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第四章 動 乱

第二十四話 進 行

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 トリエス暦2027年火盛の月15日、公爵キース・マイスターによって城塞都市キャステルに集った王国兵、志願兵はアレフ新王の下、王国解放戦線と名乗りを上げ、王都を取り戻すために進行を開始した。
 それに対して帝国側はファーティル内の帝国に対する小規模なゲリラ活動の一掃の手を緩め、南進してくる王国解放戦線に対してその進行路となる場所を見極め、軍を配置していつでも戦いを迎えられるようにそれらの場所でズッシリと腰を据え待っていた。
 最終的にキャステルに募った兵達は約二十万五千。それに対して帝国側はヨシャ率いる三人の将軍とその兵、約三十二万三千。それとヘルゲミルの命により戦いに参加する事になった禁術士ホビーの召喚する未知数の異界の怪物、それと死術士ネクロスの操る戦場の死体の数だけ存在する不死兵、帝国の保持する兵は無尽蔵にも思わせる。
 しかし、王国側の兵は何もキャステルに集まった者達だけではなかった。王都陥落の後から次々と現れる異形のカイブツやアンデットに対してファーティル内、ルシリア信仰のシュトラーゼ教会、精霊信仰のアルクト教会の二派の教会が僧兵を用いてそれらの討伐に本腰を入れたのである。
 だが、それでも兵力差を埋める事はできない。王国解放戦線は帝国軍を打ち倒して王都を奪還し、無事にアレフを謁見室の玉座に座らせることはできるのであろうか・・・。

 同じ時の頃にして、サイエンダストリアル共和国も帝国に対して動きを見せた。翼叡の月に帝国に首都を落とされ、その時に難から逃れ国内で身を潜めていた大統領ラリーと副大統領ウェンディーは王国側の決起を知ると各地に散らばせていた軍の重鎮に連絡を取りたてたのである。それにより、大統領消息不明のため今まで機能して無かった軍隊が動き出す。共和国も又帝国に対して徹底抗戦を布いたのだ。
 共和国内に布陣していた帝国軍は大元帥イグナート、元帥ウィストクルスとその配下の三将軍、そして、彼等の率いる兵達、約二十七万七千。共和国側は陸海空、そして魔動機軍の四軍、直ぐに動きのとれる軍組織は全体の三割強、三十一万二千。兵力差はやや共和国優勢。兵力の多い共和国側に有利の様に思えるが南部からの侵攻を多く受ける帝国は共和国に比べると戦いに熟練している者達が多い。それを考慮に入れると戦力差としては五分五分であった。

 ハーモニア地方の二つの国の領域内で大きな戦いが始まろうとしている。南部から侵攻してくる者達がそれらの戦いを見逃すはず無く帝国に侵攻してきても可笑しくなかった。だが、しかし。そうなる事は無い。なぜならヘルゲミルによって南部の国、最もメイネス帝国に近い二国同士を戦い、争わせこちらに軍を向ける事ができないように策を講じたからであった。
 メイネス帝国国境南にあるアスレイヤと言う国に妖術師ミストレスが向かいその国の王に寵愛されている王妃に変化し、王を騙してその国の隣国東にあるフリーデルに戦いを仕掛けるよう仕向けたのであった。さらに幻術士ネアはその相手国となるフリーデルに渡りその国の王を幻術に掛けアスレイヤと戦争する様にしたのである。

◇   ◆   ◇

 メイネスの首都ユーラにある何処かの教会。陽射しがあまり入らない暗い一室に黒色の司祭服を着たヘルゲミルが佇んでいた。辺りの暗さもあってその部屋の何処にその男の存在があるか判別するのは難しかった。黒髪の少女が音もなく現れ、その男の前に片膝をつき頭を垂れ、
「ヘルゲミル様、ただいま報告により戻りました」
「戻ったかルーファよ・・・、それで」
「南のアスレイヤとフリーデルの動きですがミストレスとネアが上手くやっているようでこちらに軍を送って来る気配はありません」
「フフッ、そうか・・・、でファーティルの内情は?」
「キース・マイスターの所に集まった者達が王国解放戦線と名乗り大きな軍事行動に出ました。三面作戦を取るようです・・・。共和国も身を潜めていたラリー大統領が表に出て軍を動かし始めました」
「フフッ、わが手にある譜面どおり何処も動き始めたか・・・」
 男は闇の中で口元を吊り上げ軽く笑った。
「ルーファ、王国、共和国に向かったイグナートやヨシャが直接ユーラに戻ってこられぬよう転送方陣を停止させておけ。それと引き続きお前は情報収集をしろ。よいな・・・、イグナート、以前そやつを暗殺しろと命じたがまだ利用価値がある様だ生かして置いてもかまわん」
「御意・・・、ヘルゲミル様ほかに何か・・・」
 暗殺の命が取り下げられ頭を垂れた状態で彼女は表情の変えず心の中で安堵していた。
「以上だ、下がって良い」
 その言葉に現れたとき同様、ルーファは音もなくその場から消え去った。
「フフッ、ハッハッハッ、大きな戦いが始まる。多くの死に際の魂、蒼い炎の輝きこそが我が願いの成就と成らん・・・・・・」
 その男は暗闇の中で額に手を当て狂気に満ちた大笑いを作った。そしてその声が闇の中におどおどしく響いていた。

 王国解放戦線は進軍後、三手に別れて王都へと向かうことになった。それは緋龍侯ルティアとその娘ルナの作戦である。
 アレフ、アルエディーの率いる一軍、三万六千の兵と新たに加わった看護兵団百名は南東を迂回しピラ原生林帯、ヴァレル丘陵、そしてスウェル平原を通って王都に進行。
 キース・マイスターと宮廷三師の内、アルテミス・シュティールとクロワール・エスペラルド達が五万四百の兵を連れアルエディー達とは逆に南西からボイザー森林帯を抜けスノア台地から東に向かいカロナ平野を通りファーティルの王都エアへと進んで行く。
 そして、最後に三将侯―ティオード・ローランデル、ルティア・ムーンライトとルデラー・ブルーシアの軍は他の将官と共に、十三万二千の兵は城塞都市キャステルからそのまま南進、ノーディック大平原を越え、その先にあるウィバール湖を渡りその南にあるイスレア湿地帯をさらに南に進みサーグ草原を通過して王都へと進行する事になった。
 南進する軍を多く取ったのはこの経路からがもっとも王都に進行し易く、帝国兵も多く布陣しているからであろうとルティアがそう考慮したからであった。しかし、本当は三将侯の軍は陽動の軍でしかなかった。大群の方へ帝国の目を向けさせ、キース、若しくはアレフ、アルエディーの軍に王都を奪還させようと言うのがムーンライト親子の作戦だった。

 帝国軍ヨシャ元帥はそれらの動きを知ると的確に指示し、兵の布陣を変更させた。
 城塞都市キャステルから直接進行してくる三将侯に対した十一万八千とヨシャ・ヤングリート元帥、水星将軍コースティア・オリンズがその方面に当たり、東から来るアレフ、アルエディーには地龍将軍ソナトス・タイラーの精鋭一万二百兵と闇都将軍イリス・チユートリアの下についている二万三千百の兵、合計三万三千三百の兵が移動を開始していた。
 キース達の方に関して将軍は送らず、有能な上級士官で構成された六万の兵がそれを迎え撃つため進軍。そして残りの兵はファーティル王都エアに待機させ不測の事態に備えさせた。

~ 共和国内帝国大元帥指令本部 ~

 一人の兵が本部の机の上に広げたサイエンダストリアル国内の地図を眺めているイグナートに敬礼をしてから声を掛けた。
「イグナート大元帥閣下、情報部より通達いたします。ただいまユーラ首都に居らせるマクシス宰相より入電があり我々がここへ直接進軍してきた折、使用いたしました転送方陣が故障したため早急な援軍もこちらからの帰還も出来ないとの事です。以上」
「ご苦労・・・、下がって良い」
 その兵は再び大元帥に敬礼をすると作戦本部を出て行った。そして、その兵が出て行くとイグナートは掌両方を机の上に強く押し付けた。
「マクシスめっ、一体どういう積もりだっ!!」
「イグナート様、これからどう軍を動かすのですか?」
 大元帥の隣に静かに立っていた彼のオスカー副官はこれから始まる無意味な争いの行動指示を伺った。
「ファーティルにいるヨシャの動きを見ながら上手く王国側に軍を後退させよう・・・、しかしマクシスの裏、やつを動かしている者は誰だ・・・」
「本国にいた時、探りをいれたのですが一向に・・・」
「・・・、それが分からなくば無駄な戦いが続くと言うことか・・・。二人さえ見つかればマクシスなどにあのような態度を取らせないのだが・・・、オスカー!エアリスと母上は?」
「皇女様も皇妃様も王国内に連れて行かれたと情報を掴んだのですが・・・・・」
「ここまで共和国内部に深く切り込んでしまってはそう簡単にお前もファーティルまで移動できないか・・・」
「いいえ、大丈夫です。以前も言いましたが今、王国の中で二人の探索をしているのは私の知人です。新しい情報が入ればその人から連絡は受けられますので」
「そうか・・・それでは引き続きその者に探索を依頼しよう。オスカー、苦労を掛けて済まないな」
「私はイグナート様の配下です。このくらい苦だとは思いません。それでは私はその者に連絡を入れますので失礼いたします」
 オスカーはイグナートに深々と一礼するとこの場から去っていった。
「できるだけ損害を多く出さず、少しずつ軍を後退させてみるか・・・」
 誰もいなくなった本部でその大元帥はそう呟いていた。

 ファーティル国内、北に進行中のヨシャとコースティアの軍。
「そろそろ斥候に出した部隊がウィバール湖の先にあるノーディック大平原で戦いを始める頃だね」
「何を悠長な言葉遣いで言っているんだヨシャ元帥。私たちも早くこの湿地帯から抜けウィーバー湖に布陣をしなければ」
「はいはい、分かってるよ」
 ヨシャ元帥もコースティア水星将軍も水上戦を得意とする軍人だった。故にウィバー湖付近で戦いを繰り広げる事に決定したのである。
「なぁ元帥、今回の我々の戦いに一体どんな意味があるんだ?」
「さあね、僕には分からないよ。僕達は皇帝陛下の命に従うだけ」
 その元帥は口でそう答えているがこの戦いに何の意味もない事を知っていた。本来なら軍務に口を出すことなど出来ないはずの宰相が己の野心のため皇帝を殺し、皇女と皇妃を人質に取りイグナートを利用している事。それさえなければこの戦いは起きなかった事をヨシャは知っていた。
 だが、しかし、ヨシャもまたイグナート同様にマクシスの影に潜む者達が一体何者なのか知らないでいる。彼がその者達の一人、禁術士ホビーと王都にあるエア城を襲撃したそのあと一度も接触がない。謎の連中を怪訝に思いながら今まで動いてきたのだ。
「元帥、今何を考えていたんだ?」
 しばらく黙って考え事をしている風に見えたヨシャにその将軍は眉間の辺りに少しだけ皺を寄せそう尋ねていた。
「えっ、今日の夕食はなにかなぁ~~~って」
 将軍の問いに対して考えていた事とは見当違いの事を穏やかな、にっこりとした表情でそう答を返していた。
「ハぁーーー、何をバカな事を考えていたんですか元帥」
 コースティアは呆れて額に手を当て大きく溜息を吐いた。
「ハハハッ、良いじゃないかコースティア将軍気楽に行きましょうよ」
「はいはい、わかりましたよ」
 元帥の戦いに赴く時の性格を知っていた彼女は取り敢えずそう返事をしていた。そして、二人のその会話は王都から軍を動かして十二日目の事であった。
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