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本編

第1話 航路警備隊ーRoute Guardー

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2020年4月某日


九州は有明海。世界一干満差の激しいこの海の沖合いに、1隻の飛空艦が浮かんでいた。

全長185.3m、全幅18m、排水量1万tのこの中型飛空艦は、暗灰色と暗めの赤で塗装され、蒸気タービンの黒煙を空に放ちながら、北西へと舳先を向け時速120ノットの巡航速力で進んでいる。


『1等特務飛空巡洋艦 S501アサマ』

それがこの船の名前であり、この物語の舞台でもある。



「ねぇ、八江ちゃん。後どのくらいで佐世保に帰れる?」


「そうねぇ……大体1時間位かしら?
夏美は何か予定でもあるの?」


「うぅーん………予定は未定かな?」



アサマの艦橋の中で、2人の少女が話ていた。

八江と呼ばれた少女の名は『西村 八江(にしむら やつえ)』

ややウェーブのかかった髪型と168cmの高めの身長がトレードマークの少しおっとり感のある女の子。

逆に、夏美と呼ばれた少女の名は『佐間 夏美(さま なつみ)』

こちらは八江と違って右側でサイドテールにした髪型と小柄な身長をした快活そうな女の子だった。

何故、巡洋艦に少女達が乗っているのか?
それは少女達の入学している学校が特殊な為である。


『佐世保女子飛空士高等学校』


通称『佐空さくう』と呼ばれているこの学校は、飛空艦(通常の飛行船と分ける為に浮遊機関搭載艦はこう呼ばれている)が重要視されている世界情勢において、優秀な飛空士官(軍隊で言う准尉~将の階級)と飛空士(士官以下の水兵)を育成するために1958年に全国各地に設置された飛空士養成学校の1つである。


特に、旧帝国海軍の主要軍港を再活用した『佐世保』『横須賀』『呉』『舞鶴』の4校は最初期に開校された老舗名門校とも言うべき学校で『あった』。


「にしてもさぁ、佐空も墜ちたもんだよねぇ………今じゃウチみたいな商船改装巡洋艦が領内航路の警備艦隊の主力だなんてさ!
最盛期なんて戦艦や空母だってあったのに……」


「仕方ないじゃない。新鋭艦を揃えてる横空(横須賀)や呉空に入学希望者を盗られて生徒数も減ったのよ。
おかげさまでオーバーワークで機関が故障して稼働艦は減るし、クラスは定員割れするし、佐空の領内航路は他校に荒らされるから余計人も入学しに来ない悪循環だもの。」


予算もないしね………

そう言って八江は苦笑いをした。


「チェ………今じゃ佐空は『墜ちた総本家』って言われるしさぁ。
佐空だって良いところ一杯あるのに……」



飛空士学校において、領内航路はとても重要なものである。言ってしまえば、それは国家の領土、領海に例えられる程に重要なものだ。

領内航路が広ければ広いほど、優秀な飛空士を養成するための演習プログラムが多く組めるし、領内航路上の町や港に入れば飛空士学校にとって多きな宣伝効果も見込める。また、自前で飛空艇(1~10人乗り程度の小型飛空艦)を持っていない学生は休暇の際には領内航路の定期飛空船で各実家へと帰る為、領内航路の拡張及び治安維持は各飛空学校の課題であった。

かつて佐空も最盛期に開校された強みと老舗名門校としての実力を遺憾無く発揮し、九州全土はおろか、1部本州地区にまで領内航路を広げていた。

しかし、十数年前に呉空を旗持ちとした九州の中小飛空学校連合からの奇襲攻撃を受け、佐空の主力艦はその殆どが空の藻屑となってしまった。
敗北した直後は『Remember  Sasebo Harbor佐世保湾を忘れるな』を合言葉に頑張っていたが、度重なる襲撃を受けて最早かつて存在した栄光の佐空連合艦隊は見る影も無くなっていた。
今では、アサマを始めとした数隻の1等及び2等巡洋艦と多数の旧式駆逐艦しか残っていない。領内航路も長崎県と佐賀県の1部のみが僅かな領内航路として残っているだけであった。

それゆえ、佐空に着いた渾名が『墜ちた総本家』。佐世保から始まった飛空艦の歴史を貶める厄介者扱いであった。



「私達の船(クラス)も定員割れしてるし。これからどうなるのかなぁ………」


アサマの定員は80名1クラス分、しかし実際には入学生の減少から60名ほどで何とか回しているのが現状だった。

やや寂しそうに呟く夏美に、八江はどう声をかけて良いのか迷った。
普段から明るく人一倍元気な夏美だが、彼女は幼い頃に偶々実家近くに寄港していた佐空の巡洋艦を一般公報で見た時から佐空に強い憧れを持ち、高校受験も迷うこと無く佐空を受験した事は八江も知っていた。

八江と夏美は佐空に入学してから知り合いであり、今は当直ワッチ外で艦橋に居ない八江の幼馴染と3人で良く遊んでいた。
まだ1年程の付き合いだが、夏美の佐空に対する思い入れは八江も良く理解していたのだ。



『ザァ……ザザァ……ザッ……』



話しかけ辛くなってしまった艦橋の中、急に無線機から砂荒らしの様な雑音が流れ始めた。



「何だろう?
どっかの民放送でも混線したのかな?」


夏美は、急に流れ始めた無線機の雑音を消す為に空図台から離れ無線機を弄り始めた。
チャンネルを変えたり、1度電源を落としたりと色々試してみた夏美だが、一向に砂荒らしが消える様子は無い。


「駄目、全然直んないよこれ?」



「この艦も老朽化してきてますからね。
入港したら、工廠科の皆に見て貰いましょう」



「仕方ないかぁ………」



そう言って夏美が空図台に戻ろうとした時、なり続けた砂荒らしは急に途切れ途切れとなった。



「?」



首を傾げる夏美。
再び無線機に触ろうとした時、八江は微かに砂荒らしの中で人の声が聞こえた気がした。


「夏美、ちょっと音量出力のボリュームを上げてみてくれない?」



「えぇ!?
今でもめっちゃ煩いのにまだ上げるの!?」



「いいからお願い。」



「ちぇ……わかったよ。」



『ザァザァ……ザザァ……ザッ……』



音量を上げたことにより、艦橋の中で大音量の砂荒らしが響き荒れた。



「ねぇ!!
煩いからもう無線機切っても良いでしょ!」



砂荒らしに負けない様に大声で八江に話しかける夏美だったが、八江の顔を見た瞬間に口をつぐんだ。

真剣な表情で無線機の砂荒らしを聞く八江。
普段の常に笑顔な優しい表情ね彼女からは想像出来ない顔だと、夏美は黙って待つことにした。


1秒か、1分か、それとも10分か……


黙って無線機の砂荒らしを聞いていた2人だったが、無線からは変わらずただ大音量の砂荒らしが吹き荒れるだけ。


「ねぇ、八江もういいんじ『…サザァ…こ…ら…ザッ…校…ザザァ…救援…とむ…ザァ…!』



「「!?」」


2人は驚きの余り固まってしまった。
音量のボリュームを上げたせいで、砂荒らしの大きな雑音で酷く聞き取り辛かったが、確かに無線機からは必死な声で救援を呼ぶ声を聞いたのだ。




『ザァザァ…本艦…ザァ…航…不能…ザザァ…関…ザァ…低下…ザッ』








『ザザァ…お願………ザァ…助けてザッ!…』



「ッ!
こちら佐世保女子飛空士高等学校SGSHS 航路警備隊Route Guard艦番号S501 アサマ!
現在、コクブイ(国際VHFの略称)16チャンネルで受信中!貴艦の状況及び現在位置知らせ!」


『助けて』の言葉を聞いて、いち早く我に返った夏美が急いで無線機のマイクを引っ付かんだ。


それを見ていた八江も合わせる様に舵輪を離さず、直ぐ側に置いていた艦内マイクを掴むと直ぐ様マイクを入れた。


『士官要員集合、艦橋!
Situation Yellow!ケースR-02!』


situation yellow(シチュエーション イエロー)は、自艦又は他艦に何かしらの異常が発生した場合に発令される艦内号令である。普段、何事も異常の無い場合はグリーンと呼ばれ、反対に戦闘状態等になった場合はレッドと発令される。

そして、『ケースR-02』とは、他艦からの救難信号メーデーを受信した際の艦内号令である。
『R』とは『Rescue救難』のRである。

つまり、他艦において救難信号を受信、非常事態とみなす。士官要員は艦橋に集まれ。と言うのが八江の出した号令の意味である。

これら上記の艦内号令は艦の最高指揮官たる艦長を始め、副長、そして3交代制の各艦橋当直員の専任士官要員、『航海指揮官』も発令する事が出来る。
今回の場合、八江が専任の航海指揮官となっていた。


「夏美!レコーダー記録始めて!」



「もうやってるよ!」


既に夏美はレコーダーを取り出し無線機越しの相手との会話を録音していた。



『ザッ…サワカ…ゼ…ザァザァ…有明…北…部…ザァ……ザッ!』



所属不明艦unknown!こちら航路警備隊Route GuardS501アサマ!
雑音が酷くて聞き取れない!」




『ザァザァ…現…ザッ……ア…ウンザァ……襲…ザッ…撃…ザッ……………』



所属不明艦unknown

応答しろ!貴艦の状況を知らせ!」




『……………………』



何度夏美が呼び掛けても、無線機の向こう側は反応しない。
何も受信する事の無い無線機はただ沈黙するだけだった。






無事であって欲しい………



ドタドタと艦橋へと走る足音を聞きながら、八江と夏美は示し合わせたかのようにそう願った。




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