シーラカンスと黒い翼

石谷 落果

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case1 ウツミ・ルイ

ミクモ・エノは空を飛ぶ④

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 廊下をきれいに片付けると、入室が許された。ぼくたちは後ろの扉から気配を断ちながら席に着いた。
 エノは後ろの席の友人に背中を小突かれていた。墨で描いたような黒い翼は小さく折り畳むことができる。制服の上からはまったく目立たない。ぼくの水と同じように本人の意思で消すことはできる。しかし、空を飛んでいる間に消えてしまったら命取りなので、無意識の状態でも維持できるようにトレーニングしているそうだ。

「まったく、あなたたちは。不思議な力を使えるのはいいけど、悪さはしちゃダメよ」

 担任の先生は普段からぼくたち2人をセットで取り扱う。幼なじみ同士がたまたま支配能力者だった前例はぼくの知る限りはなかった。だから、先生が物珍しく扱うのも理解できる。周囲の人間が必要以上に怖がられなければ、学園生活に支障はない。
 支配能力に関与した力を持つ人間はおよそ人口の0.0001%と言われている。血縁関係や遺伝子配列にやや相関があるとされており、現在も解析が進められている。
 このプライマリースクールに支配能力者は2人。ぼくとエノだけだ。湖を中心に栄えるメジウは人口400万人ほどの規模で、ミヅハ国で3番目に大きい都市である。都市単位で探してみると、ぼくの知る限りでは、パール養殖場の対岸に位置する風力エネルギープラントの所長と母であるウツミ・マリエだけ。エノの曾祖母も該当していたが、2年前に逝去している。
 確率の上では、ぼくとエノは良い意味でも悪い意味でも目立った存在だった。それなのに、平然と空を飛んで登校するエノのメンタリティが、羨ましくもあり、末恐ろしくもあった。

 一日の授業が終わると、エノは急いでぼくの机まで走ってきた。純血のミヅハを示すとされるチャコールグレイの双眸は、ドメスティックな輝きを放っている。そして、左右を警戒するとそっと耳打ちをする。
「今日もメジウ湖の湖底探検しよ!」
 ぼくはエノの積極的に支配能力を使い続けようとする姿勢には驚かされる。
 ちなみに、このイベントは宙に浮くシーラカンスのメリアも乗り気なので、拒否すると無限にヒレで叩かれる。
 よって、ぼくに拒否権はない。
「わかった、行こう」
 エノはシンプルに親指を突き立ててにんまりと笑った。
 対照実験が頓挫し、花瓶がひとつになってしまった教室を、ぼくはエノに腕を掴まれながら後にした。
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