それに高雄がいれば、問題ありません!」
「妙高、確かにわたくし達の方が戦力的に優れているとは思いますが、くれぐれも油断はしないでくださいね。約束ですよ?」
高雄は説教するように言った。
「う、うん、分かった……」
「我がいればアメリカ軍など雑魚も同然である。安心するがいい」
「あー、まあそれなりに頼りにしてるわ。本気は出してよね」
「何だその態度は!」
とにもかくにも、月虹は瑞鶴とツェッペリンに原子爆弾を積み込んで、アメリカ本土に向けて出撃した。瑞鶴はこの作戦を『天号作戦』と名付けた。特に意味はない。
「ほ、本当か? 誤報じゃないのか?」
「無論、確認は取っています」
「そんな、馬鹿なことが……」
外務省で最も経験豊富と言っても過言ではない重光大臣ですら、この突拍子もなさすぎる話には動揺を隠せなかった。
「どうしたんだね、重光君?」
石橋首相が尋ねる。別に隠す必要はない。それどころか直ちに政府と軍に共有すべき事項であるので、大臣はキューバ軍がアメリカに原子爆弾を落とすつもりであると、大臣や軍人達に説明した。
「なるほど……。しかし、別に問題ないんじゃないか? キューバがアメリカを攻撃して何が悪いんだね?」
「確かにキューバにその権利はありますが……原子爆弾の実戦投入など……」
「では前例がないというだけで、特に問題はないのだね?」
現状、原子爆弾についての認識は、単なる非常に強力な爆弾という程度のものだ。原子爆弾の使用そのものに対する拒否感は、世界的にあまりない。
「それはそうですがね、いくら何でも非常識というか……。もしもキューバが先に原子爆弾を使用すれば、アメリカが原子爆弾を使う口実を与えてしまいます。アメリカが本気になれば、キューバの敗北は確実です」
「だが、キューバはあくまで威力を示すだけで、戦術的に利用する意図はないと言っているじゃないか」
原子爆弾の実戦投入とは言っても、それによって敵軍を殲滅したり敵の要塞を破壊しようとしているのではない。であれば、アメリカ軍が原子爆弾を実戦投入する口実にはならない。
「いや、しかし……」
と、その時である。またしても外務省の伝令が、重光大臣に何かを耳打ちして、メモ用紙を手渡した。
「今度はどうしたんだね?」
「先程、ゲッベルス大統領が公式に声明を出しました。曰く『アメリカがキューバ国民に対し核兵器を使用した場合、ドイツはアメリカに正義の鉄槌を下すであろう』とのことです」
グリーンランドに大量に配備されている大陸間弾道ミサイルA12が火を噴くのか、或いは単にドイツがアメリカに軍事制裁を行うのか。いずれにせよアメリカは滅ぶだろうという警告だ。
「ドイツがアメリカを牽制しているのかね? いやしくも同盟国を?」
「ドイツとアメリカの同盟など、お互い全く信用していないようなものなのですが……それにしてもこれは、キューバとドイツが組んでいると自白しているようなものです」
「つまり、ドイツは戦争を終わらせたがっていて、キューバを応援しているということかね?」
「端的に言えばそうなりますな」
「なるほど。ではいいじゃないか。我々もキューバを応援することにしよう」
世界の破滅は避けられそうなので、石橋首相は重光大臣を説き伏せて、キューバが原子爆弾を使うことを容認させた。
「しかし、キューバにそんなことをできる戦力があるのかね? 我々は戦略爆撃機など供与していないが」
石橋首相の疑問に答えられるものはおらず、ソ連やドイツが秘密裏に戦略爆撃機を供与した可能性くらいしか思い付かなかった。だがその疑問もまた、数時間後のキューバ軍の公式発表で解決された。
「――まさか瑞鶴達をキューバ軍に編入するとは、大したことをやる男じゃないか、カストロとは」
石橋首相は大いに感心し、怒りなど軽く吹き飛んでいた。キューバの最高指導者カストロは堂々と、帝国海軍から脱走した船魄達がキューバ軍に加入したと発表したのである。
「直ちにキューバ軍に返還を求めるべきでは?」
神軍令部総長は言った。
「まあそれはその通りだが、暫くは好きにやらせてはどうだね? この戦争を終わらせてくれるのなら、我々にとっても好都合じゃないか」
キューバへの支援は基本的に大赤字であるし、勝利したところで戦争前への現状復帰が関の山だ。戦争を続けるのは帝国にほとんど不利益しかないのである。
「お言葉ですが捕まえられる時に捕まえておくべきかと。欧州に逃げ込まれれば我々には最早手出しできなくなります」
「逃げようと思えば今すぐにだって、彼女達は逃げられんじゃないかな? 急ぐことに意味はないと思うけどね」
「……確かに。包囲網を整えでもしない限りは意味がないやもしれません」
「そうだろう? なら、彼女達に帝国の役に立ってもらえばいいじゃないか。捕獲についてはその後で考えたまえ」
瑞鶴が綿密に計画を練っても簡単に逃げおおせてしまう相手だというのは、ここにいる者なら誰でも知っていることだ。結局、政府と軍部はキューバ軍の行動を全て承認することにしたのである。
○
翌日、グアンタナモ湾。第五艦隊を味方に付けている月虹はひっそりとグアンタナモ湾に戻って来ていた。そこにチェ・ゲバラが報せを持ってくる。
「朗報だぞ、瑞鶴。日本が僕達の作戦を認めてくれるそうだ」
「あ、そう。それは意外ね」
「やったじゃないですか! これで何の支障もなく作戦が遂行できます!」
妙高は子供っぽく大喜びしていた。アメリカ軍の妨害を何の支障でもないと言い切る当たり、何も考えていないのか、それともアメリカ軍など恐るるに足らずと思っているのか。
「あんたってなかなか言うわよね。アメリカは全力で妨害してくるでしょうに」
「瑞鶴さんとツェッペリンさんと、それに高雄がいれば、問題ありません!」
「妙高、確かにわたくし達の方が戦力的に優れているとは思いますが、くれぐれも油断はしないでくださいね。約束ですよ?」
高雄は説教するように言った。
「う、うん、分かった……」
「我がいればアメリカ軍など雑魚も同然である。安心するがいい」
「あー、まあそれなりに頼りにしてるわ。本気は出してよね」
「何だその態度は!」
とにもかくにも、月虹は瑞鶴とツェッペリンに原子爆弾を積み込んで、アメリカ本土に向けて出撃した。瑞鶴はこの作戦を『天号作戦』と名付けた。特に意味はない。
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