上 下
40 / 376
第二章 第五艦隊

ナ号作戦開始

しおりを挟む
「高雄~、聞いて~」
「あらあら、どうしたんですか?」

 寝室で就寝の支度をしながら、妙高は高雄に先ほどの出来事の愚痴を零した。

「あらまあ、それはお気の毒に」
「それで、なんだけど、どう思う? 長門様、本当のことを言っているのかな?」
「どうでしょうね……。わたくしには判断しかねます。しかし、仰っていることに特別矛盾はないように思えますね」
「確かに。だったら、今日のあれは何なのかな?」
「もしかして、瑞鶴の幽霊かも。ふふふ」
「幽霊!? そ、そそ、そんな馬鹿な、あり得ないよ……」

 わなわなと震える妙高。この手の話題には弱いらしい。

「冗談ですよ。でも真面目に考えれば、瑞鶴が生きていた、ということになるかもしれません」
「生きていた……でも、海軍の公式記録では沈んだって」
「公式発表なんて信用できませんよ。第一、原子力空母なんてものが設計されている時代に、わざわざ瑞鶴なんかを模倣する理由が分かりません」
「確かに。うーん、何だったのかなあ…………」
「考えてもしょうがありませんね。しかし妙高、あなたも随分と艦隊に慣れてきましたね」
「え? そ、そうかな?」
「そうですよ。最初のおどおどしていた時とはまるで違います」

 高雄は妙高に近寄ると、その頭を撫でた。

「ちょ、ちょっと……それはどういう……」
「何でもないです。ただ、ちょっと、鈴谷のことを思い出してしまっただけです」
「妙高が来る前に沈んじゃった船魄……」
「はい。彼女の後をちゃんと継げたような気がして、私は嬉しいんです」

 鈴谷は高雄が第五艦隊に配属される前からいた船魄だ。だから高雄を育てたのは彼女なのである。そして今、妙高の教育係は高雄だ。

「それって、妙高は昔の高雄ってこと?」
「ふふ。そうなりますね」
「何か下に見られてる気分なんだけど?」
「いえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、いつまでも、一緒にいてくださいね」
「その話だったら、高雄は高雄の心配をしてよね」
「大丈夫です。私は死にません。さあ、もう消灯時間です。お休みなさい」
「あ、ねえ、高雄」
「どうしました?」
「たまには、一緒のベッドで寝ない? ダメかな?」

 妙高は照れくさそうに尋ねた。尋ねられた高雄も頬を赤く染めていた。

「え、ええ、構いませんよ。そうですね。一緒に寝ましょう」
「やったあ!」

 二人は同じ段に寝て同じ布団の中に入った。しかし、妙高は布団に入ると5分程度で眠りについてしまった。高雄としては呆気なさ過ぎて残念である。

「まったく。可愛いですね……」

 高雄は妙高の唇を人差し指でそっと撫でた。

 ○

 翌日。第五艦隊の面々は長門の執務室に集められた。

「な、何なのかな……」
「さあ。こんなことはわたくしも初めてです。あ、長門」

 長門は部屋の奥の扉から執務室に入って来た。そして机の後ろに陣取り、船舶達を見回した。

「さて、諸君にはこれより、連合艦隊より命じられた作戦を通達する」
「作戦? こんな仰々しいことまでして、ただの作戦の通達なのか?」
「そうだ、峯風。だがただの作戦ではない。第五艦隊はこれより、第六、第七艦隊と共に、ハイチに存在する敵基地を攻略、帝国海軍の活動領域を拡大することを目的とする、ナ号作戦に参加する」
「我らはこれより、初めてこちらから攻勢に出る。気を引き締めるべし」
「あら、信濃はもう作戦を知っていたのですか?」
「我と長門は管鮑の仲なれば」

 すました顔でそう言う信濃。

「ふん。艦隊の秩序も地に落ちたものだな」
「……そうだな。私の公私混同だ。すまない」
「我は……」
「そ、それで、作戦とは具体的にはどういったものなのでしょうか!」

 妙高は険悪な雰囲気を断ち切って長門に尋ねた。

「うむ。実のところ、我々は今回、攻略作戦そのものには参加しない。第五艦隊はハイチ攻略に必要な戦略兵器を輸送する」
「戦略兵器? 何だそれは?」
「中身は知らんでもいい」

 長門の声はいつになく冷ややかだった。長門からの明確な拒絶に、峯風はこれ以上問い質そうとも思えなかった。

「それでは長門、その兵器を輸送することだけが、わたくし達の任務なのですか?」
「そういうことだ。普段とは違う仕事だが、所詮は輸送任務に過ぎない。あまり緊張せんでもいい。特に妙高はな」
「は、はい!」
「では各自、出撃の用意を。武運長久を祈る」

 かくしてナ号作戦は決行された。

 ○

『偵察。周辺に敵影なし。海は静か』
『うむ。第六、第七艦隊が敵を引き付けてくれているはずだからな』

 長門に件の戦略兵器を積載し、第五艦隊は大洋を進む。信濃の目が届く範囲では敵の姿もなく、作戦は至って順調であった。今度の作戦は可能な限り敵と接触しないことこそ勝利の条件である。

「しかし……戦略兵器というのは一体……」

 長い航海に疲れて来た頃、妙高はうっかり心の声が口から漏れてしまった。

「あっ……」
『戦略兵器と言うからには、国家の命運を左右する兵器なんだろうな』

 峯風は答えた。戦略とはつまり、そういう意味だ。

『あ、あのぉ……』

 その時、通信機から聞こえて来たか細い声。たまにしか聞くことのできない涼月の声であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

処理中です...