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エピローグ
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二年後。
世田谷区にある高級住宅街。真新しい家が建ち並ぶ一画に、暁史は住まいを建てた。
施工から完成まで一年弱はかかったが、愛しい人の存在がない家には帰る気もしなかったので、タイミングとしてはよかったのだろう。
「ふたば~キッチン片付けちゃっていい~?」
活き活きとしたわかばの声が玄関口から響いた。階段を駆け下りる音が聞こえて、続けてふたばの声がする。
「うん! ありがとう~あたしもやる」
さすが姉妹だけあって息もピッタリだ。
わかばが段ボールから皿を出し、ふたばが洗っていく。
感慨深げに二人の様子を眺めていると、容赦ない言葉がかけられる。
「眞鍋先生。暇なら掃除機でもかけてください。家のこと全部妹に任せたりしたら、私怒りますよ」
「わかってる」
「ちょっとお姉ちゃんってば!」
彼女に怒られるのすら懐かしく、それに慌てるふたばの様子はやはり可愛くて堪らない。もちろん、ふたばに家のすべてをやらせるつもりなどない。
暁史もいるし、手が足りない場合は外部で雇えばいい。
(それに、土日は大体足腰立たないから……家事なんてできないだろ)
つい、週末には羽目を外し過ぎてしまうのは否めない。今まで、家事など一切やったことがなかったのに、どうやら自分は甲斐甲斐しくふたばの世話を焼くのが好きらしいと気づいた。
ダンボールを粗方片付けて、帰るというわかばを玄関先で見送った。
「お姉ちゃん、毎日夜ご飯は一緒に食べようね」
どうやら、ふたばはかなりのシスコンだというのも、恋人になってから知った。
友人と遊びに行くよりもわかばと会いたがるし、たまに暁史よりもわかばを優先させることすらある。わかばが〝恋人の一人もいない〟と心配した気持ちが何となくわかった。
「あのね、ふたば。結婚したんだから、私よりも眞鍋先生を優先させないと」
わかばが苦言を呈すると、ふたばは心底悲しそうに眉を寄せて声を震わせる。
「結婚しても、お姉ちゃんは大事な家族だし。どっちを優先とかじゃないよ」
そんなふたばのことをやはり溺愛しているのだろう。わかばも満更でもない顔でふたばの髪を撫でる。
わかばがこの歳まで独身を貫いてきた理由もわかる気がした。歳の離れた妹が可愛くて、心配で堪まらなかったのだろう。
母親であり、姉であり、友人でもある。二人はそんな関係だったのかもしれない。
じゃあと手を振って実家へと戻るわかばを、心配そうな表情でふたばが見送る。その姿が見えなくなったところで暁史がポンと背中を叩くと、ようやくふたばが顔を上げた。
「中に入ろう」
ふたばと共にリビングへと戻り、ソファーへと腰かける。
わかばが新しい職場で働き出したのは一年前だ。しかも「いずれ義弟になる人と同じ職場なんて嫌」という理由で、M&Bネクサス法律事務所へは戻ってこなかった。
退職届を正式に受理し、今は、実家からそう離れていない小さな弁護士事務所でアソシエイトとして働いている。
そのためふたばは、姉のことが心配でならないらしい。
わかばは立場が逆転しちゃったと苦笑気味だが、外にも出ることが出来なかった日々は事実で、妹の心配もわかるだけに申し訳ないと、暁史にまで謝ってきた。
「お姉ちゃん……仕事楽しいって言ってた。よかった」
「そうだな。恋人もできたみたいだし」
「えっ?」
ふたばの驚愕に満ちた表情にしまったと口を噤んだ。
実際わかばから聞いたわけではない。ふたばがあまりに心配するため、それとなく繋がりのある弁護士にわかばの様子を聞いてもらったのだ。
そこで、現在働いている事務所に在籍している弁護士と交際関係にあるという事実がわかった。姉妹で何でも話しているようだし、とっくに聞いていたと思ったのだが。
(まぁ、家族には恋愛ごとは言いたくないものか……)
隠していても仕方がないし、ふたばにそう伝えると、姉の隠し事に怒るかと思いきや、嬉しそうに涙ぐむ姿があった。
「そっかぁ。ようやくお姉ちゃんも安心して、自分の幸せ考えられるかな」
「ああ、そうだな。だから……そろそろ俺のことも構ってほしい」
彼女の細い身体を引き寄せると、ふたばは顔をグリグリと胸に押しつけてくる。
「暁史さん、意外と子どもっぽい」
「知らなかったか? 君にはね、甘えて欲しいと思うし、甘えたいとも思うよ。ふたばはいつもわかばにばかり甘えるから、ちょっと拗ねてるのもあるが、何か欲しいものはないのか?」
ふたばが願うならどんなことでも叶えてやりたいと思う。
けれど、ふたばは物欲があまりないのか、高価な買い物をまったくしない。
今まで女性に貢ぐような趣味はなかったというのに、要らないと言われると途端に与えたくなってしまう。怖いほどに彼女に溺れている。
「欲しいもの、ありますよ?」
「なに? 君が望むものならなんでも」
ふたばは迷った様子で暁史の顔を見つめていたが、やがてふわりと笑みを浮かべて言った。
「赤ちゃん……早く欲しいです」
どれだけ俺を喜ばせれば気が済むのか──と暁史は息を呑む。
「君に似た女の子がいいな。いや、男の子も」
「気が早いですよ」
君が笑ってくれるだけで、俺は嬉しい。
了
世田谷区にある高級住宅街。真新しい家が建ち並ぶ一画に、暁史は住まいを建てた。
施工から完成まで一年弱はかかったが、愛しい人の存在がない家には帰る気もしなかったので、タイミングとしてはよかったのだろう。
「ふたば~キッチン片付けちゃっていい~?」
活き活きとしたわかばの声が玄関口から響いた。階段を駆け下りる音が聞こえて、続けてふたばの声がする。
「うん! ありがとう~あたしもやる」
さすが姉妹だけあって息もピッタリだ。
わかばが段ボールから皿を出し、ふたばが洗っていく。
感慨深げに二人の様子を眺めていると、容赦ない言葉がかけられる。
「眞鍋先生。暇なら掃除機でもかけてください。家のこと全部妹に任せたりしたら、私怒りますよ」
「わかってる」
「ちょっとお姉ちゃんってば!」
彼女に怒られるのすら懐かしく、それに慌てるふたばの様子はやはり可愛くて堪らない。もちろん、ふたばに家のすべてをやらせるつもりなどない。
暁史もいるし、手が足りない場合は外部で雇えばいい。
(それに、土日は大体足腰立たないから……家事なんてできないだろ)
つい、週末には羽目を外し過ぎてしまうのは否めない。今まで、家事など一切やったことがなかったのに、どうやら自分は甲斐甲斐しくふたばの世話を焼くのが好きらしいと気づいた。
ダンボールを粗方片付けて、帰るというわかばを玄関先で見送った。
「お姉ちゃん、毎日夜ご飯は一緒に食べようね」
どうやら、ふたばはかなりのシスコンだというのも、恋人になってから知った。
友人と遊びに行くよりもわかばと会いたがるし、たまに暁史よりもわかばを優先させることすらある。わかばが〝恋人の一人もいない〟と心配した気持ちが何となくわかった。
「あのね、ふたば。結婚したんだから、私よりも眞鍋先生を優先させないと」
わかばが苦言を呈すると、ふたばは心底悲しそうに眉を寄せて声を震わせる。
「結婚しても、お姉ちゃんは大事な家族だし。どっちを優先とかじゃないよ」
そんなふたばのことをやはり溺愛しているのだろう。わかばも満更でもない顔でふたばの髪を撫でる。
わかばがこの歳まで独身を貫いてきた理由もわかる気がした。歳の離れた妹が可愛くて、心配で堪まらなかったのだろう。
母親であり、姉であり、友人でもある。二人はそんな関係だったのかもしれない。
じゃあと手を振って実家へと戻るわかばを、心配そうな表情でふたばが見送る。その姿が見えなくなったところで暁史がポンと背中を叩くと、ようやくふたばが顔を上げた。
「中に入ろう」
ふたばと共にリビングへと戻り、ソファーへと腰かける。
わかばが新しい職場で働き出したのは一年前だ。しかも「いずれ義弟になる人と同じ職場なんて嫌」という理由で、M&Bネクサス法律事務所へは戻ってこなかった。
退職届を正式に受理し、今は、実家からそう離れていない小さな弁護士事務所でアソシエイトとして働いている。
そのためふたばは、姉のことが心配でならないらしい。
わかばは立場が逆転しちゃったと苦笑気味だが、外にも出ることが出来なかった日々は事実で、妹の心配もわかるだけに申し訳ないと、暁史にまで謝ってきた。
「お姉ちゃん……仕事楽しいって言ってた。よかった」
「そうだな。恋人もできたみたいだし」
「えっ?」
ふたばの驚愕に満ちた表情にしまったと口を噤んだ。
実際わかばから聞いたわけではない。ふたばがあまりに心配するため、それとなく繋がりのある弁護士にわかばの様子を聞いてもらったのだ。
そこで、現在働いている事務所に在籍している弁護士と交際関係にあるという事実がわかった。姉妹で何でも話しているようだし、とっくに聞いていたと思ったのだが。
(まぁ、家族には恋愛ごとは言いたくないものか……)
隠していても仕方がないし、ふたばにそう伝えると、姉の隠し事に怒るかと思いきや、嬉しそうに涙ぐむ姿があった。
「そっかぁ。ようやくお姉ちゃんも安心して、自分の幸せ考えられるかな」
「ああ、そうだな。だから……そろそろ俺のことも構ってほしい」
彼女の細い身体を引き寄せると、ふたばは顔をグリグリと胸に押しつけてくる。
「暁史さん、意外と子どもっぽい」
「知らなかったか? 君にはね、甘えて欲しいと思うし、甘えたいとも思うよ。ふたばはいつもわかばにばかり甘えるから、ちょっと拗ねてるのもあるが、何か欲しいものはないのか?」
ふたばが願うならどんなことでも叶えてやりたいと思う。
けれど、ふたばは物欲があまりないのか、高価な買い物をまったくしない。
今まで女性に貢ぐような趣味はなかったというのに、要らないと言われると途端に与えたくなってしまう。怖いほどに彼女に溺れている。
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「なに? 君が望むものならなんでも」
ふたばは迷った様子で暁史の顔を見つめていたが、やがてふわりと笑みを浮かべて言った。
「赤ちゃん……早く欲しいです」
どれだけ俺を喜ばせれば気が済むのか──と暁史は息を呑む。
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