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本編

第4話 警告、そして決断

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「対空レーダー、新たな目標探知!」



サワカゼからの謎の『ニゲテ』と言う信号を受け取った直接、アサマは対空レーダーに新しい目標を探知した。
直ぐ様近くにいた副長のアルマがレーダー員のいるコンソールまで走り、その画面を覗き見る。


「この光点ブリッツがそう?」


アルマがレーダー員の横から見れば、確かに、PPI方式(自艦を中心にレーダー波がぐるぐる回るタイプ)のレーダー画面には3つの光点ブリッツが浮かんでいた。


「はい!所属不明艦アンノウン方位053°10海里!光点ブリッツから中型艦1、小型艦2と思われます!」


「近すぎるわ。高度は?」


「約1500457mft!
低高度で近づいてくる為レーダー探知が遅れたと思われます。」


「わかったわ。

以後、所属不明艦アンノウンをそれぞれBブラボーCチャーリーDデルタと呼称する。

測的しつつ、引き続き注意して見張って。」


低高度ではレーダー波が地上の建造物や山脈、海なら波やうねりに反射してしまい、遠距離での早期探知が難しくなる。
特に、アサマの対空レーダーは旧式なうえ、メインマストの天辺に対空レーダーが装備されている為、自艦より低高度の目標は死角になりがちだった。


「艦長、どうしますか?」


アルマは颯華に新たな所属不明艦アンノウン達に対しての方針を伺った。


BCD目標アンノウンは一般船舶かサワカゼの救難信号を聞いた応援の可能性もありますが。」


有明海の沖合いは北九州と鹿児島、沖縄を結ぶ内航航路が存在する。
BCD目標アンノウンはその航路を利用する飛空商船の可能性や、アサマと同じようにサワカゼの救難信号を無線で聞いて駆けつけた救助艦艇の可能性があったからだ。

颯華は暫し無言で考えた後、レーダー員に対し口を開いた。


「レーダー、電子海図チャート敵味方校識別装置ISFFは受信できるか?」


敵味方校識別装置ISFF船舶自動識別装置AIS共に受信出来ずノーシグナル!」


「………………妙だな。」


一般的に、船舶自動識別装置AISはAutomatic Identification System の略で、洋上船舶や、飛空艦艇の識別符号、種類、位置、針路、速力、航行状態及びその他の安全に関する情報を自動的にVHF帯電波で送受信し、船舶局相互間及び船舶局と陸上局の航行援助施設等との間で情報の交換を行うシステムの事をさす。

自動と付く通り、人為的に電源を落とさない限り、AISの情報は必ず受信出来る様になっている。

これを切ると言うことは余程の馬鹿者か、それとも………



「コクブイでBCD馬鹿者共とコンタ……!?

総員!衝撃に備え!」


視界の端で何か光るものを見た颯華は咄嗟にそう、号令した。

次の瞬間、アサマの周りで大爆発が複数起こったかと思うと、強烈な揺れがアサマを襲った。



「「「「「きゃぁ!?」」」」」



突然の出来事に慌てる艦橋内。中には座り込んでしまう者までいた。
爆発は直ぐに収まり、その後再び起こることは無かったが、それでも艦橋内の全部がこの状況を把握するのに暫し時が必要だった。


「い、今のって……」


「砲撃?」


ある程度落ち着いた頃、アルマと夏美は示し合わせたかのように呟いた。


「………損害報告ダメージレポート!」


颯華の一声で、慌てて皆がアサマの状況を確認する。

「艦内各部異常無しオールグリーンです艦長!」


「こちら機関室、何があったかは知らんが釜は無事だ。」



機関室については、艦橋にある直接電話を通じて機関長の圭が異常が無いこと知らせてくれた。
そうして、
艦内電話にて各配置員と調査してアサマに被害が無いと分かると、颯華は1つ安堵の溜め息を漏らした。


「………そ、颯華艦長、どうして私達は砲撃を?」


「………さぁな。


しかし、直ぐにでもBCD目標奴さん達が答えてくれるだろうさ。」


普段は活発な優子だが、実は恐いモノが大の苦手であった。
砲撃を受けると言う未知の恐怖に襲われ、立てなくなったのだろう。座り込んでいた優子は颯華のコートを弱々しく握り絞めながら颯華に質問する。

颯華はそれに答えながら、目視でも見えるほど近づいてきた元凶のBCD目標馬鹿者を睨んだ。


「うそ………何でこんな所に『福連』がいるの。」


福連

正式名称は福岡飛空士学校連合ふくおかひくうしがっこうれんごう
普通、飛空士学校は1県に1~2校しかないのだが、福岡は私立も含め8校もの中小飛空士学校が存在する。
それぞれの規模は他県の飛空士学校に劣るものの、福岡の飛空士学校はそれぞれが協力して領内航路を拡げるため1つの連合を作った。それが福岡飛空士学校連合なのだ。

そして、佐空にとっても因縁の相手だった。
十数年前の『佐世保湾奇襲』において、最も参加艦艇を出し、佐空の領内航路を荒らし、奪ったのが福連なのだ。
ハッキリ言って、颯華達佐空の飛空士にとって敵にも等しい連合だった。



BCD目標福連艦艇より無線受信コンタクト
音量上げます!」



『ザ…………こちらは福岡飛空士学校連合FHCS第2哨戒艦隊。佐空艦艇に告げる。
直ちにサワカゼを此方に明け渡し、現空域より即刻退去せよ。異論は認めない。
繰り返す………』


同じ内容を二度ほど流した後、直ぐに通信は切られた。



「なによそれ………!」


「後から来た癖に好き放題いいやがって!」


優子と夏美の言葉は最もだろう。
いきなり砲撃してきたと思ったら、サワカゼを渡してお前達は帰れと言ってきてるのだ。寧ろ怒りや呆れが出ない方がおかしいだろう。

しかし、福連あちらは3隻なのに対し、こちらはアサマ1隻だけ。
3対1と、圧倒的に向こうが有利なうえ、福連艦艇はその主砲を既に此方に指向させていた。


火気管制装置FCSのロックビームはまだ検知されていませんが、断ったら撃つ気満々ですね……あれ。」


半ば他人事のように呟くアルマ。その表情はやはり福連に対して思う所が有るようだ。


「八江、福連艦艇奴さんの艦が何か分かるか?」


「……分かりますよ。

サワカゼと同じアサカゼ型飛空駆逐艦2隻に、旗艦はどうやらミクマ型2等飛空巡洋艦軽巡洋艦ですね。
どうしますか?哨戒艦隊と言ってますが、あの規模はどう見たって通商妨害艦隊ですよ、あれ?」


八江も、やはり呆れながら(というか投げやりに)報告してきた。


「……どうしたもんかなぁ」


そう返事しながらも、颯華は福連の自称哨戒艦隊を観察した。


どの艦艇も、船体は綺麗に整備がされている様だったが、煙突すら汚す大量の排煙の煤が甲板に舞い落ち、主砲には先程の砲撃だけでは消してつかないで有ろう大量の発射痕と、砲口には焦げ後と火薬の煤がついている。


(船体をあれ程綺麗に整備する奴らが主砲や煙突の整備を怠るだろうか?)


そう、あれではまるで何処かに奇襲したばかりのような………


そう思考した所で、颯華はある予想がたった。
それならば、福連奴らがサワカゼを狙うのも辻褄が合うからだ。



「八江、確か鳥栖空は毎日朝にホームページを更新していたな?」


「よく知ってますね艦長?
確かに鳥栖空はその日の実習プログラムなどを毎朝更新していますけど。」


「少し調べてくれないか?」


「しょうがないですね。」


そう言いながら、革製のショルダーポーチから大きめの携帯端末を取り出す八江。
サッサッと軽やかに調べていくのだが、ある時から指が止まってしまった。


「あれ?おかしいですね。

今日は更新されてないみたいです。」


ほら見て下さい、といいながら渡された携帯端末を見れば、確かに日付は昨日から更新されていなかった。


「珍しいですよね。鳥栖空って休日でも毎朝更新するのに。」


そう、首を傾げる八江。
他にも鳥栖空を知っている艦橋内の人間も確かにと頷いていた。


(やっぱりか……外れていて欲しかったが)


颯華は、自身の考えが当たっている事を呪った。


「八江、新鳥栖駅のリアルタイム映像を調べてくれ。」


「いいですけど、何なんですか急に?」


「良いから早く!」


颯華の剣幕に押され、直ぐに調べ始める八江。

新幹線用の駅として作られた佐賀県唯一の新幹線駅である。
新鳥栖駅内の窓からは鳥栖空の実習飛空艦が出入港する姿が良く見え、JR九州と鳥栖空との間で協力してリアルタイム映像として鳥栖空と新鳥栖駅の映像をネットで公開されている筈だった。



「な………何ですかこれ!?」


どうやら検索して見つかったらしいライブ映像を見て、八江は驚きの声を上げた。
なんだなんだと詰め寄った艦橋内の皆も、そのライブ映像を見て絶句した。

そこに写っていたのはいつも通りの新鳥栖駅。

そして火と黒煙に包まれた鳥栖空の陸上港の姿だった。

全ての飛空艦はズタズタに引き裂かれ、地上に倒れ伏し。

港は幾つもの大穴が空き、クレーンが横倒しになっている。

壊れた対空砲が当たりに散乱し、人の気配は殆ど無かった。



「そんな……」


思わず声を上げたのはアルマだったか。
皆、鳥栖空の惨状に唖然としていた。


「やっぱりか……最悪だな。」


「か、艦長は気づいてたんですか!?」


「気づいた……と言うよりもしかしたら、という方が正しいかもな。

福連奴らの船を見てみろ。甲板と煙突は排煙の煤だらけ、主砲は明らかに何十発と撃ってる。
どう見たって、1戦やらかした後。
しかし船体は傷1つ無い綺麗なままなのはただやらかしただけじゃ説明が出来ない。
これらの理由とサワカゼの損傷を見りゃ、福連奴らが鳥栖空を奇襲したんじゃないかって思ったのさ。」


……当たって欲しくはなかったけどね。



そう言った颯華の顔はとても険しかった。



「しかし、福連は既に大分、熊本との2正面で争ってるんですよ!?
ここで更に戦線を増やすなんて!」


福連奴らの考えなんて流石に分からないよ。福連奴らが単なる馬鹿な成り上がり者アップスタートなのか、何か秘策が有るのか知らんが奴らが鳥栖空を奇襲した事実は変わらない。」



「…………艦長の考えが当たっていたとして、このままサワカゼを引き渡したら……」


「乗員はやや手荒だが助かるだろうね。
福連奴らだって人殺しにはなりたくないだろうしさ。
けど、サワカゼはここで沈められ、鳥栖空は最後の飛空艦を失いだろう。
そうなりゃ鳥栖空の領内航路は事実上福連奴らの物だ。」



「そんなの駄目よ!
鳥栖空は我が校佐空の数少ない友好校なんだよ!?
それをただ見捨てるだなんて!」


夏美が大声で叫ぶ。夏美だけじゃなくアルマや他の士官要員や飛空士要員までもが頷いていた。

鳥栖空は、佐空にとって大切な友好校だった。佐空生徒にとっては悪夢の『佐世保湾奇襲』後、墜ちていく佐空に手を差し伸べ続け、自身も少ない飛空艦の1隻を佐空へと譲渡したりと、おしみない支援をしてくれていた。

ここでサワカゼを明け渡せば、確かにアサマは穏便に佐世保へと帰港出来るかも知れない。
しかし、それをしてしまったら最後、鳥栖空は最後の翼を失い2度と空へと戻れないだろう。
そして、佐空は今までの大恩に泥を塗った本当の『墜ちた総本家』となってしまう。


颯華は今一度サワカゼを見た。


微速で進んでいた為ようやくサワカゼの真横を通っているアサマだが、サワカゼからの発光信号『ニゲテ』は未だに続いていた。

サワカゼの乗員はあの状態になってもなお、我々アサマを守ろうとしてくれていたのだろう。

真横まで近づいた為に、発光信号を送る少女の姿が肉眼でもハッキリ見えた。
顔を煤で汚して、恐怖からか体は震えて要るのにその手はずっと『ニゲテ』と送り続けている。


颯華はコートからハーブシガレットを取り出し、マッチで火を着けた。
深く息を吸って、ハーブシガレットの煙を肺一杯にいれる。
メンソールに似せたスッキリした煙が、颯華の思考をクリアにした。
煙を吐き出して、颯華は皆に向き直った。


「八江、艦内マイクを」


無言で渡された艦内マイクをそっと口元へ運び、颯華は覚悟を決めた。


「……………艦長より達する。
皆も恐らく聞いて入るだろうが、今朝鳥栖空が福連の奇襲を受けて壊滅的被害を受けた。
そして、鳥栖空最後の飛空艦サワカゼを福連奴らは我々に引き渡せと言ってきた。

諸君。我々はどうするべきか?
大人しくサワカゼを明け渡すべきか?
恐怖と立ち向かい我々に『ニゲテ』と送ってきた勇敢な乙女達を置いて鼠の様に逃げ去るべきか?

否だ。

我々栄光ある佐世保女性飛空士学校は友好校を断じて見捨てない!

諸君、決してあの勇敢な乙女達の翼を奪わせては成らない。

『義ヲ守ッテ・伝統受ケ継ギ・未来ヲ翔ヨ』

だ。

本艦はこれより福連哨戒艦隊をボギーと認識、サワカゼ護衛の為以て此を撃滅する!


総員対艦戦闘、合戦準備!」




『義ヲ守ッテ・伝統受ケ継ギ・未来ヲ翔ヨ』

これは佐空が代々守ってきた見えない象徴だった。

己の正義を守り、伝統を受け継いで未来へと羽ばたけ。

勢力図では圧倒的に不利で、『墜ちた総本家』と呼ばれる佐空だが、それでも少ないながら入学生がいるのは卒業生がこの言葉を守り、社会で活躍しているからだった。


「よっしゃ!

皆やるよぉ!」


艦内マイクを切った時、真っ先に声を上げたのは夏美だった。
それに続き、皆自分の役目を果たさんと世話しなく動き始めた。


『各機銃座、合戦準備よし!』

『21~24番砲、合戦準備よし!』

『第1、第2空雷発射管、合戦準備よし!』

『機関科、いつでも釜の準備は出来てるぞ』

『船務科、合戦準備よし!』


各配置から対空戦闘用意よしの合図が艦橋に上がってくる。
それを取りまとめるアルマを見ながら、颯華は優子に話かけた。



「優子、航空隊の準備はどうなっている?」


「砲撃のせいで一端中止したけどもうすぐ終わるよ。」


「わかった。優子はこのまま航空管制室に行ってくれ。」


「了解!」


敬礼をして艦橋から降りていく優子を見送り、颯華は左ウィングでサワカゼを見ている雪奈に声をかけた。


「雪奈。サワカゼに発光信号を送ってくれ

内容は………」



「………ん、まかせて。」



「頼むぞ。」


ひそひそと雪奈に耳打ちし、それに了承した雪奈。
後を雪奈にまかせると、颯華は元の艦長席へと座った。
見渡せば、雪奈を除いた艦橋の全員が手を止め颯華を見ている。



「いくぞ。

両舷前進最大戦速!面舵一杯進路056°!

左砲雷激戦用意!」




























side????





佐空の船が増速してる。
やっと信号が伝わったんだ。

佐空の船はこれで大丈夫。


大丈夫、これは私達の戦いだから……


「………艦長……蒸気機関出力低下。
蒸気圧力上がりません……浮遊機関維持が限界です。」


佐空の船を見送っていると、艦橋から煤まみれの副長が出てきた。



「………そう………武装は何か残ってる?」


「13番砲の左舷砲と空雷が1本だけです……他は全て……」


「そう……ありがとう。」


「私達はこれからどうすれば……」


泣きそうな顔で震えながら私を見る副長。正直福連の船にはこのサワカゼじゃ勝てない。

私だって怖い……

けど


「………佐空の皆を巻き込んだら駄目だから」


これは私達鳥栖空の戦いだから。


「あ、艦長!あれを!」


副長が何かに気づいたのか佐空の船を指差した。振り替えって見れば、佐空の船から発光信号が送られて来ている。



『本艦ハコレヨリ、福連哨戒艦隊ヲ敵ト認識、サワカゼ護衛ノ為以テ此ヲ撃滅セントス』



視界が滲む。
なんで、あんなに『逃げて』って送ったのに。
佐空の船は関係無いはずなのに。
3対1と、とても不利な状態なのにあの船は私達の為に立ち向かって行くのだろうか……


「………本当に佐空の人って変わらない」


卒業した先輩の言うとおりだ。

『墜ちた総本家』と呼ばれても

彼女達は変わらない。



『蒼空の乙女達』



それが佐空の本当の渾名。

義を重んじる。空舞う戦乙女。


溢れる涙が頬を伝う。けど、恥ずかしくなかった。

副長も泣いていた。

甲板に出ていた皆も泣いていた。

泣いて、笑いながらあの船へと帽子を振る。





……どうかあの乙女達に空の微笑みを
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