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case0 プラント=クシー
風壊②
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二人が海岸を訪れる2年前、リノモス国南部のアマランガ海岸は、2頭のシーラカンスが打ち上げられたと話題になった。地元では誰もが一度は訪れたことのある最大かつ唯一の観光名所で起こった珍しい出来事は、世界中の心を震わせたた。
ナト大陸の南西に位置するアマランガ海岸は、美しい白砂のビーチが数十キロに渡って続く穏やかな海で、哺乳類から節足動物まで多種多様な海洋生物が生息している。一方で、複数のプレートが沈み込む海域のため、沖に出ること数キロで水深五〇〇〇メートル以上の海溝が生じている。よって深海生物が打ち上げられる可能性が十分に高かった。
二人はその歴史的な発見前からリノモス国に定住していた。クシー博士の前職での研究テーマ『多次元世界において観測可能な重力子の誘導および人為的発生メカニズムの考察』によって獲得した多額の報酬により、何不自由ない暮らしを送っていた。
プラントの持病である頭痛が悪化していることを除いては。
「パパ、頭が痛いよ」
乳児期を過ぎてもまだ夜泣きの激しかったプラントは、言葉が話せるようになると繰り返しクシー博士にそう訴えた。涙を流しながら頭を抱えて眠る息子を助けようと、クシー博士は複数の医者に診察してもらい、様々な薬を与えた。食事も栄養価の高い物を与えて、仕事さえ辞めて、できる限りの手は尽くした。
以前に住んでいた研究都市ヴァルテモは、炭化した木材の臭いと舞い上がるアッシュのせいで、ひどく空気の悪い街だった。プラントの体を蝕んでいる犯人が大気であると本気で考えているわけではなかったが、わずかでも快方に向かえばいいという思いだった。案の定というべきか、自然豊かなアマランガに越してきてからも息子の病状は悪化の一途を辿っていた。
クシー博士の妻も同様に、息子の病に頭を抱えていた。
妻はコルク色の瞳を持つ聡明な女性だった。髪は見惚れるほどに美しいブロンドで、鼻筋が高く、いつもクシー博士より数手先を読んで器用に生きていた。単純な頭脳はクシー博士が上だったが、生きていくための社会性は圧倒的に妻の方が優れていた。二人はお互いの長所を発揮し、明確に役割分担をして、プラントを支えていた。
そんな妻がプラントを産んだ3年後に死んだ。
いとも簡単に。
プラントが珍しく笑顔を見せてくれた朝だった。機嫌の良いプラントを連れて、国立公園へ訪れたときのことだ。妻は広場で出会った3歳の少女に殺された。妻が死んだとされる時間に、離れた草原で遊んでいたクシー博士とプラントは、公園に駆け付けた警官からそう聞かされた。
初めは何かの冗談だと思った。周囲には錯乱状態の女性が座り込んでいたり、ヒステリックになった大人を見て悲鳴のような声を上げる子どももいた。加害者と説明を受けた幼女は複数の人間を殺してしまったところで、警官に射殺された。
「蒼炎です。この少女の掌から青い炎が立ち昇ったのです。周囲に居た彼女の家族と、パニックに陥った少女を宥めようとしたあなたの奥さんはその炎に触れて蒸発するように消えてしまった」
そう語る警官は全身を小刻みに震わせていた。
クシー博士は彼女がいなくなった事実をしばらく受け入れられなかった。焼け焦げた死体もなく、忽然と姿を消してしまったのだ。まったく現実感がないまま、近くのホテルへ一泊し、仕方なく帰路に着いた。自宅へ帰ったら、実は留守番していた妻がひょっこりと顔を出すのではないかとさえ思えた。しかし、玄関を開けても家の中は真っ暗だった。明かりをつけると、妻が生きていた痕跡だけが生々しく浮かび上がる。隣に立っているプラントはクシー博士を見つめていた。そのときのプラントは不自然なほど静かだった。
ナト大陸の南西に位置するアマランガ海岸は、美しい白砂のビーチが数十キロに渡って続く穏やかな海で、哺乳類から節足動物まで多種多様な海洋生物が生息している。一方で、複数のプレートが沈み込む海域のため、沖に出ること数キロで水深五〇〇〇メートル以上の海溝が生じている。よって深海生物が打ち上げられる可能性が十分に高かった。
二人はその歴史的な発見前からリノモス国に定住していた。クシー博士の前職での研究テーマ『多次元世界において観測可能な重力子の誘導および人為的発生メカニズムの考察』によって獲得した多額の報酬により、何不自由ない暮らしを送っていた。
プラントの持病である頭痛が悪化していることを除いては。
「パパ、頭が痛いよ」
乳児期を過ぎてもまだ夜泣きの激しかったプラントは、言葉が話せるようになると繰り返しクシー博士にそう訴えた。涙を流しながら頭を抱えて眠る息子を助けようと、クシー博士は複数の医者に診察してもらい、様々な薬を与えた。食事も栄養価の高い物を与えて、仕事さえ辞めて、できる限りの手は尽くした。
以前に住んでいた研究都市ヴァルテモは、炭化した木材の臭いと舞い上がるアッシュのせいで、ひどく空気の悪い街だった。プラントの体を蝕んでいる犯人が大気であると本気で考えているわけではなかったが、わずかでも快方に向かえばいいという思いだった。案の定というべきか、自然豊かなアマランガに越してきてからも息子の病状は悪化の一途を辿っていた。
クシー博士の妻も同様に、息子の病に頭を抱えていた。
妻はコルク色の瞳を持つ聡明な女性だった。髪は見惚れるほどに美しいブロンドで、鼻筋が高く、いつもクシー博士より数手先を読んで器用に生きていた。単純な頭脳はクシー博士が上だったが、生きていくための社会性は圧倒的に妻の方が優れていた。二人はお互いの長所を発揮し、明確に役割分担をして、プラントを支えていた。
そんな妻がプラントを産んだ3年後に死んだ。
いとも簡単に。
プラントが珍しく笑顔を見せてくれた朝だった。機嫌の良いプラントを連れて、国立公園へ訪れたときのことだ。妻は広場で出会った3歳の少女に殺された。妻が死んだとされる時間に、離れた草原で遊んでいたクシー博士とプラントは、公園に駆け付けた警官からそう聞かされた。
初めは何かの冗談だと思った。周囲には錯乱状態の女性が座り込んでいたり、ヒステリックになった大人を見て悲鳴のような声を上げる子どももいた。加害者と説明を受けた幼女は複数の人間を殺してしまったところで、警官に射殺された。
「蒼炎です。この少女の掌から青い炎が立ち昇ったのです。周囲に居た彼女の家族と、パニックに陥った少女を宥めようとしたあなたの奥さんはその炎に触れて蒸発するように消えてしまった」
そう語る警官は全身を小刻みに震わせていた。
クシー博士は彼女がいなくなった事実をしばらく受け入れられなかった。焼け焦げた死体もなく、忽然と姿を消してしまったのだ。まったく現実感がないまま、近くのホテルへ一泊し、仕方なく帰路に着いた。自宅へ帰ったら、実は留守番していた妻がひょっこりと顔を出すのではないかとさえ思えた。しかし、玄関を開けても家の中は真っ暗だった。明かりをつけると、妻が生きていた痕跡だけが生々しく浮かび上がる。隣に立っているプラントはクシー博士を見つめていた。そのときのプラントは不自然なほど静かだった。
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