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第五章 共同戦線

第三十五話 紅蓮の炎

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 怪爽の月下旬、ファーティル王国とメイネス帝国との国境線中央に当たるライ・ラック草原。今そこは戦う兵士達にとって灼熱の地獄だった。
 王国軍の率いる八万近くの兵、帝国軍が統率する約十一万一千の兵士。両軍とも兵士の半数近くが魔法兵でその兵達が放つ魔法の多くはこの月の前後もっとも活発に活動する精霊、火の精霊の力を借りた魔法だった。
 両軍の魔法兵が繰り出す火炎体系の魔法は相手を倒すと共に周囲の草花を焼き、それらは沈静化する事も無く戦場を火に包み炎の海に作り変えていた。
 風天体系の魔法を唱える者達のそれらは炎の勢いを煽り炎は業火と成りて両軍の兵に襲い掛かる。氷水体系の魔法を使える兵士達がそれらの消火活動に当たっていたが水の精霊の弱いこの時期、彼等の行為は焼け石に水でしかなかった。
 その様な地獄の火の海の中で帝国軍の兵士も王国軍の兵士も一歩も引く事をせず前進するためお互い凌ぎを削り合っていた。そして、余りのも激しく厳しい戦場下でその身が触れれば灰と化す灼熱業火の壁を互いの背にして二人の闘う女達がいた。
 一人はファーティル王国の将軍―緋龍侯のルティア・ムーンライト。もう一人はメイネス帝国ウィストクルス・フィルデリック元帥下の炎獄将軍カティア・ウイナーだった。
 強い陽射しが照りつけるアストラル恒星と周囲を取り巻く炎で彼女達二人の露出した部分の肌を真っ赤に焦がし、全身から留まる事の無い汗を流出させていた。
 しかし、普通だったら非常に苦痛を感じる状況なはずなのにも係わらずルティアもカティアも平然とした表情で闘っていた。そして今再びお互いの持つ剣が打ち合い鍔迫り合いに突入したところだった。
「ちぃ、やるねアンタっ。流石は闘技大会で名を連ねていただけはあるようだ。でもっ、自分の歳を考えてないと痛い目、見るよハアァアッ!」
 ルティア・ムーンライトは20代後半まで闘技大会に出場していた時期があった。そして、その成績も何千何百人と集まる出場者の中で八本の指に納まるまで勝ち進む程の実力を持っていた。それに対して闘技大会出場経験のあるカティアも上位八位入りはしないもののその大会で彼女の名前を知らない者はいなかったほどの剣技を持っている。そんな二人が今過酷な状況の下で今、闘っている。
 炎獄将軍は鍔迫り合いの状態のまま緋龍侯の右脇腹に蹴りを入れようとした。だが、ルティアは両手で握っていた小剣のうち籠手に小さな楯を備える左手を素早く放しカティアの蹴りを防御し、今度はその左手でルティアはカティアの鳩尾に拳を射れ様とする。しかし、その一撃は素早く身を引いたカティアには届かなかった。彼女達は二人の背にある炎の壁を気にもせず、お互いの間合いを広げてゆく。
「アナタも良くやるわね。フフッ、でもお可愛そうにそ探索探知器けの力を持ちながらこの様な無意味な戦いに命を捨てるなんて」
「ムカつくねぇ~~~、決着も付いてないのにその自分が勝ったような表情」
「あらあら、お気に触ったかしら?その様な積もりで言ったのではないのですが・・・、しかしアナタに負ける積もりは無いですよ」
「言ってくれるねっ!!若さも強さもアンタニャ負けちゃいないよあたさしゃはぁあああぁああ、****************************」
 カティアは刀身全体に練った闘気を込める。そして、それと一緒に火炎体系魔法を唱え始め、赤緑色の炎が出現した。すると闘気で炎を螺旋状に象りする。
「あらあら、私に嫉妬かしらぁ?そんな心持じゃワタクシに勝てなくてよカティア将軍・・・、******************************」
 ルティアの方は相手に余裕を見せた表情でカティアと同系の火炎の魔法を唱え始めると持っていた小剣の刀身を真紅の炎が渦巻く様に現れた。
「アンタもこれで終わりよっルぅううぅジュッ・サイックロンっ!!」
「いえいえ、返り討ちにして差し上げますわっ、スカァーーーーーレット・スラァあぁぁッシュ!!」
 彼女達二人は殆ど同時に離れた間合いから前方に小剣を持つ手を突き出して互いの魔法剣技を解き放った。カティアの小剣からは赤緑の炎が螺旋を描きながら一直線に、ルティアの小剣からは緋色の炎が帯を曳きながら相手に向かって空間を奔って行く。
 二つのそれは二人の間合いのほぼ中間地点で絡み合い激しい熱、光、そして音を出し炸裂。カティアはその激しい光りから目をそらし、炸裂した時の爆風から身を守るため両腕を胸中と顔面前に交差させその場所に足を踏ん張り爆風から来る衝撃に耐えようとした。しかし、ルティアは・・・・・・。
「なにっ!?」
「油断大敵火が何とやらですことよっ!年を取る事はけして悪いことばかりではなくてよ、何よりも経験が己を強くするのですから。覚悟ッ、タァアァアァァアアァアーーーッ」
 二人の魔法剣技のぶつかり合いで生じた凄まじい斥力などなんのそのルティアは彼女達が放った技が絡み合った瞬間、炎の魔法で身を包みながら突進していたのだ。そして、爆発から生じた煙に紛れてカティアの眼前にその姿を現したのであった。
「ちっ殺られるものですかっ!・・・・・・・・・、痛ぅぅぅっ『ズサッ』」
 カティアが右手に持っていた小剣が叢の上に落ちてしまう。突然、現れたルティアの鋭い突きから身をかわし狙ってきた心臓を庇ったが完全には避けきれず右肩口に緋龍侯の小剣が突き刺さってしまった。彼女は苦痛に顔を歪めながらもしゃがみ体勢となっているルティアを渾身の力で蹴りつけ、後ろに大きく飛び退いて相手との間合いを取った。
 ルティアは顔面に蹴りを喰らい唇から血を流していた。彼女は剣を持っていない左手の指でその血を拭い去るとその場に立ち上がり、剣先に付着したカティアの血糊を振って落とし、鋭い眼つきで相手を見据えていた。
「カティア将軍、結果はもう見えたでしょう?後は潔く死を迎えなさいっ!」
 緋龍侯は剣先を炎獄将軍に向け強くそう言い放った。
「こんなとこでわたしゃぁっ死ぬわけにゃァ逝かないんだよ!!」
 カティアは肩から流れる血、傷口を押さえながら睨むようにルティアの言葉に答えを返していた。
〈ちぃッ!ここは退くしかないのか・・・。しかし、この灼熱の壁をどうやって越えたらいいんだっ?私は氷水系の魔法は使えないし・・・〉
 これ以上の闘いが無理だと思ったカティアは後退する為の算段を頭の中で考えていた。そして、そんな彼女に救いの手が差し伸べられる。味方にも被害が出ている燃え広がる火の消火活動をしていた帝国の氷水系を操る魔法兵達十数名がその場の炎を鎮め現れたのであった。
「カティア将軍様こちらに居られたのですか」
「閣下ッ肩から血がっ!!簡単な止血をしますのでその手をどけてください」
 その兵士は小声で魔法を詠唱するとカティアの左の肩一帯が薄い氷の膜で覆われた。それは水の精霊の力を借りたコルガ(COOLGUA)と言う初歩的な氷膜を作る魔法だった。その兵士は出血している部分を凍らせる事によって仮の止血をしたのである。
「すまないな、有難う」
「将軍っ、今は我々が不利なようです。ここは一先ず後退しましょう」
「そうはさせませんっ!!」
 カティアと帝国兵士が会話している最中、ルティアは魔法を詠唱し大きな火球を作り上げていた。そしてその火の玉を帝国将軍とそれらを取り巻く兵士達に向かって投げつけた。しかし、その魔法も数人の帝国魔法兵が作り上げた大きな氷の壁に阻まれカティア達に届くことは無かった。
「非龍侯、この決着いずれ必ずつけるっ!!それまでその身を預けた」
「ハァ~、今回は運がカティア将軍の味方をしたわけですね。仕方がないは諦める事にしますか・・・・・・・・・」
 王国のその将軍はその場で小さく溜息を吐いてそう小言を口にしていた。そして、カティアはそんなルティアを見ながら助けに来た兵士達と共に裏へと後退していった。それから、炎獄将軍は後退しながら小型のエーテル通信機で各部隊の司令官達に一時撤退する旨を通達した。

 緋龍侯は炎獄将軍が撤退していった後、水の精霊魔法を使用できる兵士達を集め燃え広がる火の沈静化に当たっていた。
「将軍、しかし、この場所はこの国の名所の一つですよ。それなのにこのような焦土としてしまってアレフ王はおかんむりにならないのでしょうか?」
 その上級士官と思われる兵士は不安な顔をしながら複数の兵士達と一緒に氷水体系の魔法を唱えていた。
「心配することはありません。何の考えもなしに兵士達に火の精霊魔法の使用許可を私は出しませんわよ」
「それではいったいどのようにするのですかムーンライト将軍様?」
「あなた達の殆どは地の精霊魔法が使えるでしょ?戦いが終わった後に地の精霊様達の恩恵をお借りして焼け野原となってしまったこの場所を再生するのです・・・」
「上手くいくのでしょうか?」
「やる前から諦めてはいけませんよ・・・、それよりも今は出来るだけ早くこの無意味な戦いを終わらせることです」
 ルティアはそう口にしながら左頬に二本の指を当て小さく溜息を吐いていた。

~   ~   ~

 ブラックスの町郊外にあるウィストクルス元帥の本陣。炎獄将軍のカティア・ウイナーは傷の治療をしてから一人転送魔法を使用できる魔法兵にブラックスの町に送ってもらっていた。
「こちらの状況は?」
「申し訳ございません、ウィストクルス元帥。我々の方が追い込まれている状態です」
「無駄に兵士が死なないのであれば後退してもかまわない・・・」
「傷を負った者達は多いですが死者の方はそれほど出ないよう戦った積もりです」
「そうか・・・・・・・・・、それよりカティアはアル・・・アルエディーを見かけなかったか?」
「いえ、私の戦った王国軍は非龍侯ルティア・ムーンライトのものでその中に千騎長を見ることは無かったし、私の兵も見かけていないと言っていました」
「そっ、そうか・・・・・・・・・」
〈アル、聞きたいことが山ほどあるというのに・・・、君はいったい今どこにいるのだ〉
 ウィストクルスは窓辺にあるカーテンの裾を強く掴みながら何かを思っていた。
「カティア、傷が癒えたらクリスと合流して彼と共に行動してください」
「承知いたしました。それでは私はこれにて失礼します」
「ご苦労様でした・・・」
〈いつまでこのような無駄な戦いが続くのだろうか・・・、あぁーーーっ、女神ルシリアよアナタの御慈悲は私達には与えてくれないのでしょうか〉
 メイネス帝国の元帥ウィストクルスは独りその場で女神に祈りをささげていた。
 ファーティル王国―サイエンダストリアル共和国と戦う帝国兵、イグナート大元帥、ヨシャ、ウィストクルス元帥二人と配下の将軍たち、誰もがなぜその二国に対して戦争を仕掛けているのか本当の理由を知ってはいない。マクシス宰相の裏に隠れているヘルゲミル一家がケイオシス復活を企てているなど知ってはいなかった。
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