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case1 ウツミ・ルイ
雨と涙と金糸雀①
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「いらっしゃいませ」
ぼくが声をかけるとほぼ同時に、オリエンタルな甘い香りが漂ってきた。ミヅハ国では雄株しか存在しない金木犀の香りだと気づいたのは、肩甲骨まで伸びる金糸雀色の髪を束ねた少女を視界に入れてからだった。立体的な女性らしい体型で、打ち鍛えられたレイピアのように真っ直ぐ背筋が伸びている。歩くたびに髪が踊って金色の弧を描いた。タイトで動きやすそうな白色のドレスを身に纏っている。
少女の背後には白髪の青年が付き従うように存在している。ダークブラウンのスーツを身に付けた彼もまた気品ある所作だった。
「時間は15分ほどしか取れません」
白髪の青年は胸ポケットから懐中時計を取り出すと丁重に頭を下げながらそう告げた。
「ありがとう」
金管楽器のように透き通った声で答えると、真っ直ぐにカウンターへと歩いてくる。そのまま突き破ってしまいそうな勢いだったが、二歩手前でぴたりと停止すると、小さく頭を下げた。
「はじめまして、ウツミ・ルイ。私はレシェルメイダ=レア=セイシェルです。クラシカルでいいお店ですね」
周囲の空間ごとぼくを包み込む視線だった。普段から多くの人間に対して言葉を発しているかもしれない。
「ありがとうございます」
ぼくは半開きの口を辛うじて動かすので精一杯だった。近くで見ると、まだあどけない表情をしている。自分の年齢と大して違わないのではないかと推察していた。
「このお店には真球のパールがあると聞いたのだけれど、売っていただけませんか?」
たしかに父の店では、母の実家が生産しているパールを販売している。しかし、ぼくは不思議に思った。店の外にパールを売り出すような貼り紙はないし、大きく宣伝するようなお金もない。店内を物色せずにストレートで辿り着くのは不可能に近いはずだった。
「ありますけど。父の知り合いですか?」
ぼくが椅子に腰掛けたまま、そう尋ねると、客の二人は目を合わせている。
「あら、私たちがお店に来るとマリエから聞いていませんか?」
マリエは母親の名だった。年に数回しか会わないが、さすがに名前は忘れない。彼女の名を親しげかつ対等に呼ぶと言うことは地位の高い軍人なのかもしれない。物腰と纏う雰囲気は柔らかいけれど、ひとつひとつの動作が洗練されている印象を受けた。
「いいえ。両親からは何も」
パチパチと瞬きを繰り返す少女の瞳は髪色よりも明るい黄金色だった。網膜血管が透けてしまうほど、澄んでいる。
「パール関連の品は置いてます。こっちです」
何にせよ、店の商品を買ってもらえるのは嬉しい。カウンターを出て、後ろを振り向きながら歩く。
「案内してくださるのね」
落ち着きを取り戻したぼくは、そっと笑みを浮かべて、頷いた。
ぼくが声をかけるとほぼ同時に、オリエンタルな甘い香りが漂ってきた。ミヅハ国では雄株しか存在しない金木犀の香りだと気づいたのは、肩甲骨まで伸びる金糸雀色の髪を束ねた少女を視界に入れてからだった。立体的な女性らしい体型で、打ち鍛えられたレイピアのように真っ直ぐ背筋が伸びている。歩くたびに髪が踊って金色の弧を描いた。タイトで動きやすそうな白色のドレスを身に纏っている。
少女の背後には白髪の青年が付き従うように存在している。ダークブラウンのスーツを身に付けた彼もまた気品ある所作だった。
「時間は15分ほどしか取れません」
白髪の青年は胸ポケットから懐中時計を取り出すと丁重に頭を下げながらそう告げた。
「ありがとう」
金管楽器のように透き通った声で答えると、真っ直ぐにカウンターへと歩いてくる。そのまま突き破ってしまいそうな勢いだったが、二歩手前でぴたりと停止すると、小さく頭を下げた。
「はじめまして、ウツミ・ルイ。私はレシェルメイダ=レア=セイシェルです。クラシカルでいいお店ですね」
周囲の空間ごとぼくを包み込む視線だった。普段から多くの人間に対して言葉を発しているかもしれない。
「ありがとうございます」
ぼくは半開きの口を辛うじて動かすので精一杯だった。近くで見ると、まだあどけない表情をしている。自分の年齢と大して違わないのではないかと推察していた。
「このお店には真球のパールがあると聞いたのだけれど、売っていただけませんか?」
たしかに父の店では、母の実家が生産しているパールを販売している。しかし、ぼくは不思議に思った。店の外にパールを売り出すような貼り紙はないし、大きく宣伝するようなお金もない。店内を物色せずにストレートで辿り着くのは不可能に近いはずだった。
「ありますけど。父の知り合いですか?」
ぼくが椅子に腰掛けたまま、そう尋ねると、客の二人は目を合わせている。
「あら、私たちがお店に来るとマリエから聞いていませんか?」
マリエは母親の名だった。年に数回しか会わないが、さすがに名前は忘れない。彼女の名を親しげかつ対等に呼ぶと言うことは地位の高い軍人なのかもしれない。物腰と纏う雰囲気は柔らかいけれど、ひとつひとつの動作が洗練されている印象を受けた。
「いいえ。両親からは何も」
パチパチと瞬きを繰り返す少女の瞳は髪色よりも明るい黄金色だった。網膜血管が透けてしまうほど、澄んでいる。
「パール関連の品は置いてます。こっちです」
何にせよ、店の商品を買ってもらえるのは嬉しい。カウンターを出て、後ろを振り向きながら歩く。
「案内してくださるのね」
落ち着きを取り戻したぼくは、そっと笑みを浮かべて、頷いた。
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