宇宙船地球号2021 R2

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第41話 026 日本支部東京区新市街地下コールドスリープ・ルーム前通路(1)

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 出口の先にあった通路には大男が殺害したと思われる刀傷のある同種の死体がいくつかあるだけだった。
 また、出口の扉は二重構造になっており、奥側の扉は鋼鉄製で、それを閉じるだけで多少耐久性は担保できているように思えた。俺たちは、さらに念には念を入れて、扉の手間に、近くにあったスチールラックや鉄パイプなどを利用した簡易のバリケードを造った。
 とはいえ、あれだけの大量の同種がいるので、これがいつまでもつのかは不明だ。それを鑑みると、バリケードはある程度同種が侵入してくる時間を稼ぐことができるだけのものと考えていた方が良いだろう。

 バリケードを造る作業の最中、先ほどの黒い髪の女の子、さらに背の高い大男と自己紹介を含めて会話をした。だが、そのほとんどが要領を得ない内容で、俺たちにとっては意味不明なことばかりだった。

 黒い髪の女の子は、先刻彼女自身が名乗った通り名を柳生十兵衛姫神楽といい、年齢は芽衣とまったく同じだった。柳生一族という名家の出身らしく、仰々しい物言いはおそらくその出自が原因であるようだ。
 大男は名を宍戸刑馬といい彼女の直属の家来であるとのことだ。盲目であると思ったが、それは先ほどの超能力のような技の暴発を防ぐために目を意図的に閉じているだけらしく、特に視力が悪いわけではないらしい。
 だが、目を閉じていないと同種と化してしまう可能性があり、さらにあの技は一日にそう何度も使えるものではないとのことだった。

 宍戸刑馬は柳生十兵衛姫神楽を姫様と呼び、姫神楽は彼を刑馬と呼び捨てにし若干上から目線で言葉をかけていた。
 主従関係は江戸時代のそれと同じような感じではっきりしているように感じ取れた。

 また刑馬は、あの技を使用した後に姫神楽の血を腕から吸う必要があるとのことで、俺たちの目の前で彼女の肩口から血を吸った。それは同種にならないための措置であるそうだ。
 真偽のほどは定かではないので、現在芹香がその事実関係を調査するため姫神楽と刑馬の身体を診察している。

 また、自己紹介の際、彼らのコールドスリープの周期を確認したところ、驚いたことに彼らは周期どころか自分たちが宇宙船地球号に搭乗していることさえ知らなかった。さらに宇宙船そのものの存在さえ認識にないという。

 ふたりの話を良く聞くと、ただ無知というわけではなく、俺たちとはまったく別の世界――おそらく近代化される前の時代でふたりは過ごしていたような印象を受けた。

 その姫神楽や刑馬の話によると、今ここにいる理由は、彼女たちの住む居住地を襲ってきた同種との戦いの際に、姫神楽の言葉を借りると、神隠し、にあったとのことだ。

 自分の住んでいる街――彼らは村と呼んでいた――その村に戻ろうと家来数十人を連れ徘徊していたところ、その内の幾人かは同種に襲われたことにより同種に変わるかその場で死んでしまったそうだ。また、生き残った者たちともあちらこちらを彷徨っている間に逸れてしまったらしい。
 さらに姫神楽の血を吸って同種に変わらないのは刑馬を含めた極一部の者だけであり、他の者は同種になったままであったと彼女は述懐した。

「……まともな医療研究用の機材がないから、断定はできないけれど、やはりナノテクノロジーによるものであるようね。遺伝子サイズのナノマシーンが彼女の血に入っていることはほぼ確実。刑馬さんが血を吸わなければならない理由はおそらく特効薬的な抑制効果があるからね。でも、それも刑馬さんの中に別のナノマシーンが入っているからその効果があるんだと思う。だから誰にでも使用できるような特効薬ではないし、ワクチンにもならないわ。たぶん、だけれど」
 姫神楽の診察を終えた芹香が俺たちに説明した。

「……芹香、といったかのう、そなたの名前は。芹香、そなたは先ほどから何を言っているのじゃ。半分も理解できぬ」
 そう言って、姫神楽が少し困惑の色を頬に浮かべる。
「そうですねえ……と、その前に、姫神楽、姫ちゃん、でいいですか?」
 美雪が確認した。
「うむ。本来であれば下賤の者が妾の名を呼ぶことさえおこがましいのだが、この摩訶不思議な状況じゃ。そうも言ってはおれん。良きに計らえ」
 姫神楽――姫はため息をつきながらそう答えた。
「それは、それは、有難き幸せでござりまする。この龍宮城美雪、一生の思い出にさせて頂きまする――で、姫ちゃん。たぶんですけれど、姫ちゃんは未来に来てしまったようなものと同じなんだと思います――えーっと、この龍宮城美雪はそう思いまする」
 と言って、美雪は頭を深々と下げる。
「美雪……そなたは美雪という名で良かったよの。それで、美雪……未来とな。それはそれでわけがわからぬのう。ではあるが、いとをかし、いとをかし」
 目を細めながら、姫は吐息を漏らした。

「……美雪の言うことも当たらずも遠からず、といったところかしら」絵麻が腕を抱えながら総括するような言葉を述べる。「先に聞いた話から推測すると、姫と刑馬さんはかなり情報が遮断された――過去、それも江戸時代の前あたりの時代設定がされた場所で生活していたようね。おそらく実験的にモニターされていたのではないかしら。であるのであれば、姫と刑馬さんにとっては、未来に来た、という感覚だと思うわ」
「芹香先生の言ったナノマシーン。過去の時代設定。あのモニタールーム、それに実験室――すべてが符号する。俺たちの知らないところで何かしらの壮大な実験が行われていたということだな」
 俺はそう結論付けた。

 その時だった。同種が扉を叩いたのか、大きな音がバリケードの向こう側から聞こえてきた。
「……ふむ、圭介とやら。その話はまた後じゃ。妾はまだ死にとうないでのう」
 そう言って、姫は刑馬を引き連れ通路の先へと向かった。
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