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第二章 第五艦隊
大浴場
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妙高と高雄が大浴場に向かうと、脱衣所に長門の姿があった。普段から軍服をきっちりと着こなした彼女ではなかなか拝むことのできない、一糸纏わぬ姿である。ちょうど上がったところらしい。
「な、長門様…………」
妙高は思わずその体を凝視してしまう。
「何だ? 私の裸に興味でもあるのか?」
「き、興味!?」
「冗談だ。大体、私だって風呂くらい入るのだ。当たり前だろう」
「そ、それはそうですよね」
長門は略装を纏うと、いつもの凛々しい様子で執務室に帰った。高雄と妙高は着物を脱ぎ、長門と交代に大浴場に入った。
「ああ~、いい湯です~」
「でしょう? 内地の温泉からわざわざお湯を届けさせているんですよ?」
「そ、そんな手間を?」
「長門が温泉好きですから、専用の輸送船を用意させているそうです。嘘か本当かは知りませんが」
「何ですかそれ……」
まあ湯がどこに由来するものかなど関係なく、激動の一日を過ごした妙高はすっかり力を抜いて湯に浸かっていた。
「共に同じ造船所で建造された重巡洋艦の一番艦――」
高雄は突然語り出した。
「そして今、わたくし達は同じ艦隊に配属されている。わたくしは運命論者ではありませんが、これには運命を感じざるを得ません。あと、妙高と高雄で同じ漢字がありますね」
「言われてみれば、確かに……。最後のは知りませんが」
妙高も高雄も生まれた場所は横須賀海軍工廠、そしてどちらも妙高型、高雄型の重巡洋艦の一番艦である。それが同じ場所にいるのは何かの縁なのかもしれない。
「奇縁を祝して、いいことを教えてあげましょうか」
「いいこと?」
「はい。それはね――」
高雄は妙高の耳元で囁く。
「長門、あの方は確かにわたくし達想いのいい人ですが、言うことは必ずしも信用してはいけませんよ」
「な、長門様を? どうしてですか……?」
「それはまた後程にでも。二人っきりになれる時はあまりありませんから、ほんの少しの助言を差し上げたつもりです」
高雄は微笑んだ。だがその笑みには何か暗いものが感じられた。
「さて、今の話は心の奥にしまっておいて。誰にも言わないでくださいね」
「わ、分かりました」
「と、誰か来ましたね」
ガラガラと戸を開けて浴場に入って来たのは峯風と涼月。こう見ると明らかだが、第三世代型の峯風は人間の少女と全く見分けがつかず、涼月の第一世代型としての見た目はよく目立つ。
「あら、峯風。お早い入浴ですね」
「今日は汗をかいたからな。しかし、4人が一斉にここにいるというのは珍しい光景だな」
「ですね」
風呂に入るタイミングは自由だ。6分の4が揃うのは珍しい。
「涼月さん、意外と、その豊満なお体を……峯風さんより大人っぽいと言うか……」
妙高は何も考えずに素直な感想を漏らしてしまった。だがその言葉は峯風にとっては結構ショックだったらしい。
「なっ……お前、私が子供っぽいとでも言うのか!?」
「い、いえ! そんなつもりはなかったんですが……」
「確かに、峯風は艦隊の船魄では一番小さいですからね。色々な意味で」
高雄がからかうように言う。
「……クソッ。事実は否定しないが、言い方というものがあるだろう」
「うぅ……私の、せい……?」
涼月は峯風の背中で泣き出しそうになってしまう。
「ち、違うんだ、涼月。悪いのはこの馬鹿どもで……」
峯風は咄嗟に涼月を抱きしめた。
――クッ……確かに大きい。
「そうなの……?」
「ああ、気にするな。よしよし」
「峯風ぇ……」
峯風は涼風の髪を洗いながら彼女をあやしていた。まるで親子のようである。
「な、仲がいいんですね……」
「駆逐艦の二人は何かと一緒に行動することが多いですから。重巡洋艦のわたくし達も、あれくらい仲良くなってもいいのですよ?」
高雄は色っぽい笑みを浮かべながら。演技だとしたら名演である。
「え、そ、それはどういう……」
「冗談ですよ。さて、わたくし達はそろそろ出ましょうか。あの子達も二人っきりになりたいでしょうし」
「あ、はい。出ましょう」
外の気温は真夏並みである。妙高も長風呂がしたい気分ではなかった。
「私達のことなら気にしなくても構わんが」
「い、いえ、大丈夫です。妙高ものぼせそうだったので」
「そうか。それならいいんだ」
風呂から上がり、着物を着てコーヒー牛乳を飲んで廊下に出た。
「そう言えば、案内された私室は二人で共用みたいなのですが、お相手は知りませんか?」
「ああ、それ、わたくしです。一緒の寝室ですね」
「おー! よろしくです、高雄さん!」
「ええ、よろしくお願いしますね。では早速、私室に参りましょうか」
暇な時の私室兼寝室。簡素な二段ベッドと椅子と机が二つずつしかないこの部屋が、妙高と高雄の部屋である。出撃時以外は基本的に暇なので、ここで時間の多くを過ごすことになるだろう。
「ベッドは上と下、どちらがいいですか?」
「どっちでもいいですが……」
「では下でどうぞ。そっちの方が楽でしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「うふふ、わざわざ感謝されるべきことではありませんよ。ところで、カスタードプリンでもいかがでしょうか」
「そんなものが!? 妙高、食べたいです!」
少々お待ちをと言うと、高雄は室内の冷蔵庫からプリンを二つと、スプーンを二つ持ってきて、部屋の中央にある机に置いた。妙高はゴクリと唾を吞む。
「い、いただいて、よろしいので……?」
「ええ。構いませんよ」
「それでは、いただきます!」
妙高はプリンを掬って口に運んだ。
「これも美味しいです! これも高雄さんが作ったのですか?」
「いいえ、これは輸入品です。わたくしが長門に頼んで、キューバから仕入れてもらったものです」
「キューバから、ですか。何と言うか、ここの生活へのこだわりは凄まじいですね」
「ここでは食事くらいしか楽しみがありませんから」
高雄は少し寂しそうに言った。
確かに船魄はほとんど何の制約も受けずにこの鎮守府で自由気ままに過ごしているが、あくまで鎮守府の敷地の中だけだ。自由にしたくても自由にできることは限られている。
「な、長門様…………」
妙高は思わずその体を凝視してしまう。
「何だ? 私の裸に興味でもあるのか?」
「き、興味!?」
「冗談だ。大体、私だって風呂くらい入るのだ。当たり前だろう」
「そ、それはそうですよね」
長門は略装を纏うと、いつもの凛々しい様子で執務室に帰った。高雄と妙高は着物を脱ぎ、長門と交代に大浴場に入った。
「ああ~、いい湯です~」
「でしょう? 内地の温泉からわざわざお湯を届けさせているんですよ?」
「そ、そんな手間を?」
「長門が温泉好きですから、専用の輸送船を用意させているそうです。嘘か本当かは知りませんが」
「何ですかそれ……」
まあ湯がどこに由来するものかなど関係なく、激動の一日を過ごした妙高はすっかり力を抜いて湯に浸かっていた。
「共に同じ造船所で建造された重巡洋艦の一番艦――」
高雄は突然語り出した。
「そして今、わたくし達は同じ艦隊に配属されている。わたくしは運命論者ではありませんが、これには運命を感じざるを得ません。あと、妙高と高雄で同じ漢字がありますね」
「言われてみれば、確かに……。最後のは知りませんが」
妙高も高雄も生まれた場所は横須賀海軍工廠、そしてどちらも妙高型、高雄型の重巡洋艦の一番艦である。それが同じ場所にいるのは何かの縁なのかもしれない。
「奇縁を祝して、いいことを教えてあげましょうか」
「いいこと?」
「はい。それはね――」
高雄は妙高の耳元で囁く。
「長門、あの方は確かにわたくし達想いのいい人ですが、言うことは必ずしも信用してはいけませんよ」
「な、長門様を? どうしてですか……?」
「それはまた後程にでも。二人っきりになれる時はあまりありませんから、ほんの少しの助言を差し上げたつもりです」
高雄は微笑んだ。だがその笑みには何か暗いものが感じられた。
「さて、今の話は心の奥にしまっておいて。誰にも言わないでくださいね」
「わ、分かりました」
「と、誰か来ましたね」
ガラガラと戸を開けて浴場に入って来たのは峯風と涼月。こう見ると明らかだが、第三世代型の峯風は人間の少女と全く見分けがつかず、涼月の第一世代型としての見た目はよく目立つ。
「あら、峯風。お早い入浴ですね」
「今日は汗をかいたからな。しかし、4人が一斉にここにいるというのは珍しい光景だな」
「ですね」
風呂に入るタイミングは自由だ。6分の4が揃うのは珍しい。
「涼月さん、意外と、その豊満なお体を……峯風さんより大人っぽいと言うか……」
妙高は何も考えずに素直な感想を漏らしてしまった。だがその言葉は峯風にとっては結構ショックだったらしい。
「なっ……お前、私が子供っぽいとでも言うのか!?」
「い、いえ! そんなつもりはなかったんですが……」
「確かに、峯風は艦隊の船魄では一番小さいですからね。色々な意味で」
高雄がからかうように言う。
「……クソッ。事実は否定しないが、言い方というものがあるだろう」
「うぅ……私の、せい……?」
涼月は峯風の背中で泣き出しそうになってしまう。
「ち、違うんだ、涼月。悪いのはこの馬鹿どもで……」
峯風は咄嗟に涼月を抱きしめた。
――クッ……確かに大きい。
「そうなの……?」
「ああ、気にするな。よしよし」
「峯風ぇ……」
峯風は涼風の髪を洗いながら彼女をあやしていた。まるで親子のようである。
「な、仲がいいんですね……」
「駆逐艦の二人は何かと一緒に行動することが多いですから。重巡洋艦のわたくし達も、あれくらい仲良くなってもいいのですよ?」
高雄は色っぽい笑みを浮かべながら。演技だとしたら名演である。
「え、そ、それはどういう……」
「冗談ですよ。さて、わたくし達はそろそろ出ましょうか。あの子達も二人っきりになりたいでしょうし」
「あ、はい。出ましょう」
外の気温は真夏並みである。妙高も長風呂がしたい気分ではなかった。
「私達のことなら気にしなくても構わんが」
「い、いえ、大丈夫です。妙高ものぼせそうだったので」
「そうか。それならいいんだ」
風呂から上がり、着物を着てコーヒー牛乳を飲んで廊下に出た。
「そう言えば、案内された私室は二人で共用みたいなのですが、お相手は知りませんか?」
「ああ、それ、わたくしです。一緒の寝室ですね」
「おー! よろしくです、高雄さん!」
「ええ、よろしくお願いしますね。では早速、私室に参りましょうか」
暇な時の私室兼寝室。簡素な二段ベッドと椅子と机が二つずつしかないこの部屋が、妙高と高雄の部屋である。出撃時以外は基本的に暇なので、ここで時間の多くを過ごすことになるだろう。
「ベッドは上と下、どちらがいいですか?」
「どっちでもいいですが……」
「では下でどうぞ。そっちの方が楽でしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「うふふ、わざわざ感謝されるべきことではありませんよ。ところで、カスタードプリンでもいかがでしょうか」
「そんなものが!? 妙高、食べたいです!」
少々お待ちをと言うと、高雄は室内の冷蔵庫からプリンを二つと、スプーンを二つ持ってきて、部屋の中央にある机に置いた。妙高はゴクリと唾を吞む。
「い、いただいて、よろしいので……?」
「ええ。構いませんよ」
「それでは、いただきます!」
妙高はプリンを掬って口に運んだ。
「これも美味しいです! これも高雄さんが作ったのですか?」
「いいえ、これは輸入品です。わたくしが長門に頼んで、キューバから仕入れてもらったものです」
「キューバから、ですか。何と言うか、ここの生活へのこだわりは凄まじいですね」
「ここでは食事くらいしか楽しみがありませんから」
高雄は少し寂しそうに言った。
確かに船魄はほとんど何の制約も受けずにこの鎮守府で自由気ままに過ごしているが、あくまで鎮守府の敷地の中だけだ。自由にしたくても自由にできることは限られている。
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