もう二度と離さない～初恋の彼の甘い執着～

第九章

①

第九章
　どうして戸澤の家に史哉がいるのだろうと、静香は戸惑いを隠せない。
　ただ、史哉と知り合いであることを言うべきではないことはすぐに察して礼を言うと、史哉はよくできましたと言わんばかりに人好きのする笑みを浮かべた。
「どういうこと？　どうして史哉が」
　近くに停めてある車に乗り込むと、待ちきれずに口を開く。
　幸太が帰ってきて嬉しい思いはあるが、圭の母親がこうもあっさり幸太を返すなんて思ってもみなかった。
「家に着いたら説明するから。幸太、ご飯食べたか？」
「ううん、まだ！　お腹空いた！」
「じゃあ三人でなにか食べて帰ろうか？　なにがいい？」
　史哉がハンドルを握りながら聞くと、幸太は考えた末にハンバーグと声を上げた。
「よし、じゃあレストラン行こう」
「え、いや……私たち家に」
「帰るなんて言わないよな？　倒れたばかりだぞ。しっかり食べて体重を戻せ。それに……戸澤の人間がまたなにかしてこないとも限らない。あの家は安全じゃないぞ」
　そう言われて口を噤む。
　たしかに、また同じことをしないとは限らない。幸太を閉じ込めておくわけにはいかないし、彼らは静香に当たりが強いだけのよき祖父母だ。
（可愛がっては……くれてるのよね……）
　なんとか和解できないものかと思っても、戸澤の家はけして圭を奪った静香を許すことはない。謝ってどうにかなる問題でもない。謝ったところで圭はもう戻ってはこないのだから。
「幸太、しばらくお母さんと一緒にうちで暮らさないか？　お母さん少し具合が悪いんだ。学校はうちから通えばいいし」
「ママが一緒ならどこでもいいよ」
「でも……っ」
　史哉と一緒に暮らすなんて──。
　複雑だ。偶然助けてもらっただけなのに、好きな人と一緒に暮らせることにたしかに喜びがある。けれど、静香に史哉を想い続ける資格はない。
　静香が史哉を忘れられなかったから、圭は亡くなった。
（幸太を、パパのいない子にしてしまった……）
　遠くから見ているだけで幸せだった。心が通じあうことなど願っていなかったのに、すぐそばに手に入る幸せがあると、どうしたって欲しくなってしまう。
（ダメなのに……私は幸せになる権利なんかないのに）
　運転席から顔を寄せられて、ふわりと鼻をくすぐる史哉の香りに、ついうっとりと目を細めてしまう。耳に彼の息がかかり、後部座席に座っている幸太に聞こえないように囁かれた。
「お前の家の鍵、俺が持ってるんだから……帰れないだろ？」
「……っ」
　そんなのどうとでもなる。不動産屋に連絡をして、鍵をなくしたと言えばいいだけだ。すぐに合鍵を作ってくれるだろう。
　けれど、どうしても声が出なかった。
　自分の欲望深さを認めざるを得ない。
（私は……彼と一緒にいたいのね……）
　帰ろうとしなくてはならない、だって史哉を好きでいるのは許されないから。