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第三章 戦いの布告

陸奥

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「二人っきりね、長門?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ~、せっかくなんだから……」

 陸奥は椅子に座った長門の後ろに回り込んで彼女の肩をがっしりと掴み、耳元に色っぽく息を吹きかける。

「っっ……!」

 だが、その時だった。

「…………そなたら、何をしている?」

 信濃が音を立てずに執務室に入って来た。何とも誤解される瞬間を見られて、長門はすっかり呂律が回らなくなってしまった。

「し、信濃!? こ、これはだな、その……」
「そなたら……いちゃつきたいのなら部屋でやれ」
「そ、そんなつもりはないんだ。離れろ、陸奥」

 長門は陸奥の頬を掌で押して離れさせる。

「あら残念。ともかく、あの子達によろしくね。何かあったら私の責任になるんだから」
「そうなのか? だったらお前が残ればいいじゃないか」
「残るわよ? 誰が帰るって言ったのかしら」
「そ、そうなのか」
「ええ。暫くはプエルト・リモン鎮守府を使わせてもらうわ。よろしくね」
「お、おう」

 陸奥は第五艦隊に組み入れられるわけではないが、暫くは長門の指揮下に入るらしい。ちなみにソビエト姉妹はソ連が租借しているニカラグアの基地を拠点とするそうだ。

「で、信濃、用件は何だ?」
「艦載機の補充について」
 信濃はいつもよりぶっきらぼうな口調で。
「ああ、そうだったな。和泉に要請しておこう」

 妙高を失った鎮守府は、可能な限り何事もなかったかのように活動するのであった。

 ○


「へえ、流石、長門が仕切ってるだけあって、綺麗だし充実してるね」
「はい。長門のお陰で鎮守府のための予算が下りて来るので、設備を充実させられるんですよ」

 高雄はプエルト・リモン鎮守府を始めて訪れる陸奥の案内役を任されていた。

「なるほどね。もう旧式もいいところの戦艦なのに、影響力だけはあるんだから」
「そ、そういうことは口に出しては……」
「それって、あなたもそう思ってるってこと?」
「うぐ……」
 長門が旧式というのなら妹の陸奥も旧式である。
「冗談よ。案内を続けてちょうだい?」
「分かりました。では、次は食堂に」

 高雄は陸奥を食堂に案内した。

「食堂って言うけど、料理人とかはいないの? 何もないじゃない」
「それについてはその通りですが……。ですので、わたくしがここの料理番をしているんですよ」
「あなたが料理を作るの?」
「はい。皆さんが飽きないように毎日違う料理を考えているんですよ」
「じゃあ何か作ってもらおうかしら? ちょうどお腹が空いたわ」
「分かりました。では、カレーにしましょう。ちょうど作り置きがありますし」
「そう。じゃあ頼むわ」

 高雄は厨房に入って昨日のカレーの残りを温めつつ、ライスなどの用意をする。それと全く同じことをつい二ヶ月前に妙高にしたことを思い出したのは、陸奥の前にカレーを置いた時だった。

「陸奥さん……どうぞ」
「どうしたの? 浮かない顔して」
「あっ……分かっちゃいますよね。はは……」
「嫌じゃなかったら、私に聞かせて?」

 陸奥の声は先程までの軽い感じとは正反対のものだった。高雄は彼女の心の内を陸奥に打ち明けることにした。

「――なるほどね。精神が不安定になるのも無理はないわ。僚艦を失って平気でいられるような奴は、帝国海軍にはいない」
「そう、でしょうか……。皆さん、平然としているように見えましたが……」
「意識的に表に出さないようにしているだけよ。そんなことをしたら艦隊に悪影響だもの」
「うぅ……。皆さん頑張っているのに、私は……」
「あなたは妙高と一番親しかったと聞いているわ。同じ重巡だしね。それに、私は第五艦隊に所属してるわけじゃない。私の前だったら、いくらでも情けない姿を晒しても問題ないわよ?」
「陸奥さん……」

 陸奥は高雄を抱き寄せて頭を撫でる。高雄はそれだけで救われる思いだった。
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