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第二章 第五艦隊

激闘の果て

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「どうしたの、涼月ちゃん?」
『戦略兵器って……それを持ってる数が、国の力を示す兵器、です』
『ほう。なかなか勉強しているじゃないか』
『ひっ、な、長門、様……』

 涼月は長門の声に怯えてしまって黙り込んでしまう。

『いいんだ。軍規の上で答え合わせはしてやれないが、考察を続けてみてくれ。いや、聞かせて欲しいんだ』
『は、はい……。だ、だから、私達船魄は、戦略兵器そのもの、なんです』

 ある国家が保有する船魄の数、質。それはそのまま海軍力の指標となり、即ち国際的な発言力に結び付く。

「なるほど……。だけど、と言うことは」

 妙高は少しだけ嫌な予感がした。

『は、はい。だから、私達に匹敵する力が……長門さんの、中に』
『艦載兵器程度の大きさで、船魄に匹敵する力、ということですか?』
『高雄さんの言う通り、です』
「うーん…………」

 それだけ強大な威力を持った兵器。妙高はなんだか第六、第七艦隊よりとんでもないことをしている気がしてきた。

『それで? どうなんだ、長門? 涼月の予想は当たっているのか?』
『答えは言えんと言っただろう。だが、点数を付けるのならば80点と言ったところだな』
『おお、やったじゃないか、涼月』
『峯風ぇ……』

 峯風はほんのゲームとしか考えていないようだったが、妙高にはとんでもないことのように思える。それは恐らく涼月も同じだろう。と、その時だった。

『偵察。南南東300キロの未確認艦を確認。先日に見たのと同じもの』
『また来たか……。だが、気にかけている暇はない。全艦、気にせず前進せよ!』

 ただ遠くで浮かんでいるだけの艦に気を取られている暇はない。長門は計画に一切の変更を加えず前進を命じた。

『長門、未確認空母、離れず。速い』
『我々を追いかけて来るのか?』
『すまない。我の足が遅いばかりに』

 元々は大和型戦艦として設計された信濃。数々の近代改修で重量が増し、速力は精々26ノットほど。対して未確認の空母は35ノットほどの速度で第五艦隊を追いかけてきていた。

「た、高雄、これは……」
『私達を狙っている、のは間違いなさそうですね』
「じゃ、じゃあ……長門様、交渉を試してみてはいかがでしょうか!」
『交渉か。なるほど、面白い。一つ試してみるか』

 長門は救難信号も含んだ使える限りの周波数で空母に呼び掛けた。だが応答はなかった。

『応答はなし、か』
「す、すみません……」
『何を謝っている。しかし、応答がないのなら敵とみなすしかないだろうな』
「敵……攻撃、するんですか?」
『向こうが仕掛けてきたら、そうなるだろう』

 そう言った直後だった。

『長門、奴め、艦載機を出して来た。数は60ばかり』

 信濃の張り詰めた声に緊張が走る。

『やる気か……。全艦対空戦闘用意! 信濃は飄風を出せ!』

 長門は未知の敵との戦闘を決意した。仮に向こうにその意思がなかったとしても、そう見られる行動をした方が悪い。艦隊の安全が最優先なのだ。信濃の艦上戦闘機飄風は敵空母に向かって飛び、艦隊から離れたところで敵機の迎撃を開始した。

『何、だと、こやつら、ただ者では……うっ……』

 苦し気に呻き声を上げる信濃。それだけでただ事ではないと誰もが分かった。信濃が押されているのだ。それもかなり一方的に。

『す、すまぬ、敵が抜ける……』
『案ずるな、信濃。私が全て落としてやる!』
『私達のことも忘れるなよ』
『わたくし達も行きますよ』
「は、はい!」

 手を抜いていられるような余裕がないことは明らかだ。主砲には通常弾を装填し、全ての対空機関銃と高角砲、その他対空噴進砲などを敵編隊に指向した。ここで全てを落とし切るしかない。十分に距離を詰めると、長門は号令を発した。

『全艦、撃ち方始め!!』

 空が燃えた。爆炎は視界を覆いつくし、敵編隊をも包み隠した。その炎の中に更にありったけの対空砲火を叩き込む。

「お、落とした、かな?」
『いいえ……来ますよ、妙高!』
「そ、そんなっ!」

 10機ほどを撃墜することに成功したが、それだけだった。敵の戦力はまだ健在であり、けたたましいプロペラの音を立てながら艦隊に襲い掛かる。プロペラ機であるにも関わらずジェット機である瓢風を押しているとは、ただ者ではない。

『クッ……全艦、弾を惜しむな! ここで全て使い切っても構わん!』
「そ、そんなこと、言われても……!」

 そんなことは言われなくても。妙高は残弾を全て使い切る勢いで弾幕を展開しているが、敵機の動きはあまりに早く、全く追いきれなかった。

 その時、水面に大きな爆発が起こり、艦隊を衝撃波襲った。

『う、ぐっ……』
『長門ッ!!!』

 長門が被雷。艦を目に見えて分かるくらいに傾かせた。信濃は咄嗟に喉が一回で枯れてしまいそうな大声を出していた。

「な、長門様!?」
『案ずるな! 戦艦の私が、この程度では沈まん! それよりもお前達は自らを――』
『長門、敵が来る』
『今度は何だ!』
『北より、アイギスの艦隊』
『まさか奴ら、結託しているのか? しかしそんなはずは……』
『奴らは……我にも押さえられぬ』

 アイギスも艦載機を飛ばして来た。普段なら余裕だが、不明艦の相手で手一杯のこの状況でとても相手にできるものではない。

『長門、ここは退くべきだ。私達には、勝てん』
『そうです、長門。一旦退いて、態勢を立て直さないと!』

 峯風と高雄が撤退を進言する。この戦いをこのまま続ければ、第五艦隊はただでは済まないだろう。恐らく、誰かが死ぬ。或いは全員が死ぬか。

『……その通りだ。全艦撤退! 全速力で鎮守府へ――』
「高雄ッ!!」
『え?』

 その時、妙高は高雄に接近する雷跡に気づいた。高雄が自分で回避するのは間に合いそうもない。だから妙高はほとんど無意識に行動していた。

「うあああああ!! 痛いッ!!」
『妙高!?』

 妙高は高雄の身代わりになって被雷した。まるで体に大穴を開けられたような痛みが妙高を襲い、彼女は立っていられなかった。そして実際、妙高の右舷には大穴が開き、激しく浸水していた。

『妙高、大丈夫か? 妙高!』
「な、長門様、妙高は、何とか……あれ?」

 遠くに見えるアイギス艦隊。それがあったはずの場所には、第五艦隊と全く同じ、普通の艦隊が浮かんでいた。

『どうした? 動けるか?』
「いや……長門様、どうして、あそこに味方の艦隊がいるんですか……?」
『妙高……? 何を言っているんですか?』
「高雄……でも、あそこには確かに……」
『あそこにはアイギスしかいませんよ! きっと頭でも打ったのですの。とにかく、早く帰って入渠と治療を。長門、早く指示を!』
『…………』
『何を黙っているんですか!』

 長門は沈黙していた。決して通信機の故障などではない。彼女の息遣いだけが通信機から聞こえた。が、その時、妙高を更なる衝撃が襲った。

「いっ……あがっ…………」

 主砲塔に着弾。主砲が使い物にならなくなると同時に、妙高の意識は薄れていった。最後に、彼女を向いた長門の14cm単装砲が見えた気がした。

『妙高? 妙高!!』
『全艦聞け! 妙高は航行不能に陥った! 本来ならば敵に技術が漏洩するのを防ぐため、ここで雷撃処分しなければならないが……私にはそれはできない。だから、敵が妙高を捕虜として遇することに期待し、ここに置いていく』
『そんな! 待ってください、長門! だったら私が曳航します!』
『ならん! 重巡洋艦を曳航して逃げられるものか! 妙高はここに置き、残りの者は全速力で撤退する。私に続け! 意見することは許さん!』
『そん、な…………』

 長門にとって可能な限り部下を想った判断だった。この状況に関する長門の理解が正しいのならば、妙高は助かるはずだ。高雄には悪いと思いつつ、こうする他になかった。

 ○

 作戦は失敗に終わり、第五艦隊はプエルト・リモン鎮守府に帰投していた。

「妙高……そんな、私は、また…………」

 鎮守府に帰投して陸に上がると、高雄は膝から崩れ落ちてしまった。

「高雄、妙高は必ず帰って来る。だから泣くな」

 峯風は彼女を後ろから抱きしめた。

「あなたは鈴谷の時もそう言ったじゃないですか! でも、彼女は……」
「それは……」
「船魄として生まれたからには避けられない運命なのだ。高雄、受け入れろ。そして前に進め。妙高の分も」
「長門、そんな言い方はないんじゃないか?」
「そんなこと、私には…………」

 高雄は泣き崩れるしかできなかった。
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