シーラカンスと黒い翼

石谷 落果

文字の大きさ
上 下
3 / 35
case0 プラント=クシー

風壊②

しおりを挟む
 二人が海岸を訪れる2年前、リノモス国南部のアマランガ海岸は、2頭のシーラカンスが打ち上げられたと話題になった。地元では誰もが一度は訪れたことのある最大かつ唯一の観光名所で起こった珍しい出来事は、世界中の心を震わせたた。
 ナト大陸の南西に位置するアマランガ海岸は、美しい白砂のビーチが数十キロに渡って続く穏やかな海で、哺乳類から節足動物まで多種多様な海洋生物が生息している。一方で、複数のプレートが沈み込む海域のため、沖に出ること数キロで水深五〇〇〇メートル以上の海溝が生じている。よって深海生物が打ち上げられる可能性が十分に高かった。
 二人はその歴史的な発見前からリノモス国に定住していた。クシー博士の前職での研究テーマ『多次元世界において観測可能な重力子の誘導および人為的発生メカニズムの考察』によって獲得した多額の報酬により、何不自由ない暮らしを送っていた。
 プラントの持病である頭痛が悪化していることを除いては。

「パパ、頭が痛いよ」

 乳児期を過ぎてもまだ夜泣きの激しかったプラントは、言葉が話せるようになると繰り返しクシー博士にそう訴えた。涙を流しながら頭を抱えて眠る息子を助けようと、クシー博士は複数の医者に診察してもらい、様々な薬を与えた。食事も栄養価の高い物を与えて、仕事さえ辞めて、できる限りの手は尽くした。
 以前に住んでいた研究都市ヴァルテモは、炭化した木材の臭いと舞い上がるアッシュのせいで、ひどく空気の悪い街だった。プラントの体を蝕んでいる犯人が大気であると本気で考えているわけではなかったが、わずかでも快方に向かえばいいという思いだった。案の定というべきか、自然豊かなアマランガに越してきてからも息子の病状は悪化の一途を辿っていた。

 クシー博士の妻も同様に、息子の病に頭を抱えていた。
 妻はコルク色の瞳を持つ聡明な女性だった。髪は見惚れるほどに美しいブロンドで、鼻筋が高く、いつもクシー博士より数手先を読んで器用に生きていた。単純な頭脳はクシー博士が上だったが、生きていくための社会性は圧倒的に妻の方が優れていた。二人はお互いの長所を発揮し、明確に役割分担をして、プラントを支えていた。
 そんな妻がプラントを産んだ3年後に死んだ。

 いとも簡単に。

 プラントが珍しく笑顔を見せてくれた朝だった。機嫌の良いプラントを連れて、国立公園へ訪れたときのことだ。妻は広場で出会った3歳の少女に殺された。妻が死んだとされる時間に、離れた草原で遊んでいたクシー博士とプラントは、公園に駆け付けた警官からそう聞かされた。
 初めは何かの冗談だと思った。周囲には錯乱状態の女性が座り込んでいたり、ヒステリックになった大人を見て悲鳴のような声を上げる子どももいた。加害者と説明を受けた幼女は複数の人間を殺してしまったところで、警官に射殺された。
「蒼炎です。この少女の掌から青い炎が立ち昇ったのです。周囲に居た彼女の家族と、パニックに陥った少女を宥めようとしたあなたの奥さんはその炎に触れて蒸発するように消えてしまった」
 そう語る警官は全身を小刻みに震わせていた。
 クシー博士は彼女がいなくなった事実をしばらく受け入れられなかった。焼け焦げた死体もなく、忽然と姿を消してしまったのだ。まったく現実感がないまま、近くのホテルへ一泊し、仕方なく帰路に着いた。自宅へ帰ったら、実は留守番していた妻がひょっこりと顔を出すのではないかとさえ思えた。しかし、玄関を開けても家の中は真っ暗だった。明かりをつけると、妻が生きていた痕跡だけが生々しく浮かび上がる。隣に立っているプラントはクシー博士を見つめていた。そのときのプラントは不自然なほど静かだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...