上 下
39 / 326
第二章 第五艦隊

謎の空母

しおりを挟む
『あれは……空母のようだな。信濃、何か情報は拾えるか?』

 長門に言われ、信濃は祥雲を飛ばして正体不明の船の情報を探った。だが有益な情報は得られなかった。

『敵は空母。しかし、それ以上は分からぬ』
『何型かも分からないか?』
『それは……』

 信濃が珍しく言葉に詰まった。

『どうしたんだ?』
『我にはあれが翔鶴型航空母艦に見える』
「翔鶴型……」
『翔鶴? そんな馬鹿な。何かの見間違えだろう。奴らは沈んだ筈だ』

 翔鶴型航空母艦の翔鶴と瑞鶴。それはいずれも先の大戦で沈んだはずなのだ。

『ふん。そんな旧式の空母、最新鋭の私にかかれば――』
『馬鹿なことを言うな。それを言うなら私はどうなる』

 長門は峯風を鋭く制した。

『そ、それは……』

 長門の方が翔鶴型より昔に建造されたわけだが、今でも現役であり、艦隊の中核戦力である艦そのものが古いか新しいかというのは、船魄同士の戦争ではあまり関係がないのである。

『それに、空母の戦力は即ち艦載機の戦力なり』

 例え空母が古くても最新の艦載機を載せていれば脅威度は変わらないだろうと、信濃は言う。

『そ、そうだな。訂正する。舐めるべきではない相手だな』
「あ、あのぉ……」

 軽口を叩き合っているが、完全なイレギュラーに、艦隊は緊張に包まれていた。

『大丈夫ですよ。こういう時は長門に責任を押し付ければ』
『高雄お前……。まあ私が責任者ではあるのだが』
『不明艦、我より離れつつあり』
『そう、か。であれば連合艦隊司令長官に報告し、我々は帰投しよう』

 何だったのかは分からないが、艦隊にとって脅威となることはないようだ。追撃も監視もせず、第五艦隊は鎮守府へと帰還したのだった。

 ○

 その日、長門の執務室の扉を叩く者があった。長門が入室を許可すると、入ってきたのは郵便配達員である。鎮守府備え付けの郵便局からこうして電報を持ってきてくれるのだ。

「配達ご苦労」
「長門殿もお疲れ様です。それでは」

  封筒を開けて電報用紙に目を通す。発所は連合艦隊旗艦の和泉で、発信者はGF長官――つまり連合艦隊司令長官草鹿大将である。

「長門、内容はいかに?」

 信濃が問う。

「例のF兵器の運搬だ」
「随分と早い。我はもう2ヶ月はかかると思っていた」
「我が艦隊を作戦へ投入することは可能だと判断されたようだな」
「そうか。しかし、それでも本格的に攻勢をかけるには早いと思うが」
「政府も急いでいるのだろう。こんなときでも、ゲッベルスとフルシチョフが介入の機を窺っているのだ」
「そうか。しかし、ここで作戦の是非を論じても仕方がない」
「ああ、そうだな。私はただ連合艦隊の命令を実行するだけだ。もう連合艦隊旗艦の座は譲ったのだから」
「然り」

 ○
 
 ――どうしてこんなことに……

「一ヶ月は経つが、お前と風呂に入るのは今日が初めてだな」

 大浴場には長門と妙高、二人だけだった。妙高は委縮してしまって全くリラックスできなかった。広い浴槽なら離れて入ることもできるのに、長門は妙高の隣に陣取って来たのだ。

「何、そう緊張するな。風呂の中では我々はただの戦友だ」
「は、はい……」

 とは言えすぐに打ち解けられるものでもなし。長門も雑談というものは苦手なのか、困った顔をして黙り込んでしまった。妙高は話題を自らが提供せねばならないという義務感にかられ、無理やりにでも言葉を紡ぐ。

「あ、あの、長門様、今日のことなんですが」
「何だ?」
「作戦の最後に確認された未確認の空母のことです。翔鶴型と信濃が言っていましたけど、その二番艦の瑞鶴を、長門様はご存じの筈、ですよね?」
「ほう。よく勉強しているじゃないか」

 長門の眼光が鋭くなった。話題を間違えたと思いつつ、妙高はもう退くことはできない。

「確かに、そうだ。私と瑞鶴は帝国海軍の船魄としてアメリカと戦った。アメリカ海軍を壊滅し、主要都市を爆撃し、日本に勝利をもたらしたのだ。もっとも、私が目覚めた時には既に大勢は決していたのだがな」
「瑞鶴さんは、どういう方だったんですか?」
「難しい質問だな……まあ、粗野な性格だが、勇敢でいい兵だったよ」
「そして……瑞鶴さんは、どうなったのですか?」
「瑞鶴は沈んだ。サンフランシスコへ帝国軍が初めて上陸を仕掛けた時にな。アメリカの特攻機に沈められてしまったよ」
「そう、だったんですか……初めて聞きました」
「そうか。だが、私は生き残って上陸作戦も成功した。後はマッカーサーのクーデターでアメリカは崩壊し、日本の勝利だ」

 それは歴史の教科書に載っている通りのことだ。だが、だからこそ、今日のことが疑問なのだ。

「でしたら、今日のあれは一体」
「さあ、私にも分からん。翔鶴型を偽装したどこかの国の空母なのかもしれん。或いは信濃が単に見間違えたか」
「信濃がそんなヘマをするとは思えないのですけど……」
「私もそう思う。だから、どこかの趣味の悪い奴の仕業だろう。気にすることはないさ」
「そうだったらいいのですが……」

 どうも爆雷に触接するような話題だったようで、妙高は話題を切り替えることにした。

「あ、そう言えば、ここのお湯って内地の温泉から持ってきたと聞いたのですが、本当なのですか?」
「ああ、その話か。本当だ。私が軍令部への影響力を使って取り寄せたのだ」
「職権乱用……」
「使えるものは全て使うのが船魄の、いや武人のあるべき姿であろう」
「そのお言葉は素晴らしいのですが、ここで使われるとどうも……」
「まあ、気にするな。私と同じ艦隊に入れた特権とでも思っておくといい」
「分かりました。そうします……」

 高雄流の全ての責任を長門に押し付ける作戦を採ることにした。

「では、私はそろそろ上がろう。お前はまだ入っているのか?」
「あ、妙高はもう少しゆっくりとしようと思います」

 長門は風呂から出て行った。妙高は正直言ってもう出てもいい頃だったが、一人でもう少しゆっくりしたくて長居することにした。

「ふぅ……これでゆっく――あれ」

 その瞬間、戸が開いて誰かが入って来た。それは長い狐耳と尻尾を持ったいつとぼうっとしている小さな少女だ。

「おや、先客が」
「信濃、二人きりになるのは初めてだね」

 結局、信濃のせいで一人ゆっくりすることはできなくなってしまった。

「普段は服に隠れて見えないけど、尻尾、長いんだね」

 着物の中に隠しているが、その尻尾は足元に届くほどに長い。

「我の尻尾、か。空母は多数の艦載機を操る必要がある。故に、その制御装置たる尻尾も耳も大きくなるのはやむを得ず」
「なるほど。そういう意味が」

 信濃は尻尾を抱きしめながら、妙高から少し離れて浴槽に入った。結局、妙高がくつろげる時は来なさそうだ。

「時に、妙高」

 その時、信濃は極めて珍しく、自分から妙高に話しかけてきた。

「な、何?」
「高雄とは、上手くやっているか?」
「それはまあ、仲良くできていると思うけど」
「ならば、よい。重巡同士、仲は深めておけ」
「そ、そう……」

 それきり信濃は何も話しかけてこなかったし、沈黙に何らの気まずさも感じていないようだった。

「じゃあ、妙高は先に出るね。ごゆっくり……」
「ああ。我は暫くくつろぐ」

 何故だが全く気の休まらない夜だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ

俊也
ライト文芸
実際の歴史では日本本土空襲・原爆投下・沖縄戦・特攻隊などと様々な悲劇と犠牲者を生んだ太平洋戦争(大東亜戦争) しかし、タイムスリップとかチート新兵器とか、そういう要素なしでもう少しその悲劇を防ぐか薄めるかして、尚且つある程度自主的に戦後の日本が変わっていく道はないか…アメリカ等連合国に対し「勝ちすぎず、程よく負けて和平する」ルートはあったのでは? そういう思いで書きました。 歴史時代小説大賞に参戦。 ご支援ありがとうございましたm(_ _)m また同時に「新訳 零戦戦記」も参戦しております。 こちらも宜しければお願い致します。 他の作品も お手隙の時にお気に入り登録、時々の閲覧いただければ幸いです。m(_ _)m

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

神速艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
「我々海軍は一度創成期の考えに立ち返るべきである」 八八艦隊計画が構想されていた大正3年に時の内閣総理大臣であった山本権兵衛のこの発言は海軍全体に激震を走らせた。これは八八艦隊を実質的に否定するものだったからだ。だが山本は海軍の重鎮でもあり八八艦隊計画はあえなく立ち消えとなった。そして山本の言葉通り海軍創成期に立ち返り改めて海軍が構想したのは高速性、速射性を兼ねそろえる高速戦艦並びに大型巡洋艦を1年にそれぞれ1隻づつ建造するという物だった。こうして日本海軍は高速艦隊への道をたどることになる… いつも通りこうなったらいいなという妄想を書き綴ったものです!楽しんで頂ければ幸いです!

処理中です...