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第五章 合従連衡

ホテルの一夜

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 さて、船魄達に睡眠は必要だが、寝ている間は艦を一直線に前進させておくことしかできないので、当然ながら一切の攻撃に無防備である。その為、長期間の航海を船魄だけで行う際は寝ずの番を置くのが常だ。人間の助けなど得られない月虹はいつも、夜の8時から朝の8時までを3時間ずつに分けて寝ずの番を割り当てている。

 万が一にもドイツが裏切る可能性を鑑み、ここでも寝ずの番を決めることにした。じゃんけんで決まった順番はツェッペリン、妙高、高雄、瑞鶴である。またこの夜はツェッペリンと瑞鶴、妙高と高雄がそれぞれ相部屋であった。これも万一の時に一人だと危険だからである。

「8時ね。じゃあツェッペリン、見張りはよろしく」

 そう言うと、瑞鶴はベッドに寝転んで布団にくるまった。

「お前、もう寝るのか?」
「いつもこんなもんでしょ」
「ま、まあな」
「暇潰しのもの持ってないの?」
「艦の中に置いてきてしまった」

 特に海上では、船魄は本当に暇である。ツェッペリンなどは艦内に図書館と言える量の本を蓄えて暇な時に備えている訳だが、今は手元にない。

「じゃあ取ってくればいいでしょ」
「それは流石に面倒だ」

 わざわざ内火艇のエンジンをかけて艦に戻るのは面倒であった。

「かわいそうに。じゃあお休み」
「クッ……」

 寝たい人を無理やり起こす趣味はツェッペリンにはないので、彼女の選択肢はここで何もない虚無の3時間を過ごすか、或いはもう一方の部屋に暇つぶしに行くことである。ツェッペリンは20分くらいで虚無の時間に耐えられなくなったので、妙高と高雄の部屋に吸い寄せられるように向かった。

 扉を叩くとすぐに二人の声が揃って「どうぞ」と聞こえ、扉が開いた。

「どうしたんですか、ツェッペリンさん……?」

 妙高が心配そうに尋ねる。そんな顔をされるとツェッペリンは申し訳なかった。

「まあ、その、瑞鶴が寝てしまい、我は暇なのだ。だから何か暇潰しはないかと思い、ここに来た」
「暇潰し、ですか。私達も別に何も持ってないです……」
「そうか。なれば、ここにいてもしょうがないな。邪魔をしたな」

 ツェッペリンは素直に話し相手になってくれとも言えずに帰ろうとするが、その腕を妙高が掴んで引き止めた。

「ど、どうした?」
「せっかく暇なんでしたら、少しお話していきませんか? 妙高、ツェッペリンさんとちゃんとお話したことありませんし……」
「あ、ああ、よかろう。お前達の話も聞きたいしな」
「ありがとうございます! 高雄もいいよね?」
「わたくしは構いませんが、瑞鶴さんを一人にして大丈夫なのですか?」
「多分大丈夫であろう」
「そうですか……」

 隣の部屋だし、特に根拠はないが瑞鶴なら何かあっても大丈夫だろうということで、ツェッペリンはこちらの部屋に暫し留まることにした。妙高と高雄がそれぞれのベッドの上に座って話していたので、ツェッペリンも妙高の隣に座ることにした。

「で、我と話すと言っても何を話すのだ?」
「色々聞きたいことはあるんですけど……まずは、どうしてドイツ海軍から脱走してんですか?」
「結構な質問をしてくるな、妙高」
「あ、その、答えたくなかったら、答えてくれなくても大丈夫です」
「ふん、我に後ろめたい事情などない。ただ、我が総統マイン・フューラーの意思を捻じ曲げるゲッベルスが気に入らなかっただけだ」
「我が総統はヒトラーさんですよね? ゲッベルスっていうのは誰ですか?」
「妙高、知らないのですか? ヨーゼフ・ゲッベルス、ドイツの今の最高指導者ですよ。確か大統領だった筈です」

 アドルフ・ヒトラー総統は永世総統とされ、総統という地位は事実上廃止された。現在の最高指導者ゲッベルスは憲法に従ってドイツ国大統領兼首相として最高指導者を務めている。つまり『我が総統』と言えばアドルフ・ヒトラーただ一人を指すのである。

「ああ、そうだ。1947年に我が総統が引退した後、奴が次の最高指導者となった。だが奴は、我が総統の策定していた軍備拡張計画を取り下げ、国内経済を優先するなどと言い出したのだ。我はそのような小心者に仕える気など毛頭ない」
「国内優先は決しておかしな判断だとは思いませんが……」

 戦争が終われば軍縮と経済復興が優先せれるのは普通なのではと、高雄は言う。

「そういう問題ではないのだ。我が総統の後継者でありながらその意思に従わぬことこそが大問題なのだ」
「しかし、ヒトラーさんは特に反対していなかったのですよね?」
「ま、まあ、それはそうだが」

 高雄に痛いところを衝かれてツェッペリンは言葉に窮する。

「となれば、ゲッベルスさんは裏切り者ではないのでは?」
「い、いや、そんなことはない。我が総統が不要な混乱を招かぬよう政治に干渉しなかっただけだ。我が総統の徳につけ込んで裏切ったのがゲッベルスの奴なのだ」
「まあ、そういうことにしておきましょう」

 ツェッペリンは単にゲッベルス大統領が気に入らないから脱走しただけなのではと、高雄は思った。

「あ、あの、ツェッペリンさん、次の質問いいですか?」
「構わんぞ」
「瑞鶴さんとツェッペリンさんは、どこで知り合ったのですか?」

 思えばその程度のことすら――瑞鶴とツェッペリンが海賊みたいなことをしている経緯すら、妙高も高雄も知らないのである。
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