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エピローグ
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「もう解決済みだから、奈津子もあまり怒るなよ」
「だって……っ、そんなこと言ったってっ! 相談くらいしてよっ! 私だってなにか出来るかもしれないでしょう!」
奈津子はこみ上げてくる怒りが抑えられないのか、頬を濡らし目を真っ赤にさせながら叫んだ。
「ほんと、ごめん」
史哉は静香の背中を優しく叩いた。彼女は先ほどからずっと謝りどおしだ。
静香の選択は褒められたものではないが、なにも聞かされずすべて終わった後に知らされる奈津子の衝撃といったらないだろう。気持ちはわかる。
「ほら、もう奈津子も泣き止め」
「そんなこと言われてもっ……なんかあったら頼ってって言ったわよね!」
「うん、ごめん」
今日は、圭と静香が住んでいたマンションを引き払う手続きに来ている。史哉としては静香が望むならそのままにしておいてもよかったのだが、思い出は家にあるわけじゃないからと言って分譲マンションを売りに出した。
土曜日だから手伝うと奈津子もマンションに駆けつけてくれたのだが、つい自分たちが結婚するに至った経緯を説明するうちに、圭の家のことまで話が及び、静香の自殺未遂まで知られてしまったのだ。
「生きてて、よかったわよ……ほんと」
「私もそう思う……死ななくてよかった」
「ま、三途の川渡ろうとしたら、圭が止めてるだろうけどね!」
しんみりとした空気を払拭するように奈津子が涙を拭いながら言った。たしかに静香が死のうとするのを圭がよしとするはずがない。
「そろそろ業者が来る時間だぞ」
引越準備は終わっているし、あとは段ボールを運んでもらうだけだ。と言っても家具や電化製品は処分するため、そこまで荷物も多いわけではなかった。
ちょうど話が途切れたところで、インターフォンが鳴り響いた。引っ越し業者が着いたのだろう。
奈津子が対応してくれていると、ツンと静香が袖を引っ張ってくる。
「どうした?」
「あのね……これだけ向こうの家に飾ってもいい?」
静香がバッグの中に入れた写真立てを取り出した。圭と幸太、それに静香で撮った写真だ。
申し訳なさそうに言うのは、史哉への義理立てだろう。
「当たり前だろ。あ、でも……寝室はやめような。まぁ、見られて興奮するならそれでもいいけど」
「ちょっ……史哉っ!」
静香の頭をくしゃりと撫でてやってきた業者の対応をした。幸太にとって圭は父親だ。もちろん史哉にとっては大事な親友とも言える相手だし、静香にとっては亡き夫。
(見せつけてやるのも悪くない……って思う俺は、心が狭いな……)
本当に圭には敵う気がしないのだ。
好きな女と一つ屋根の下で暮らしながらも、その身体を欲せずにただただ無償の愛情を注いでいた圭に。どうやったら敵うだろうかと考えている。
圭以上に、長い時間をかけるしかない気がする。圭のような愛し方はできないけれど、自分なりに愛し続けることはできる。
敵わなくとも、圭を愛する彼女ごと包み込んでみせる。それが自分の愛し方だと、いつか圭に胸を張って言えるように。
「あ、史哉」
静香に呼ばれて顔を向けると、なぜか彼女が背伸びをして顔を近づけてくる。なにか言いたいことでもあるのかと耳を寄せれば、密やかに弾んだ声で告げられた。
「そろそろ……幸太に本当のお父さんだって、教えてあげて」
「ああ、でも……いいのか?」
「ん。だって、来年には弟か妹が産まれるんだもの。ね?」
「マジか」
「ん……」
ああ、嬉しいもんだな。
二人の子の父親になれるのだと、感慨深い思いが芽生える。
幸太は喜んでくれるだろうか。君には父親が二人いるんだよ、とそう告げたら。
「ずっと、お前たちを幸せにするよ」
そう告げると静香は目を瞬かせて、とんでもないという顔をした。
「もうとっくに幸せよ?」
了
「もう解決済みだから、奈津子もあまり怒るなよ」
「だって……っ、そんなこと言ったってっ! 相談くらいしてよっ! 私だってなにか出来るかもしれないでしょう!」
奈津子はこみ上げてくる怒りが抑えられないのか、頬を濡らし目を真っ赤にさせながら叫んだ。
「ほんと、ごめん」
史哉は静香の背中を優しく叩いた。彼女は先ほどからずっと謝りどおしだ。
静香の選択は褒められたものではないが、なにも聞かされずすべて終わった後に知らされる奈津子の衝撃といったらないだろう。気持ちはわかる。
「ほら、もう奈津子も泣き止め」
「そんなこと言われてもっ……なんかあったら頼ってって言ったわよね!」
「うん、ごめん」
今日は、圭と静香が住んでいたマンションを引き払う手続きに来ている。史哉としては静香が望むならそのままにしておいてもよかったのだが、思い出は家にあるわけじゃないからと言って分譲マンションを売りに出した。
土曜日だから手伝うと奈津子もマンションに駆けつけてくれたのだが、つい自分たちが結婚するに至った経緯を説明するうちに、圭の家のことまで話が及び、静香の自殺未遂まで知られてしまったのだ。
「生きてて、よかったわよ……ほんと」
「私もそう思う……死ななくてよかった」
「ま、三途の川渡ろうとしたら、圭が止めてるだろうけどね!」
しんみりとした空気を払拭するように奈津子が涙を拭いながら言った。たしかに静香が死のうとするのを圭がよしとするはずがない。
「そろそろ業者が来る時間だぞ」
引越準備は終わっているし、あとは段ボールを運んでもらうだけだ。と言っても家具や電化製品は処分するため、そこまで荷物も多いわけではなかった。
ちょうど話が途切れたところで、インターフォンが鳴り響いた。引っ越し業者が着いたのだろう。
奈津子が対応してくれていると、ツンと静香が袖を引っ張ってくる。
「どうした?」
「あのね……これだけ向こうの家に飾ってもいい?」
静香がバッグの中に入れた写真立てを取り出した。圭と幸太、それに静香で撮った写真だ。
申し訳なさそうに言うのは、史哉への義理立てだろう。
「当たり前だろ。あ、でも……寝室はやめような。まぁ、見られて興奮するならそれでもいいけど」
「ちょっ……史哉っ!」
静香の頭をくしゃりと撫でてやってきた業者の対応をした。幸太にとって圭は父親だ。もちろん史哉にとっては大事な親友とも言える相手だし、静香にとっては亡き夫。
(見せつけてやるのも悪くない……って思う俺は、心が狭いな……)
本当に圭には敵う気がしないのだ。
好きな女と一つ屋根の下で暮らしながらも、その身体を欲せずにただただ無償の愛情を注いでいた圭に。どうやったら敵うだろうかと考えている。
圭以上に、長い時間をかけるしかない気がする。圭のような愛し方はできないけれど、自分なりに愛し続けることはできる。
敵わなくとも、圭を愛する彼女ごと包み込んでみせる。それが自分の愛し方だと、いつか圭に胸を張って言えるように。
「あ、史哉」
静香に呼ばれて顔を向けると、なぜか彼女が背伸びをして顔を近づけてくる。なにか言いたいことでもあるのかと耳を寄せれば、密やかに弾んだ声で告げられた。
「そろそろ……幸太に本当のお父さんだって、教えてあげて」
「ああ、でも……いいのか?」
「ん。だって、来年には弟か妹が産まれるんだもの。ね?」
「マジか」
「ん……」
ああ、嬉しいもんだな。
二人の子の父親になれるのだと、感慨深い思いが芽生える。
幸太は喜んでくれるだろうか。君には父親が二人いるんだよ、とそう告げたら。
「ずっと、お前たちを幸せにするよ」
そう告げると静香は目を瞬かせて、とんでもないという顔をした。
「もうとっくに幸せよ?」
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幾ら奥さんが好きっていってもあまりに報われなくて。辛かったです。
感想ありがとうございます!
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