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第一章 大東亜戦記
瑞鶴と大和
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一九四五年七月十日、ポートモレスビー。
ニューギニア島を完全に制圧下においた帝国海軍は、その南部にある重要な港ポートモレスビーに、オーストラリア攻略に向けて通常戦力を集中させていた。船魄に頼らずとも作戦を成功させたいという、海軍のせめてもの意地である。
「小澤中将閣下、珊瑚海にて3隻ほどの敵艦を見ゆとの報告があります」
「3隻? どうしてそんな程度のことを私に報告するんだ?」
「それが、その3隻というのはいずれも空母のようで、どうしたものかと現地の木村少将から電信がありまして」
そんな極小規模な艦隊であるだけに、哨戒部隊が目視で確認するまで誰も気付かなかったのである。
「空母がたったの空母だけで動いているというのか……。信じられんが、確かに脅威ではあるな。万一にもここに向かってくるようであれば、いつでも迎撃できるように」
しかし敵は、誰の予想にも反して、本当にたったの3隻でポートモレスビーに攻撃をしかけてきた。そしてその敵は恐るべき存在だった。
「山城が沈んだ!」
「能代と高雄が大破したぞ!」
「敵機が来ます! 閣下、お逃げください!」
「そうか……。これが瑞鶴達を襲った敵か」
中将は何かを悟ったかのように、静かな声で呟いた。小澤艦隊の上空を飛び回る米軍機は帝国海軍の航空機を片っ端から撃ち落とし、対空砲火をことごとく躱し、逆に多数の爆弾と魚雷を艦隊に浴びせていた。
そしてついに、小澤中将の旗艦たる扶桑にも敵機は迫った。
「もうこの艦は持ちません! 閣下、どうかお逃げを!」
「司令長官は艦隊と共に沈むものなのだろう……。私は逃げも隠れもしないよ」
扶桑は轟沈し小澤中将は艦隊と運命を共にした。ポートモレスビー守備艦隊は大きな損害を被り、これを守る戦力は一時的になくなってしまった。
○
一九四五年七月二十五日、呉海軍工廠。
大きな損傷を負った瑞鶴と大和は呉海軍工廠へ戻り緊急修理を受けていた。その間のニューギニア島の防衛は連合艦隊と翔鶴が担うことになっている。
先の戦いで、瑞鶴の少女の体そのものへのダメージはない。どれだけ激しい痛みを味わっても、それはあくまで感覚だけだ。だから何か治療をする必要はないはずなのだが、彼女はまた寝室に閉じこもって出てこなかった。
「痛いのはヤダ……。お姉ちゃん……会いたい……」
これまでは艦載機が落とされただけだった。それでも十分に精神の負担になっていたが、今度は自分そのものである艦体を攻撃されたのだ。その時の激痛の記憶は頭にこびりついて、寝ても覚めても瑞鶴を苦しめていた。
「うーむ……困ったな……」
「岡本さん……」
扉の前に佇む岡本大佐と大和。大和は瑞鶴より多くの魚雷と爆弾を喰らったにも拘わらず、特に問題はなくいつもの調子でいた。
「君は丈夫なのだな。物理的にも精神的にも」
「ま、まあ……一応、大和は戦艦ですから……」
「そういう意味じゃないが……まあいい。やはりここは、帝国の希望である大和型戦艦一番艦、君を投入するしかないようだ」
「と、投入?」
「ああ。この絶望的な空気を放つ扉を開けるんだ」
「ふえぇ……。わ、分かりました……」
大和は意を決して戸をノックした。瑞鶴からは僅かに返事が返ってきたので、大和は病室にゆっくりと入った。暗い病室では、瑞鶴がベッドにうずくまっている。大和と視線を合わせようともしなかった。
「あのぉ……瑞鶴さん……」
「…………何」
見たこともないほど瑞鶴の精神は衰弱している。大和は自分にできることを何とかひねり出すしかなかった。
「大和、瑞鶴さんを慰めてあげたいです。ですから……その、抱きしめていいんですよ?」
――な、何を言っているんでしょうか私は……
自分の言葉に勝手に頬を赤くしながらベッドの隅に腰かけ、大和は反応を待った。
「や、まと」
瑞鶴はむくりと起き上がって大和に目を合わせた。
「ず、瑞鶴さ――っ!?」
瑞鶴は零式水上偵察機のような勢いで大和の小さな体に飛びつくと、その体を後ろから抱きしめて背中に顔をうずめた。大和の体温は姉のそれより暖かく感じられた。
「瑞鶴さん……」
「大和……やわらかい……このままでいて……」
「構いません」
静かな時間。瑞鶴には自分と大和の呼吸音、心音だけが聞こえた。しかし同時に、大和を抱きしめるだけでは収まらない何かが体から溢れ出すのを感じた。
「大和、こっちを向いて」
「え、ええ、構いませんが」
瑞鶴が腕を離すと大和は体を瑞鶴に向け、ベッドの上に正座する。次の瞬間、瑞鶴は大和の肩を掴んでベッドに押し倒した。大和はただただ目を白黒させていた。
「ず、瑞鶴さん、何を――」
「私を慰めてくれるんでしょう? 分からないとは言わせないわよ?」
瑞鶴は上気して、顔を赤くしながら言った。
「……そ、そういうこと、ですか。いいですよ。大和はきっと、それも任務ですから」
大和の任務は何としても瑞鶴を前線に復帰させることだ。だから、何を求められても拒絶はしない。
「じゃあ、遠慮しない」
「は、初めてなので、お手柔らかに……」
瑞鶴は大和の着物をずらし、彼女の小さな肢体が露になる。貧弱な知識と本能に従って、瑞鶴は大和の唇を奪い、大和の肌を撫でる。
ニューギニア島を完全に制圧下においた帝国海軍は、その南部にある重要な港ポートモレスビーに、オーストラリア攻略に向けて通常戦力を集中させていた。船魄に頼らずとも作戦を成功させたいという、海軍のせめてもの意地である。
「小澤中将閣下、珊瑚海にて3隻ほどの敵艦を見ゆとの報告があります」
「3隻? どうしてそんな程度のことを私に報告するんだ?」
「それが、その3隻というのはいずれも空母のようで、どうしたものかと現地の木村少将から電信がありまして」
そんな極小規模な艦隊であるだけに、哨戒部隊が目視で確認するまで誰も気付かなかったのである。
「空母がたったの空母だけで動いているというのか……。信じられんが、確かに脅威ではあるな。万一にもここに向かってくるようであれば、いつでも迎撃できるように」
しかし敵は、誰の予想にも反して、本当にたったの3隻でポートモレスビーに攻撃をしかけてきた。そしてその敵は恐るべき存在だった。
「山城が沈んだ!」
「能代と高雄が大破したぞ!」
「敵機が来ます! 閣下、お逃げください!」
「そうか……。これが瑞鶴達を襲った敵か」
中将は何かを悟ったかのように、静かな声で呟いた。小澤艦隊の上空を飛び回る米軍機は帝国海軍の航空機を片っ端から撃ち落とし、対空砲火をことごとく躱し、逆に多数の爆弾と魚雷を艦隊に浴びせていた。
そしてついに、小澤中将の旗艦たる扶桑にも敵機は迫った。
「もうこの艦は持ちません! 閣下、どうかお逃げを!」
「司令長官は艦隊と共に沈むものなのだろう……。私は逃げも隠れもしないよ」
扶桑は轟沈し小澤中将は艦隊と運命を共にした。ポートモレスビー守備艦隊は大きな損害を被り、これを守る戦力は一時的になくなってしまった。
○
一九四五年七月二十五日、呉海軍工廠。
大きな損傷を負った瑞鶴と大和は呉海軍工廠へ戻り緊急修理を受けていた。その間のニューギニア島の防衛は連合艦隊と翔鶴が担うことになっている。
先の戦いで、瑞鶴の少女の体そのものへのダメージはない。どれだけ激しい痛みを味わっても、それはあくまで感覚だけだ。だから何か治療をする必要はないはずなのだが、彼女はまた寝室に閉じこもって出てこなかった。
「痛いのはヤダ……。お姉ちゃん……会いたい……」
これまでは艦載機が落とされただけだった。それでも十分に精神の負担になっていたが、今度は自分そのものである艦体を攻撃されたのだ。その時の激痛の記憶は頭にこびりついて、寝ても覚めても瑞鶴を苦しめていた。
「うーむ……困ったな……」
「岡本さん……」
扉の前に佇む岡本大佐と大和。大和は瑞鶴より多くの魚雷と爆弾を喰らったにも拘わらず、特に問題はなくいつもの調子でいた。
「君は丈夫なのだな。物理的にも精神的にも」
「ま、まあ……一応、大和は戦艦ですから……」
「そういう意味じゃないが……まあいい。やはりここは、帝国の希望である大和型戦艦一番艦、君を投入するしかないようだ」
「と、投入?」
「ああ。この絶望的な空気を放つ扉を開けるんだ」
「ふえぇ……。わ、分かりました……」
大和は意を決して戸をノックした。瑞鶴からは僅かに返事が返ってきたので、大和は病室にゆっくりと入った。暗い病室では、瑞鶴がベッドにうずくまっている。大和と視線を合わせようともしなかった。
「あのぉ……瑞鶴さん……」
「…………何」
見たこともないほど瑞鶴の精神は衰弱している。大和は自分にできることを何とかひねり出すしかなかった。
「大和、瑞鶴さんを慰めてあげたいです。ですから……その、抱きしめていいんですよ?」
――な、何を言っているんでしょうか私は……
自分の言葉に勝手に頬を赤くしながらベッドの隅に腰かけ、大和は反応を待った。
「や、まと」
瑞鶴はむくりと起き上がって大和に目を合わせた。
「ず、瑞鶴さ――っ!?」
瑞鶴は零式水上偵察機のような勢いで大和の小さな体に飛びつくと、その体を後ろから抱きしめて背中に顔をうずめた。大和の体温は姉のそれより暖かく感じられた。
「瑞鶴さん……」
「大和……やわらかい……このままでいて……」
「構いません」
静かな時間。瑞鶴には自分と大和の呼吸音、心音だけが聞こえた。しかし同時に、大和を抱きしめるだけでは収まらない何かが体から溢れ出すのを感じた。
「大和、こっちを向いて」
「え、ええ、構いませんが」
瑞鶴が腕を離すと大和は体を瑞鶴に向け、ベッドの上に正座する。次の瞬間、瑞鶴は大和の肩を掴んでベッドに押し倒した。大和はただただ目を白黒させていた。
「ず、瑞鶴さん、何を――」
「私を慰めてくれるんでしょう? 分からないとは言わせないわよ?」
瑞鶴は上気して、顔を赤くしながら言った。
「……そ、そういうこと、ですか。いいですよ。大和はきっと、それも任務ですから」
大和の任務は何としても瑞鶴を前線に復帰させることだ。だから、何を求められても拒絶はしない。
「じゃあ、遠慮しない」
「は、初めてなので、お手柔らかに……」
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