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第一章 大東亜戦記
大和の初陣
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大和は週に一度くらいの頻度で呉を訪れた。何か目的があるわけではなく、他愛ない雑談を二、三十分ほどして帰るだけである。それが岡本大佐の考えた方針であった。
ある時、初めて戦いについての話をした。
「瑞鶴さん、戦いってどういうものなのですか?」
「どういうものって……その質問は大雑把すぎるね」
「ご、ごめんなさい……。では、瑞鶴さんは戦いが……怖い、ですか?」
「それは…………」
素直な気持ちを話そうか、先輩として見栄を張ろうか悩むが、素直に教えてあげた方が大和のためと思い、瑞鶴は心の内を打ち明けることにした。
「戦いは怖い。私の体は傷付かないけど、痛みと恐怖はしっかりと感じる。その感覚だけがあるせいで、余計に頭が混乱する」
「よく……分かりません」
「そうでしょうね。こればっかりは実際に戦ってみないと分からない」
「大和は……大丈夫でしょうか?」
「そうね、あなたが撃つのは砲弾だから、私よりはマシかもだね」
少なくとも艦載機を失って痛みを感じることはない。空母よりはまだ戦艦の方がいいのかもしれない。とは言え、彼女の姿を見て安心することはできなかった。
「でもあなたは、心配かも」
「やっぱり……」
大和はガックリと頭を下げた。弱弱しいのは本人にも自覚があるのだろう。
「まあ、何事も実際に戦ってみないと分からないものよ」
「な、なるほど……」
そしてその機会はすぐに訪れることになる。
○
時に一九四五年六月十三日、大和と瑞鶴が共に2ヶ月ほどの訓練を経た頃、トラック泊地にて。
「えー、諸君。軍令部はこの度、ニューギニア島の完全なる制圧を目的とする天二号作戦を発令した。君達には今回、ニューギニア島のアメリカ海軍守備艦隊を撃滅してもらうこととなる」
岡本大佐は木製のボロい椅子に座った瑞鶴と翔鶴と大和を相手に、黒板とチョークでほんの小規模な作戦説明を行っていた。船魄達は一般の兵士からは気持ち悪がられているし最高機密なので、人前に出す訳にはいかないのだ。
「いつも通りね」
「ええ。いつも通りにやれば、それでいいんですよ」
「大和、緊張します……」
五航戦にとっては何度目とも分からない実戦。大和にとっては初の本格的な実戦である。
「何か質問はあるかな」
「敵の戦力は?」
「うむ……今回の敵は――」
○
その1ヶ月前、アメリカ大統領官邸ホワイトハウスでのこと。
「チェスター、君に我が海軍の全てを託そう。我が軍の残存艦艇の全てをかき集めた連合艦隊だ」
ルーズベルト大統領はチェスター・ニミッツ海軍大将をホワイトハウスに呼んで激励していた。アメリカ海軍は既に複数の艦隊を編成できるような状態ではなく、1年前の日本海軍のように連合艦隊とは名ばかりの寄せ集めを編成するのがやっとであった。
「はい。この艦隊は我が国の希望です。必ずや、例の空母を討ち果たして見せましょう」
「例の空母とは、つまらない呼び方だな」
「では、どう呼ぶべきでしょうか」
「我々ブルックリン計画本部が掴んだ情報によれば、敵の名前は瑞鶴だ。但し他にも何隻か、我々の知らぬ艦も存在するようだが」
「ブルックリン計画は諜報もしているのですか?」
「もののついでだよ。この計画はそういう任務にも応用性があるのでね」
ルーズベルト大統領は不敵に笑った。ニミッツ大将には大統領のやり方が理解できなかった。
「それとダグラス、いいかね」
「あー、なんです?」
次に大統領はダグラス・マッカーサー陸軍大将に話しかける。
「君に預ける予定の艦隊だが、今回の作戦には間に合わないようだ」
「はい? じゃあどうしてブルックリン計画を待たずに連合艦隊を投入するんですか?」
「ニューギニアまで失うわけにはいかんだろう」
ニューギニア島まで失えばついに、ミッドウェイ海戦で押し戻す前の前線――日本軍の最盛期の勢力圏を日本軍が越えることになってしまうのだ。
「ニューギニアなど捨てても構わないでしょう。あんな小さな島のために最後の艦隊を捨てるつもりですかね?」
「ニューギニア島は結構広いぞ?」
「そういう話じゃないでしょう。既に日本軍の空襲で基地機能は壊滅してます。あんな島を保持する理由はありません」
「安心したまえ。チェスターが必ずや、瑞鶴を撃沈してくれるだろう」
「……そうですか。だったら頑張ってくれ、ニミッツ提督」
「お前に言われるまでもない、マッカーサー大将」
つまるところ今回の敵は、アメリカ海軍が通常兵器で瑞鶴を沈めるべく総力を挙げて編成した艦隊なのである。
○
一九四五年六月十五日、ニューギニア島沖。瑞鶴、翔鶴、大和とその随伴艦達は決戦の地に向かっている。
「敵艦隊は、戦闘艦艇を合計しておよそ二百隻。あんなに沈めてよくこんなに残っているなと言ったところだが、恐らくこれが最後の艦隊だろう」
「そう。なら、これで敵を殲滅したら戦争は終りね」
「そうだ。だが敵は、恐らく強力な対空砲を用意している。よって作戦通り、大和を先行させ敵の護衛艦を先に撃滅することとする」
「私達は掩護よね。分かってるわ」
瑞鶴の艦載機に対して対空砲火が一定の威力を持つのは既にアメリカ海軍も知っているはずだ。アメリカ最後の艦隊となれば、恐らくその密度はこれまでにないものだろう。そこで栗田中将は大和を前面に押し出した作戦を立案し、特に変更なくそのまま実行されることとなった。
「大和、聞こえるか?」
『は、はい。しっかりと聞こえています……』
大和の声が瑞鶴の艦橋に響く。船魄達が簡単に意思疎通できるように用意された特別製の無線である。
「いけるか?」
『い、いけます! 大和は大丈夫、です』
本当に大丈夫なのか甚だ疑問だが、岡本大佐には彼女を出撃させる以外の道はなかった。
「では大和、敵を殲滅してくれ」
『しょ、承知しました……!』
大和は艦隊から突出して全速前進を開始。その後方30キロメートル程度の距離に瑞鶴と翔鶴が追従し、大和の上空を瑞鶴の戦闘機が護衛する形になる。裸眼でもギリギリ互いを確認できるくらいの距離だ。まあ瑞鶴にその必要はないが。
ある時、初めて戦いについての話をした。
「瑞鶴さん、戦いってどういうものなのですか?」
「どういうものって……その質問は大雑把すぎるね」
「ご、ごめんなさい……。では、瑞鶴さんは戦いが……怖い、ですか?」
「それは…………」
素直な気持ちを話そうか、先輩として見栄を張ろうか悩むが、素直に教えてあげた方が大和のためと思い、瑞鶴は心の内を打ち明けることにした。
「戦いは怖い。私の体は傷付かないけど、痛みと恐怖はしっかりと感じる。その感覚だけがあるせいで、余計に頭が混乱する」
「よく……分かりません」
「そうでしょうね。こればっかりは実際に戦ってみないと分からない」
「大和は……大丈夫でしょうか?」
「そうね、あなたが撃つのは砲弾だから、私よりはマシかもだね」
少なくとも艦載機を失って痛みを感じることはない。空母よりはまだ戦艦の方がいいのかもしれない。とは言え、彼女の姿を見て安心することはできなかった。
「でもあなたは、心配かも」
「やっぱり……」
大和はガックリと頭を下げた。弱弱しいのは本人にも自覚があるのだろう。
「まあ、何事も実際に戦ってみないと分からないものよ」
「な、なるほど……」
そしてその機会はすぐに訪れることになる。
○
時に一九四五年六月十三日、大和と瑞鶴が共に2ヶ月ほどの訓練を経た頃、トラック泊地にて。
「えー、諸君。軍令部はこの度、ニューギニア島の完全なる制圧を目的とする天二号作戦を発令した。君達には今回、ニューギニア島のアメリカ海軍守備艦隊を撃滅してもらうこととなる」
岡本大佐は木製のボロい椅子に座った瑞鶴と翔鶴と大和を相手に、黒板とチョークでほんの小規模な作戦説明を行っていた。船魄達は一般の兵士からは気持ち悪がられているし最高機密なので、人前に出す訳にはいかないのだ。
「いつも通りね」
「ええ。いつも通りにやれば、それでいいんですよ」
「大和、緊張します……」
五航戦にとっては何度目とも分からない実戦。大和にとっては初の本格的な実戦である。
「何か質問はあるかな」
「敵の戦力は?」
「うむ……今回の敵は――」
○
その1ヶ月前、アメリカ大統領官邸ホワイトハウスでのこと。
「チェスター、君に我が海軍の全てを託そう。我が軍の残存艦艇の全てをかき集めた連合艦隊だ」
ルーズベルト大統領はチェスター・ニミッツ海軍大将をホワイトハウスに呼んで激励していた。アメリカ海軍は既に複数の艦隊を編成できるような状態ではなく、1年前の日本海軍のように連合艦隊とは名ばかりの寄せ集めを編成するのがやっとであった。
「はい。この艦隊は我が国の希望です。必ずや、例の空母を討ち果たして見せましょう」
「例の空母とは、つまらない呼び方だな」
「では、どう呼ぶべきでしょうか」
「我々ブルックリン計画本部が掴んだ情報によれば、敵の名前は瑞鶴だ。但し他にも何隻か、我々の知らぬ艦も存在するようだが」
「ブルックリン計画は諜報もしているのですか?」
「もののついでだよ。この計画はそういう任務にも応用性があるのでね」
ルーズベルト大統領は不敵に笑った。ニミッツ大将には大統領のやり方が理解できなかった。
「それとダグラス、いいかね」
「あー、なんです?」
次に大統領はダグラス・マッカーサー陸軍大将に話しかける。
「君に預ける予定の艦隊だが、今回の作戦には間に合わないようだ」
「はい? じゃあどうしてブルックリン計画を待たずに連合艦隊を投入するんですか?」
「ニューギニアまで失うわけにはいかんだろう」
ニューギニア島まで失えばついに、ミッドウェイ海戦で押し戻す前の前線――日本軍の最盛期の勢力圏を日本軍が越えることになってしまうのだ。
「ニューギニアなど捨てても構わないでしょう。あんな小さな島のために最後の艦隊を捨てるつもりですかね?」
「ニューギニア島は結構広いぞ?」
「そういう話じゃないでしょう。既に日本軍の空襲で基地機能は壊滅してます。あんな島を保持する理由はありません」
「安心したまえ。チェスターが必ずや、瑞鶴を撃沈してくれるだろう」
「……そうですか。だったら頑張ってくれ、ニミッツ提督」
「お前に言われるまでもない、マッカーサー大将」
つまるところ今回の敵は、アメリカ海軍が通常兵器で瑞鶴を沈めるべく総力を挙げて編成した艦隊なのである。
○
一九四五年六月十五日、ニューギニア島沖。瑞鶴、翔鶴、大和とその随伴艦達は決戦の地に向かっている。
「敵艦隊は、戦闘艦艇を合計しておよそ二百隻。あんなに沈めてよくこんなに残っているなと言ったところだが、恐らくこれが最後の艦隊だろう」
「そう。なら、これで敵を殲滅したら戦争は終りね」
「そうだ。だが敵は、恐らく強力な対空砲を用意している。よって作戦通り、大和を先行させ敵の護衛艦を先に撃滅することとする」
「私達は掩護よね。分かってるわ」
瑞鶴の艦載機に対して対空砲火が一定の威力を持つのは既にアメリカ海軍も知っているはずだ。アメリカ最後の艦隊となれば、恐らくその密度はこれまでにないものだろう。そこで栗田中将は大和を前面に押し出した作戦を立案し、特に変更なくそのまま実行されることとなった。
「大和、聞こえるか?」
『は、はい。しっかりと聞こえています……』
大和の声が瑞鶴の艦橋に響く。船魄達が簡単に意思疎通できるように用意された特別製の無線である。
「いけるか?」
『い、いけます! 大和は大丈夫、です』
本当に大丈夫なのか甚だ疑問だが、岡本大佐には彼女を出撃させる以外の道はなかった。
「では大和、敵を殲滅してくれ」
『しょ、承知しました……!』
大和は艦隊から突出して全速前進を開始。その後方30キロメートル程度の距離に瑞鶴と翔鶴が追従し、大和の上空を瑞鶴の戦闘機が護衛する形になる。裸眼でもギリギリ互いを確認できるくらいの距離だ。まあ瑞鶴にその必要はないが。
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