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第三章 戦いの布告
救出作戦
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「逆に聞くけど、あなたは敵の本当の姿が見えたのよね?」
「は、はい」
アイギスという得体のしれない存在に見えていた敵が、あの時突然、人間の空母や戦艦に見えたのだ。
「それはどうして?」
「どうして、ですか……。思い出してみると、あなたの魚雷に当たった直後ですね」
「やっぱりね。そもそも船魄への洗脳は、船魄を製造する技術の応用。艦が激しく損傷して激しいショックがあったら、偶発的に不具合を起こすことがある」
激しい精神へのダメージが結果的に洗脳を打ち破ることになったということだ。
「どう? 第五艦隊を沈まない程度に雷撃してみる?」
瑞鶴はからかうように言った。その返事は簡単に予想できるからだ。
「だ、ダメです! そんなこと、できません……」
「そう言うと思った。でも、だったらどうするの? 多分だけど、もう第五艦隊はあなたのことを敵だと認識している。説得なんて通じないのよ?」
「うぅ……」
妙高はつい先日まで敵が人類を脅かすアイギスであると疑いもしなかった。だから自分がそう認識されているのなら、洗脳を解くのは容易ではないだろう。
「で、でも、妙高は説得、試したいです! こっちから話しかけることができたら、もしかしたら、何か、変わるかも……」
「楽観論ね。大体、どうやって話しかけるって言うの?」
「それは……直接相手の艦に乗り込む、とか?」
「ふっ、相手は艦隊なのよ。重巡洋艦に過ぎないあなたが肉薄できるとでも?」
「だ、だから瑞鶴さんに助太刀をお願いしたんです! 瑞鶴さんならきっと、その隙くらいは作れるのではありませんか?」
「ほう? 言うじゃない」
「別に、いいんですよ、手伝ってくれなくても。その時は妙高が勝手に沈むだけです」
――妙高は何ということを言ってるんでしょうか……
瑞鶴が自分を味方につけたいことを見越して、自分を人質にして協力を迫っているのである。自分でも驚くくらい強気な態度だ。そして瑞鶴は、彼女の強い意志を読み取った。きっとこれについては押しても引いても曲がらないだろうと。
「分かった分かった。手を貸してあげる。但し、その後は私達に手を貸してもらうわよ」
「分かっています。この一回だけ、妙高に手を貸してくだされば、それで」
真実を知ってしまった者は嘘に従ってはいられないのである。
○
一九五五年四月九日、東京都麹町区、皇宮明治宮殿。
瑞鶴の出現は日本の上層部にもたちまち伝わっていた。急遽開かれた大本営政府連絡会議には、船魄という技術を開発した張本人、岡本平八技術中将も召喚されている。彼の現在の役職は海軍艦政本部第八部長で、第八部というのは船魄技術の研究を担当する部署である。
「岡本君、長年行方不明だった瑞鶴が、カリブ海に姿を現したそうじゃないか」
「ええ。そのようですね、石橋首相」
「ナ号作戦の為に長門をはじめとする最精鋭の艦隊を集めていたんだろう?」
「はい。我が国でも特に経験豊富な船魄が第五艦隊には集っていましたね」
「それがたった一隻のために撤退せざるを得なくなったのだな? にわかには信じ難いのだが」
「それも仕方ないでしょう。瑞鶴はこの世界で最も古く、そして最も強い船魄です。船魄の強さは概ね年功序列ですから」
一人で一個艦隊を翻弄するような船魄が戦場を誰の統制も受けずにうろついていというのは、あまりにも大きな不確定要素である。
「あれは君が最初に手掛けた船魄だろう。どうにかできないのかね?」
「はい。彼女は私の娘のような存在です。彼女については私が一番よく知っております」
「ふむ。具体的にはどうすればいい」
「彼女は私の娘。そしてとうの昔に親元を離れています。私にできることなど、何もありませんよ」
岡本中将は御前会議でも全くふざけていた。だが言っていることは嘘ではない。
「ふざけないでくれ」
「ふざけてなどいませんよ。それに、私はそもそも所詮はただの技術屋。戦術についてはからっきしなものでして。それを聞くなら軍令部の神様に聞けばよろしいのでは?」
「どの口が言うのだか。だが、だったら艦隊を増派するまでだね」
「カリブ海に追加で送れる艦隊などありましたか? 一応言っておきますが、本土防衛の第一艦隊はまだ不安定です。政治的にも本土を空白にするのは好ましくない。安易に動かすことはよろしくないのでは?」
帝国海軍の艦隊のほとんどは大東亜連盟防衛の為にドイツ海軍などと睨み合う仕事で忙しく、そう簡単に配置を換えることはできない。世界に手を広げ過ぎた弊害である。
「そうじゃない。ソ連海軍に手柄を分けてやるだけだよ」
「ほう。ソ連と言えば、スターリンの遺児ですか。日ソ同盟が初めてマトモに機能するのが見れるのでしょうかね」
今回はソ連に借りを作る形にはなるが、それくらいは安いものだと、石橋首相は判断した。
「しかし、これまで瑞鶴はどうやって生き延びて来たんだ? 岡本君、君はどう思う?」
「少なくとも船魄に関する知識を持った技術者と、船魄を整備できるだけの設備が必要でしょう。戦闘を行うとなれば、艦そのものや艦載機を整備できる人間も必要です」
「そういう人間を瑞鶴が手に入れたと?」
「そうとしか考えられません。人間の協力者、それも積極的に彼女を支援する者がいなければ、船魄が生きていくことは不可能です」
「ならば、誰が手を貸しているのかな?」
「私に聞かれても困ります。人間になど興味はありませんので」
石橋首相は一言「そうかね」とだけ応え、緊張した空気の中、この話題は一旦打ち切りとなった。岡本中将はさっさと明治宮殿を退出した。
○
一九五五年、五月二十二日、キューバ、グアンタナモ基地。
「ゲバラさん、ここ一ヶ月ほど、ありがとうございました」
「いいんだよ、妙高。真の革命家というのは、世界のどこかで誰かが被る不正を心の底から悲しむことができる者だと、常々言っているからね。僕自身もそうでなくては」
「な、なるほど……」
チェ・ゲバラ率いるキューバ軍の一部隊に匿われて一ヶ月ほど。妙高は瑞鶴の助けを受けて修理を済ませ、すっかり出撃できる状態に回復していた。明らかにキューバ軍の能力を超えている気もするが、妙高は気にしないことにした。
「調子はどうかしら?」
「はい、調子はばっちりです!」
「そう。第五艦隊が単独で行動している時は、こっちで調べておくわ。その時になったら出撃しましょう」
「あ、ありがとうございます……そこまでして頂いて」
「いいのよ。私もここ十年くらい、マトモな船魄と話してなかったから、話し相手になってくれたお礼よ」
瑞鶴も妙高を味方に引き入れたいからだけで動いている訳ではない。妙高にそれなりの好感を持っていたのだ。
「それで、その時というのは、いつくらいになりそうなんですか?」
「さあね。そんな遠くの計画までは調べられないから、直前にならないと分からないわ」
「そ、そうですよね」
「まあその間は訓練でもしておくことね」
「それは……もしかして、瑞鶴さんに教えてもらえるということでしょうか!?」
妙高は瑞鶴への恨みなどすっかり忘れ、興奮した様子で。長門より古株の、それどころかこの世界で最古の船魄。それに会えたというのは感動である。
「え、ああ……まあ、それもいいけど。どうせ暇だし。でも私は空母だし、あまり教えられることはないと思うけど」
「それでも、お願いします!」
結局、暇をしている間、妙高は瑞鶴の指導を受けることになった。空母と重巡洋艦では戦いの勝手があまりにも違い、瑞鶴にできることといったら艦載機を飛ばして妙高の対空戦闘の練習に付き合うくらいなものであったが。
「は、はい」
アイギスという得体のしれない存在に見えていた敵が、あの時突然、人間の空母や戦艦に見えたのだ。
「それはどうして?」
「どうして、ですか……。思い出してみると、あなたの魚雷に当たった直後ですね」
「やっぱりね。そもそも船魄への洗脳は、船魄を製造する技術の応用。艦が激しく損傷して激しいショックがあったら、偶発的に不具合を起こすことがある」
激しい精神へのダメージが結果的に洗脳を打ち破ることになったということだ。
「どう? 第五艦隊を沈まない程度に雷撃してみる?」
瑞鶴はからかうように言った。その返事は簡単に予想できるからだ。
「だ、ダメです! そんなこと、できません……」
「そう言うと思った。でも、だったらどうするの? 多分だけど、もう第五艦隊はあなたのことを敵だと認識している。説得なんて通じないのよ?」
「うぅ……」
妙高はつい先日まで敵が人類を脅かすアイギスであると疑いもしなかった。だから自分がそう認識されているのなら、洗脳を解くのは容易ではないだろう。
「で、でも、妙高は説得、試したいです! こっちから話しかけることができたら、もしかしたら、何か、変わるかも……」
「楽観論ね。大体、どうやって話しかけるって言うの?」
「それは……直接相手の艦に乗り込む、とか?」
「ふっ、相手は艦隊なのよ。重巡洋艦に過ぎないあなたが肉薄できるとでも?」
「だ、だから瑞鶴さんに助太刀をお願いしたんです! 瑞鶴さんならきっと、その隙くらいは作れるのではありませんか?」
「ほう? 言うじゃない」
「別に、いいんですよ、手伝ってくれなくても。その時は妙高が勝手に沈むだけです」
――妙高は何ということを言ってるんでしょうか……
瑞鶴が自分を味方につけたいことを見越して、自分を人質にして協力を迫っているのである。自分でも驚くくらい強気な態度だ。そして瑞鶴は、彼女の強い意志を読み取った。きっとこれについては押しても引いても曲がらないだろうと。
「分かった分かった。手を貸してあげる。但し、その後は私達に手を貸してもらうわよ」
「分かっています。この一回だけ、妙高に手を貸してくだされば、それで」
真実を知ってしまった者は嘘に従ってはいられないのである。
○
一九五五年四月九日、東京都麹町区、皇宮明治宮殿。
瑞鶴の出現は日本の上層部にもたちまち伝わっていた。急遽開かれた大本営政府連絡会議には、船魄という技術を開発した張本人、岡本平八技術中将も召喚されている。彼の現在の役職は海軍艦政本部第八部長で、第八部というのは船魄技術の研究を担当する部署である。
「岡本君、長年行方不明だった瑞鶴が、カリブ海に姿を現したそうじゃないか」
「ええ。そのようですね、石橋首相」
「ナ号作戦の為に長門をはじめとする最精鋭の艦隊を集めていたんだろう?」
「はい。我が国でも特に経験豊富な船魄が第五艦隊には集っていましたね」
「それがたった一隻のために撤退せざるを得なくなったのだな? にわかには信じ難いのだが」
「それも仕方ないでしょう。瑞鶴はこの世界で最も古く、そして最も強い船魄です。船魄の強さは概ね年功序列ですから」
一人で一個艦隊を翻弄するような船魄が戦場を誰の統制も受けずにうろついていというのは、あまりにも大きな不確定要素である。
「あれは君が最初に手掛けた船魄だろう。どうにかできないのかね?」
「はい。彼女は私の娘のような存在です。彼女については私が一番よく知っております」
「ふむ。具体的にはどうすればいい」
「彼女は私の娘。そしてとうの昔に親元を離れています。私にできることなど、何もありませんよ」
岡本中将は御前会議でも全くふざけていた。だが言っていることは嘘ではない。
「ふざけないでくれ」
「ふざけてなどいませんよ。それに、私はそもそも所詮はただの技術屋。戦術についてはからっきしなものでして。それを聞くなら軍令部の神様に聞けばよろしいのでは?」
「どの口が言うのだか。だが、だったら艦隊を増派するまでだね」
「カリブ海に追加で送れる艦隊などありましたか? 一応言っておきますが、本土防衛の第一艦隊はまだ不安定です。政治的にも本土を空白にするのは好ましくない。安易に動かすことはよろしくないのでは?」
帝国海軍の艦隊のほとんどは大東亜連盟防衛の為にドイツ海軍などと睨み合う仕事で忙しく、そう簡単に配置を換えることはできない。世界に手を広げ過ぎた弊害である。
「そうじゃない。ソ連海軍に手柄を分けてやるだけだよ」
「ほう。ソ連と言えば、スターリンの遺児ですか。日ソ同盟が初めてマトモに機能するのが見れるのでしょうかね」
今回はソ連に借りを作る形にはなるが、それくらいは安いものだと、石橋首相は判断した。
「しかし、これまで瑞鶴はどうやって生き延びて来たんだ? 岡本君、君はどう思う?」
「少なくとも船魄に関する知識を持った技術者と、船魄を整備できるだけの設備が必要でしょう。戦闘を行うとなれば、艦そのものや艦載機を整備できる人間も必要です」
「そういう人間を瑞鶴が手に入れたと?」
「そうとしか考えられません。人間の協力者、それも積極的に彼女を支援する者がいなければ、船魄が生きていくことは不可能です」
「ならば、誰が手を貸しているのかな?」
「私に聞かれても困ります。人間になど興味はありませんので」
石橋首相は一言「そうかね」とだけ応え、緊張した空気の中、この話題は一旦打ち切りとなった。岡本中将はさっさと明治宮殿を退出した。
○
一九五五年、五月二十二日、キューバ、グアンタナモ基地。
「ゲバラさん、ここ一ヶ月ほど、ありがとうございました」
「いいんだよ、妙高。真の革命家というのは、世界のどこかで誰かが被る不正を心の底から悲しむことができる者だと、常々言っているからね。僕自身もそうでなくては」
「な、なるほど……」
チェ・ゲバラ率いるキューバ軍の一部隊に匿われて一ヶ月ほど。妙高は瑞鶴の助けを受けて修理を済ませ、すっかり出撃できる状態に回復していた。明らかにキューバ軍の能力を超えている気もするが、妙高は気にしないことにした。
「調子はどうかしら?」
「はい、調子はばっちりです!」
「そう。第五艦隊が単独で行動している時は、こっちで調べておくわ。その時になったら出撃しましょう」
「あ、ありがとうございます……そこまでして頂いて」
「いいのよ。私もここ十年くらい、マトモな船魄と話してなかったから、話し相手になってくれたお礼よ」
瑞鶴も妙高を味方に引き入れたいからだけで動いている訳ではない。妙高にそれなりの好感を持っていたのだ。
「それで、その時というのは、いつくらいになりそうなんですか?」
「さあね。そんな遠くの計画までは調べられないから、直前にならないと分からないわ」
「そ、そうですよね」
「まあその間は訓練でもしておくことね」
「それは……もしかして、瑞鶴さんに教えてもらえるということでしょうか!?」
妙高は瑞鶴への恨みなどすっかり忘れ、興奮した様子で。長門より古株の、それどころかこの世界で最古の船魄。それに会えたというのは感動である。
「え、ああ……まあ、それもいいけど。どうせ暇だし。でも私は空母だし、あまり教えられることはないと思うけど」
「それでも、お願いします!」
結局、暇をしている間、妙高は瑞鶴の指導を受けることになった。空母と重巡洋艦では戦いの勝手があまりにも違い、瑞鶴にできることといったら艦載機を飛ばして妙高の対空戦闘の練習に付き合うくらいなものであったが。
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