上 下
5 / 29

第5話 ダコタ・チュートリアル(4)

しおりを挟む
「エクスピー?」
 俺は聞き返した。ゲーム以外では耳慣れない単語だった。

 これに対し何も知らないんだなといった感じで、スノハラは大げさに肩をすくめる。
「経験値だよ、経験値」
 と、言う。

「経験値……EXP――ああ、レベルを上げようっていうんだな」
 
 確かに、と腹落ちした。
 通常のロールプレイングゲームではつきものの作業だ。そして、クレア・ザ・ファミリアは元はただのゲーム。常識的に考えて、レベルは多ければ多い程その後の展開で特をする。
 ゆえに人に先んじて経験値を稼ごうというせせこましい輩がいても不思議ではない。

「おいおい、ハヤト……おまえ、ちゃんと学校の授業聞いてたか?  レベル制は遠くの昔に――いや、クレア・ザ・ファミリアが、まだ、ただのVRMMOだった時代に廃止されたよ」
 俺の思惑に反してスノハラが次に意外な台詞を述べる。
「廃止された、だって?」

 学校の授業の件は良いとして、経験値というステータスが存在するのにもかかわらず、レベルが存在しないとはにわかに信じ難い。それこそレトロゲームへの冒涜である。が、それもおいておこう。

 となれば、このEXPという名を持つ経験値はどこかしらに貯蓄する一方ということなのだろうか。いや、それも考えにくい。クレア・ザ・ファミリアは、仮想空間――元VRMMOとはいえ、現在人類のほぼすべてが転生――入植するサーバーだ。数百年前からVRMMOに必要だったゴーグルさえ不要で、今は身体自体がその世界に溶け込むことができる唯一無二の世界。入植者全員がゲーム好きというわけではないのだから、現実世界にある程度則している必要があるはず。

 だから、そのような無駄なステータスがこの世界にあるはずもない。
 ということは、おそらく何かに使うはず……考えられるのは稼ぎ。そう、それを何かの――売買に使用するといった感じで使うのではないだろうか。

「お金みたいなものなのか?」
 俺は率直に訊いた。
 すると、まあ、そんなもんだな、とスノハラが何やら曖昧な台詞を返してくる。

「とは言いつつも、その辺は俺も良くは知らないんだ。断っておくが勉強不足なわけではない。学校で習わなかったんだ。いずれにせよ、実際EXPは様々な物の交換に使えることは間違いない」
「ふーん、そうなんだな」
 スノハラの台詞に対し、俺は無感動な感想を述べた。

 その瞬間だった。ポーっと汽笛のような音が鳴った。
 この音に焦りを感じた俺は、急いで腕にはめている時計を見やった。
 もう二時間も経ったのか――というより、並んでいる大勢の人間を置いて船が出るとはどういうことだ。今日中にこの街から退去しなければならないというのに――

「心配いらないぜ。ひとつ逃してもまた三時間後に船は出る。夜中までずっとな」
 俺の焦りを見透かしたかのようにスノハラは説明した。
「で、だな――」
 とその時、続けて話を進めようとする彼の声を消し込むかのように、ゴゴゴゴっと地鳴りが鳴り響いた。

 地面がひどく揺れている。
 こ、これは地震か――
 俺がそう思った矢先、巨大な木製の飛行船が港の波止場の下から浮かび上がってきた。

「飛行船……船じゃなかったのか」
 それが飛び立つ光景に目を丸くする俺。すぐに後ろから大きな吐息が聞こえてきた。
「船じゃない……海船じゃないってことか? 当たり前だろ」
 スノハラは注意するような口調で言った。

 彼曰く、この世界の交通手段は主に飛行船であるとのことで、船――俺が思う海に浮かぶ船――は、レジャーやサーバー間の通商目的で航海するために利用される以外、基本的に使われないらしい。また、この世界での海は、サーバー間を繋げるために存在する擬似的な海であり、サーバー容量を逼迫してしまうため、サーバー間以外の場所に海を再現することは不可能だそうだ。
 
 数百年前の人間から現在の人間までこのクレア・ザ・ファミリアで生きている――その人数分データとしてサーバーに存在しているのだから、それくらいの制限は当然なのかもしれない。

 この男の情報がどこまで信頼できるかはわからないが、何も知らない俺としては今のところ彼の言質を信じる他方法はない。
 ゆえに俺は勝手にそう納得することにした。

 そうこうスノハラとやりとりをしている内に、飛行船は透き通るような青い空の彼方へと消えていった。

「ごほん」スノハラがわざとらしく咳払いをする。「これでようやく本題に入れるな」
「EXP稼ぎの件か? だったら――」
 何か嫌な予感がした俺は断ろうとした。
 が、言葉の途中で、いや、というスノハラの声に遮られた。

「ハヤト。なあ、ハヤト。先に行った奴らを出し抜こうとは思わないのか?  俺が推測するに、ここはより早く参加した奴の方が得をする世界だ。後発組の俺たちがまともにやっていては、とてもそいつらと勝負にならない。考えてもみろよ。俺たちは永遠にここで暮らしていくんだぜ。だったら、よりよいスタートを切る必要があるだろう? でないと、悲惨な目に合う可能性だってある。俺たちは、そう考えるべきじゃないのか?」

 先に参加した方が有利……なるほど、オンラインゲームの鉄則だ。
 いくら現実に近いとはいえ、クレア・ザ・ファミリアも似たようなもののはず。永遠の命が保証されているとはいえ、所詮は人間。少しばかりの貧富の差のようなものはあるかもしれない――
 まあ、この点においてはスノハラの言う通りだろう。
 俺は心中で深く頷いた。

「俺以外に誰か誘ったのか?」
 何気なく質問を投げかけた。
「それは......他の奴らが誘っている。この作戦に参加する条件は、必ずひとりは仲間を連れてくることだからな」
「なるほど。だから俺が必要というわけか。でも、なんでひとりも仲間がいないのに、自らそんな妙な条件をつけたんだよ」
「条件は俺が考えたわけじゃない――実は、このEXP稼ぎ......EXPハントは、俺のアイデアじゃないんだ。発案者は、この作戦でリーダーを務めるトラビスって奴だ」
 スノハラは首を横に振りながら、そう述べた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。 国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。 女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。 地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。 線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。 しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・ 更新再開。頑張って更新します。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

バランスブレイカー〜ガチャで手に入れたブッ壊れ装備には美少女が宿ってました〜

ふるっかわ
ファンタジー
ガチャで手に入れたアイテムには美少女達が宿っていた!? 主人公のユイトは大人気VRMMO「ナイト&アルケミー」に実装されたぶっ壊れ装備を手に入れた瞬間見た事も無い世界に突如転送される。 転送されたユイトは唯一手元に残った刀に宿った少女サクヤと無くした装備を探す旅に出るがやがて世界を巻き込んだ大事件に巻き込まれて行く… ※感想などいただけると励みになります、稚作ではありますが楽しんでいただければ嬉しいです。 ※こちらの作品は小説家になろう様にも掲載しております。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...