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case1 ウツミ・ルイ
ある湖畔にて、透明度140mほど⑦
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すでに視界はライト無しでは暗黒だった。水温も氷点下へ近づいているためか、水の動きに重さを感じるようになった。すでに湖底は目の前に迫っていた。
エノの息遣いがよく聞こえる。静謐な水底で、人の呼吸は似つかわない。
「着いたね」
エノが息を飲むようにそう言った。
きめ細かい泥が敷き詰められた湖底は、時が止まっていた。
「ちょっと触りたくないな」
ぼくは湖底に触れないように、ギリギリの高さを移動した。水の浄化に伴って、湖底もお掃除ロボットを走らせたように、枯れ木や生物の死骸が無くなっていた。時折湖へ飛び込む、人間の骨さえも。
ただただ湖底一面に飴色の無機物が敷き詰められている。
湖の藻屑も、もれなく無くなっていた。こんなにも綺麗になった湖底を巻き上げてしまったら、何かに祟られたとしても不思議じゃない。
ぼくたちは運良く引き込まれずに済んでいるが、やはり湖の生きている生物は一定の方角へと向かっている。笹の葉みたいな魚だけでなく、固有種のエビやナマズも同様に逆走していた。
彼らの向かう先へライトを照らしても続いているのは黒い世界だった。
なぜ、ぼくたちは例外なのか。その答えは突き止める必要がある。しかし、今回はここまでだ。
「エノ、もう酸素が尽きる。君が緊張しているから余計にね」
エノは口を膨らませている。
「あーあ、わたしのせいにしたね。今度、空から叩き落としてやるわ」
「エノは優しいからそんなことできないさ。もしも、一時の気の迷いで叩き落としてしまってもすぐに我に返って助けてくれる」
エノは鼻息も漏らした。
「わかっているじゃない。とにかく、上がったらおじいさんに報告ね」
「お母さんにも伝えないと。支配能力が関わっているかもしれないし、あの人なら何か知っているかもしれない」
ヘッドライトが点滅した。電池が切れかけていた。
「リミットだ。もう戻ろう」
エノが頷いたのを確認してから、ぼくは『潜水艦』を浮上させる。
その時、湖底に何かが浮遊しているのを発見した。滑らかな湖底の表面に張り付いているように見えるそれは、半透明の白い布に似ていた。べったりと広がっていて、30㎡ほどの面積を占有している。
白い布は『潜水艦』が浮上するときの水の流れに引き寄せられ、煙のように水中を漂った。とても軽く、柔らかい物のようで、途中で千切れ、水の中へ分解されていく。
「エノ、あれ何だろう」
「さあ。……もう、今日はわからないことばっかり」
長時間の潜水で疲れてしまったのか、エノはあまり興味を示さずに、光が差す方を見つめていた。
ぼくはヘッドライトで見える限り、その様子を観察し続けたが、千切れた布のような切れ端は、ぼくたちと同じように湖の中心へと吸い込まれていくことはなかった。
エノの息遣いがよく聞こえる。静謐な水底で、人の呼吸は似つかわない。
「着いたね」
エノが息を飲むようにそう言った。
きめ細かい泥が敷き詰められた湖底は、時が止まっていた。
「ちょっと触りたくないな」
ぼくは湖底に触れないように、ギリギリの高さを移動した。水の浄化に伴って、湖底もお掃除ロボットを走らせたように、枯れ木や生物の死骸が無くなっていた。時折湖へ飛び込む、人間の骨さえも。
ただただ湖底一面に飴色の無機物が敷き詰められている。
湖の藻屑も、もれなく無くなっていた。こんなにも綺麗になった湖底を巻き上げてしまったら、何かに祟られたとしても不思議じゃない。
ぼくたちは運良く引き込まれずに済んでいるが、やはり湖の生きている生物は一定の方角へと向かっている。笹の葉みたいな魚だけでなく、固有種のエビやナマズも同様に逆走していた。
彼らの向かう先へライトを照らしても続いているのは黒い世界だった。
なぜ、ぼくたちは例外なのか。その答えは突き止める必要がある。しかし、今回はここまでだ。
「エノ、もう酸素が尽きる。君が緊張しているから余計にね」
エノは口を膨らませている。
「あーあ、わたしのせいにしたね。今度、空から叩き落としてやるわ」
「エノは優しいからそんなことできないさ。もしも、一時の気の迷いで叩き落としてしまってもすぐに我に返って助けてくれる」
エノは鼻息も漏らした。
「わかっているじゃない。とにかく、上がったらおじいさんに報告ね」
「お母さんにも伝えないと。支配能力が関わっているかもしれないし、あの人なら何か知っているかもしれない」
ヘッドライトが点滅した。電池が切れかけていた。
「リミットだ。もう戻ろう」
エノが頷いたのを確認してから、ぼくは『潜水艦』を浮上させる。
その時、湖底に何かが浮遊しているのを発見した。滑らかな湖底の表面に張り付いているように見えるそれは、半透明の白い布に似ていた。べったりと広がっていて、30㎡ほどの面積を占有している。
白い布は『潜水艦』が浮上するときの水の流れに引き寄せられ、煙のように水中を漂った。とても軽く、柔らかい物のようで、途中で千切れ、水の中へ分解されていく。
「エノ、あれ何だろう」
「さあ。……もう、今日はわからないことばっかり」
長時間の潜水で疲れてしまったのか、エノはあまり興味を示さずに、光が差す方を見つめていた。
ぼくはヘッドライトで見える限り、その様子を観察し続けたが、千切れた布のような切れ端は、ぼくたちと同じように湖の中心へと吸い込まれていくことはなかった。
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