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本編
第7話 艦長室で………
しおりを挟むさて………アサマが佐世保へと帰投するにあたって、艦長である颯華の頭を悩ませる問題が2つあった。
1つ目は帰投航路の変更である。
本来のアサマが使うはずだった航海航路は、島原・天草方面の北を抜けるようにして長崎県の大村湾上空を通過、五島列島へと向かう航路である。これは最も最短航路であり、約1時間半(入港作業込み)で帰投出来る。
しかし、先程撃退した福連艦隊が既に無線連絡によって新たな追撃艦隊が動いている事は明白である。
このまま航路を変更せず航海を続ければ、福連の新たな追撃艦隊によって構築された哨戒線の網に掛かってしまう事を前提に考えなければ、アサマが第2のサワカゼに成りかねなかった。
そこで、航海長の八江と話し合い新たにアサマが使用すべき変更航路は3つ程考えられた。
『1つ目は宮崎県上空を通り、大きく南下して鹿児島県を迂回し、五島列島へと進む航路。』
『2つ目は鹿児島県桜島上空を通過し、そこから北上して五島列島へと進む航路。』
『3つ目は島原・天草方面の南を通過し五島列島へと進む航路。』
以上の3つである。
距離的には3番が2時間半、2番が3時間半、1番が4時間半の順で近いのであるが、福連の哨戒線を考えれば、発見され辛いのは1番、2番、3番であった。
安全策を第1に考えるのであれば、時間をかけてでも3番の航路を取るのだが、そうも言っていられない事情が2つ目の問題だった。
「すまないが律と理子、もう一度言ってくれ。」
「ですから、サワカゼ乗員に対する応急処置の為の医療品が足りません。」
「同じく、サワカゼ乗員に対しての毛布と艦外服が足りない。」
『西都律』と『戸賀理子』、アサマの看護長と補給長を担っている2人は、アサマ全乗員の縁の下の力持ちと言って良い少女達である。彼女達が居なければ、アサマは一週間も航海は出来ないだろう。それほど迄に彼女達2人は需要な存在であった。
鴉の濡れ羽色の髪を腰まで伸ばし、佐空のセーラー服の上から白衣を着る律。片眼鏡を掛けたその顔はクール系の女優と言っても過言ではない程に整っていた。
反対に理子はライトブラウンの髪をボブカットにしており、176cmのスラッとした長身はスポーツ選手の様であり、しっかり物のくせにやや天然な性格は皆からの信頼を勝ち取りやすいものだった。
「医療従事者の末端ではありますが、アサマの担い手として具申させて頂きますが、余り長期の航路は彼女達の為にオススメ出来ません。応急処置も満足に出来ず、体温の保温にも不安がある現状、なるべく早く入港して彼女達をきちんとした病院で診察させるべきです。」
本来、飛空艦の医務室には定員の50%分の医療品を常備するのが国際規定によって定められている。無論、アサマも国際規定に乗っ取り定員の50%、40人分の医療品が搭載してあるのだが、それではサワカゼ乗員約80名全員分の応急処置は不可能であった。
勿論、不足する理由は他にもあった。
サワカゼ乗員は幸いな事に1人も重症者は居らず、全員が擦り傷や打撲、酷い者でも避難中にラッタル(船舶の階段の事)から滑落して軽く頭から血を流す程度の軽症であった。
飛空艦の医務従事者は学生問わず一定の資格取得が義務付けられている為、医療品の中には飲み薬や鎮静剤、注射薬等の重症者用の医療品が多数を占めている。
此によって、今回必要だった包帯やガーゼの定数が圧迫されて減ってしまっているのも理由だった。
「艦外服は外に出ない機関科や補給科の子達から集めてるけどそれでも足りない。」
現在、サワカゼ乗員はアサマの航空機格納庫に集められている。
格納庫の直ぐ外に飛行甲板があり、一応格納庫シャッターを閉めているものの、鉄板1枚ではダイレクトに艦外の気温が伝わってしまい、格納庫内もそこそこ冷えきっていた。
艦内にある毛布、艦外服、可搬式ヒーターを持ち出し集めているものの、それでも全員分が暖まるには不足気味だった。
「わかった。サワカゼの艦長以下、士官要員についてはアサマ士官要員用の居住区に案内してくれ。そこならば幾分マシになるだろう。
理子、調理員に頼んで簡単なスープを作ってくれ。サワカゼ乗員にはそれで少しでも暖まって貰おう。
優子。」
「なーに?颯華艦長?」
「格納庫は使えん、瑞雲隊は先に佐世保へ帰投させろ。どの道瑞雲隊を収用する時間は無い。
格納庫シャッターは只今より開放禁止とし艦内との防水ハッチは常時開放、少しでも暖房が格納庫へ入るようにしてくれ。」
「了解!」
「………しかし、こうなると3番航路は使えん、サワカゼ乗員を考えれば時間が掛かりすぎる。
八江、仕方ないが2番航路で行くぞ。
取り舵一杯、進路180°両舷前進強速。浮遊機関出力70%、高度2万ftまで上昇しろ。」
「了解、取り舵一杯、進路180°両舷前進強速!浮遊機関出力70%、上昇高度2万ft!」
「律、理子。他にも何かあるか?」
「私からは特にありませんわ。」
「私も。」
「では、サワカゼ乗員の事を頼む。
私は少し自室で提出する書類を書いてくる。
何かあれば呼んでくれ。」
「「了解。」」
颯華は艦長席から立ち上がると、ゆっくりと艦橋から降りていく。無論、降りていく颯華に対して敬礼する八江達に答礼するのを忘れない。
艦長室は1つ下の甲板にある為、颯華はラッタルを使い下へと降りていく。
生憎、アサマにエレベーターなどと言う便利な物は存在しないのだ。
急勾配のラッタルを下れば、艦長室は直ぐ目の前にある。
艦長室のドアを開けて中に入って直ぐ、颯華は崩れるようにソファーへと座り込んだ。
「……………疲れた。」
アサマ艦長としての責務。
サワカゼを助ける船乗りとしての矜持。
そして、福連に対する個人的な怒り。
様々な感情が入り交じりったあげく、たった1つ溢れた言葉だった。
「………生徒会に渡す報告書を纏めなきゃ。」
各飛空士学校の艦長要員には、入港したならば航海演習中の様々な記録、改善事項を書類に纏め、飛空士学校の所属艦全てを指揮する生徒会へと報告書を提出する義務が定められている。
特に、今回の様な突発的実任務(訓練ではなく実働任務)が発生した際には特に細かく書かなければ成らなかった。
重たい腰を上げるように、ゆっくりとソファーから立ち上がった颯華は、コートをソファーへと投げ捨てる様に放り投げ、書類仕事用のデスクへと座った。
書類ではなく電子データなら楽なのだがなと、ペンを走らせながら颯華は愚痴る。
しかし、飛空士官育成の為に教育上パソコンによる報告書の制作、メールによる提出は許可されていなかった。
颯華も理解はしているのだが、やはり面倒くさい物は面倒くさかった。
一言も口を開かずに集中して作業している颯華。
無音の艦長室には、壁掛けのアナログ時計の針が動く音と、颯華の走らせるペンの音だけが微かに艦長室に響いていた。
…………コンコンコン
10分か、はたまた1時間か………
集中していた颯華に、ドアをノックする音が耳に入った。
一旦ペンを置き、息を吐きながら時計を見れば、未だ時計の針は30分程度しか進んでいなかった。
「入れ。」
ある程度身なりを整え、ドアの向こう側へと入室許可を出す颯華。
「入ります。」
ドアを開け、艦長室に入ってきたのは副長のアルマだった。
「失礼します、艦長。面会人をお連れしました。」
「面会人?」
敬礼しながらそう報告するアルマに答礼を返しながら、颯華は疑問を口にした。
ちらりとアルマがドアの外に目を向け、それに合わせて颯華もドアの外を見てやっとあぁ、成る程と納得した。
制服は佐空のセーラー服と違い、襟はパステルカラーの淡い青色に染め上げられ、同色のスカートに真っ白い1本線の入ったセーラー服。
着ている少女の幼さの残る顔と低めの身長も合わさって、高校生というより入学したての中学生の様に颯華は見えた。
「は、初めまして!鳥栖飛空士学校 飛空士官科1年、サワカゼ艦長の『画透奏』でしゅ!」
((………噛んだな)わね)
颯華とアルマ、アサマのツートップ2人はサワカゼ艦長の言葉を聞いて全く同じ事を考えてしまった。
顔を真っ赤にしてアワアワと焦っている画透と名乗った少女を見ながら、颯華はとりあえず艦長室の中へと案内することにした。
「とりあえず中へ入りなさい。アルマ、すまないが飲み物を頼む。」
「わかりました。」
足早に艦長室から出て行ったアルマを見送りつつ、画透艦長を艦長室内のソファーへと座らせた。無論、コートが投げ捨ててある席とは反対側である。
彼女が緊張しながらもソファーに座るのを見計らって、颯華も対面のソファーへと座った。
「さて、自己紹介の続きからしよう。
私はアサマの艦長を務めている、佐空 飛空士官科2年の宮藤だ。
キミがサワカゼ艦長と言うのは先程の自己紹介で把握したが間違い無いかな?」
「はひ!?
そ、そうでしゅ!」
颯華を前にしてどうやら彼女は相当緊張しているらしかった。
これには颯華も苦笑いだ。
「フフ………そう緊張することもない。例え学校や学年が違えど、私達は共に空に生きる船乗り同士だ。取って食ったりはせんよ。」
「む、無理です!?
憧れの佐世保女子飛空士学校の飛空艦に乗っておいて………ましてや命の恩人たる先輩に対して緊張しない方が可笑しいです。他にも!」
両手を体の前でブンブン振り回しながら無理ですと叫ぶ彼女を見て、颯華は再び苦笑いが出た。
「まぁ………無理にとは言わんが。」
ゴソゴソと、放り投げたコートからハーブシガレットを取り出す颯華。
その間にある程度落ち着いたのか、彼女は軽く深呼吸をすると改めて口を開いた。
「宮藤艦長。今日は我々サワカゼ乗員を助けて頂きありがとうございます。」
「構わない。救難信号を受信したから助けた。空の船乗りとして当たり前の事をしただけだ。
……流石に福連の連中が出てきたのには驚いたが……」
加えたハーブシガレットにマッチで火を着けると、紫煙と共に微かに甘いバニラの香りが艦長室に漂った。
「キミ達の学校についてもある程度把握している。佐空も他人事ではないしな。佐世保に着くまで、キミ達の安全は必ず保証する。」
「ありがとうございます。」
その言葉と共に頭を下げる彼女は、顔を下に向けたまま動かなかった。
1分ほど待っても動かない彼女を不審に思い、颯華は彼女に顔を近づけた。
「どうした?気分でも優れないのか?
なんだったら看護長を呼びd「あの………」どうした?」
颯華の言葉を遮り、今までとは違う震える様な暗い雰囲気の話し方で声を出した画透。颯華はハーブシガレットの灰を机の灰皿に落とすと、彼女の次の言葉を待った。
「…………宮藤艦長は怖く無かったんですか?」
その言葉と共に、颯華は深く紫煙を吐いた。
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