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第四章 月虹

妙高と高雄の攻撃

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 妙高と高雄はこの戦いが始まった時から、瑞鶴やツェッペリンと一緒にはいない。空母達よりかなり前方、第五艦隊から約80kmの地点で待機していた。もちろん長門の主砲でも、この距離なら届かない。

『じゃあ、任せたわよ、妙高、高雄』
「お任せ下さい!」
『最善を尽くしましょう』
「高雄、行くよ」
『ええ。参ります!』

 上空で両艦隊の戦闘機が熾烈な航空戦を繰り広げる中、妙高と高雄は第五艦隊に向かって全速前進を開始した。

 ○

 さて、第五艦隊旗艦である長門は、妙高と高雄の行動にどう対応すべきか悩んでいた。重巡の速度ならば、魚雷の射程圏内に第五艦隊が収められるまで1時間はかかる。考える時間は充分ある。

『長門、私達の攻撃機で叩き潰しましょうか?』

 加賀は提案する。まだ出していない艦上爆撃機と艦上攻撃機で、迫り来る重巡2隻を沈めてしまおうと。妙高と高雄の対空砲だけでは赤城と加賀の艦載機を撃退することなど不可能であろう。

『ふーん。長門、どうするの?』
『少し待て。考える』

 長門の中で結論は半分出ている。赤城と加賀にやらせたらあっという間に妙高と高雄が撃沈されてしまうだろう。別の手段を考えるべきだ。と、思いつつも、加賀の言葉には矛盾を感じ、長門は陸奥にだけ通信を繋いだ。

『陸奥、加賀は妙高と高雄を沈める気なのか?』
『何で私に聞くの?』
『いや、その、何だ。もしも赤城と加賀が事実を知っている側なら、妙高と高雄を沈めようとはしないと思うのだ』
『じゃあ空母達に任せたら? いい感じに無力化してくれるかもしれないわ』
『いや、しかし、知らなかったら本当に沈められるかもしれない……』

 妙高と高雄を沈めてはならないというのは、長門の中で前提であった。

『それか反逆者は粛清するつもりかもしれないわね』
『そんなことはないと思うが……。危険を冒す訳にはいかんな。やはり別の作戦を取ろう』
『私に相談した意味あった?』
『頭の中が整理できた。ありがとう』

 長門と同じことを赤城と加賀が考えているのならば確実に生け捕りにしてくれるだろうが、そうでなければ確実に殺してしまう。その危険を冒すことはできなかった。

『全艦聞け。結論が出た。秋月、涼月を除いた駆逐隊で、接近しつつある巡洋艦級を撃破する。雪風を旗艦とし、直ちに打って出よ』
『その戦力を取り出して、防空は間に合うのか?』

 信濃は尋ねる。

『問題ない。陣形を組み直せば十分に敵を迎え撃てる』
『なればよい』
『私の赤城ちゃんに傷が付いたら許しませんよ?』
『軍艦が無傷で帰ることを期待するな。だが致命的な損害を受けることはあり得んと保証する』
『加賀、それで、問題ない』

 長門は負けてやる気もない。上手くいけば妙高も高雄も瑞鶴も捕獲するつもりである。その上で、駆逐艦4隻を抽出しても瑞鶴とツェッペリンの攻撃を十分阻害できると判断したのである。

『雪風、やってくれるな?』
『雪風を旗艦なんかにして、本当にいいのですか? 誰かが沈むかもしれませんよ?』 
『お前が適任だ。そんな妄想は捨てろ』
『そうですか。何があっても知りませんからね』 

 雪風が自分のことを死神か何かだと思っていることは、長門もよく知っている。だが長門はそんなものは迷信だと雪風を激励し、駆逐隊を出撃させた。

 ○

『どうやら長門は、駆逐艦でわたくし達を迎え撃とうとしているようですね』
「駆逐艦……。こっちから攻撃したくないけど……」

 妙高の20cm主砲でも、当たりどころが悪ければ駆逐艦など簡単に沈んでしまうだろう。

『向こうは本気でわたくし達を沈めに来ます。そんなことを言っている場合ではありません』
「わ、分かってる。でも何とかできないかな……」

 駆逐隊は妙高・高雄と第五艦隊の間に立ち塞がっている。これを撃退しなければ、赤城か加賀に一撃加えることは絶対に不可能である。

『そうは言っても、向こうの方が優速です。迂回したりは不可能でしょうね』
「そうだよね……。だったら、攻撃するしかないのかなあ」
『ええ。沈めないように、かつ戦闘継続不能になるくらいに攻撃しましょう。わたくし達ならきっとできます』

 高雄の力強い言葉に妙高は勇気づけられた。そして一度やると決めれば、妙高はすぐさま頭のなかで戦闘を思い描くことができる。

「一〇式魚雷は、最大射程30キロ。私達の主砲の射程もほぼ同じくらい。だったらこっちが先手を打つことができる……」

 妙高は呟く。高雄にもその声は聞こえていた。

『射程圏内ギリギリで砲撃、ですか』
「うん。そして魚雷は何とかして回避すれば……」
『30キロもあれば、魚雷は回避できるでしょう。ですが、その距離で精確な射撃をしなければなりません。本当に大丈夫ですか?』
「やるしかない、ね。それに最悪の場合は……ううん、絶対に沈めはしない」
『わ、分かりました。それでいきましょう』

 妙高と高雄は駆逐艦に側面を向けるように単縦陣を組んで、全ての主砲を彼女らに向ける。

『敵艦隊との距離、30キロを切りました』
「うん。やろう」

 妙高は主砲の照準を定める。が、その時であった。

「密集した!?」
『ええ、そのようですね……。どうやら私達の考えを知っている人がいるようです』

 妙高と高雄が駆逐艦を傷付けたくないことを知っている誰かが、駆逐隊をお互いの距離が2mもないほどに密集させたのだ。少しでも狙いが逸れたら誰かを沈めてしまうかもしれない。妙高は、彼女達を撃つことはできなかった。
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