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第 一 章 ブロークン・ハート

第五話 彷徨い歩く日々

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 貴斗との喧嘩以来また学校に行かなくなっていたんだ。
 アイツのあの言葉はすごく嬉しかった。
 アイツと知り合ってまだ一年も満たないのに貴斗のヤツはあれほどまでに俺と春香の事を心配してくれている。だから余計に貴斗と喧嘩してしまうことが嫌だった。
 慎治や隼瀬、藤宮達も俺を心配してくれるけど春香もいな、貴斗とも会えば喧嘩しちまう。
 だったら学校何って行かない方がいいんだよ。
 みんながいるその場所には行ってなかったんだけど春香の見舞いには欠かさず足を運んでいた。
 行けば行くほど、彼女が目を覚まさない事実を突きつけられればられるほど、俺の精神は磨り減って行くのにその行動は止められなかった。

2001年10月14日、日曜日

 今日も毎度の如く、春香の寝ている病院へ向かっていた。
 春香の前に座り彼女の手を握っていた。その行為も通例化している。
 今までは彼女にその日、何が有ったのか語り掛けていた。だけど、最近はそれすらも出来ないくらい疲弊していた。だから、今は唯彼女を見つめているだけだ。

*   *  *

 どれだけの時間が過ぎたんだろうか?気がつくといつの間にか彼女のいる病院ではなく三戸の街をうろついていた。最近の俺はいつもこんな感じ。
 病院へ行って春香に会っていたと思えば気がつかない内に別の場所にいたりする。
 俺の記憶があいまいになっていたりする時もある。
 今は夕暮れ時だった。多くの人間が家路に急ぐように足を動かしていた。
 俺はふらつく足取りだったが何とか歩行する連中にぶつからない様に歩いていた。
 別に目的地何って無かった。
 俺は唯歩いているだけだった。だからどこを歩いているのかもよく分からなかったんだ。
 横を過ぎていく連中の表情は俺と違って楽しそうに見えた。
 気付いていなかったが今、三戸駅の近くを歩いているようだった。そして、誰かが俺に声を掛けてきたようだ。
「よぉ~~~、宏之の坊主じゃぁネェか?どうしたんだ時化た面しやがって」
「・・・、あんたは???」
「何じゃ、もうわしの事を忘れちまったんかい。ひでなぁ」
「そんなことねぇよ・・・。永蔵のおっさん」
「何だぁ、ちゃんと覚えてるじゃネェかよ。本当にどうしやがったんだ、そんなひでぇ面しやがって?お節介だと思うがわしに話してみいぃ。まぁ、話したからって、わしに解決できるかどうかは知らんがよ」
「あぁ、大きなお世話だ・・・」
「言いたかねぇならしかたねぇ。別に口にしなくても構わんよ」
 数分間の沈黙が訪れ、気不味い雰囲気になる。少しためらいながら永蔵刑事に言葉を出した。
「・・・・・・・、永蔵のおっさん、やっ、やっぱ聞いてくれ」
「話す気になったか?」
 永蔵のおっさんに春香の事、そして俺の友達との関係を話していた。
「そうか、嬢ちゃん、そんなひでぇ目に遭ってたのか。すまん事をわしは聞いちまったようだな。それとお前さんの友達の事だが・・・、宏之、いい達を持っているじゃネェかよ。わしみてぇにハナっから人を疑って掛からなきゃ何ネェ仕事してっとよ、そんな風に思ってくれる達がどれだけ大切か、ってのが身に沁みて分かってんだ。だから、そいつらの事を大切にしてやれ」
「あっ、あぁ」
「今のわしにはお前さんに何もできゃしないが嬢ちゃんをそんな目にあわせた野郎を必ずしょっ引いてやるよ」
「・・・、それは・・・、それは、一体どう言う事だ?」
 力ない声で俺はその刑事に尋ねていた。
「詳しくは言えネェが、あれは単なる交通事故じゃねぇんだ。・・・、これ以上はいえネェ、勘弁してくれ」
「仕事だからいえぇんだろ?だったらきかねぇよ」
「物分りがいくて助かるぜ、宏之」
 この後、永蔵刑事が飯を奢ってくれた。心は凄く荒んでいるのに俺の胃は食を欲していた。だから有難くいただく事にしたんだ。

2001年10月29日、月曜日

 春香の見舞いに行くこと意外に一つだけやる事を見つけた。それは春香があんな目に遭った原因を探すこと。
 俺以外の原因を探すこと。もちろんそれは貴斗のことじゃないぞ。そう、それは永蔵刑事が言っていたあの事故の本当の犯人を俺の手で見つけ・・・すこと。
 俺みたいな唯の高校生が刑事や探偵みたいに犯人を捜すことなんて出来ないかもしれない。だが、何かしないよりはまし。
 その犯人探しの報告の為に春香の病室へと向かっていた。
 それで今、彼女の病室にいる。そして彼女に語りかけているんだ。
「春香、お前がこんな状態になったのは俺のせいだけど・・・、一つだけ違うモノを見つけた。俺がやろうとしていることは危険なことかもしれない・・・・・・、でも春香待っていろよ。捕まえて見せる、もう一つの原因を・・・。それじゃな、またくるぜ」
 別れの挨拶をすると病室を出た。
 俺と彼女以外いない空間だったからさっき言っていた俺の言葉が他人に聞かれる心配は無かった。
 春香の見舞いあと、俺は一度帰宅する事にした。そして、どんな風に犯人を捜せばいいか考える事にしたんだ。
 マンションに帰る途中も色々な事を考えてみた。
 精神的にかなりまいっていたから旨い案は浮かばなかった。
 自宅に到着して、中に入ると寝そべりながら頭を使い始めた。
 こういう時、慎治や貴斗がいればいい知恵を聞かせてもらえるんだけど・・・、それだけはしたくなかった。
 特に貴斗には言いたくなかった。
 アイツの事だ、俺からそれを聞けば貴斗は〝一緒に犯人を捜す〟って言うだろう。
 だがヤツにそんな事をさせたくない。
 俺がやろうとしている事は危険な事かもしれない。
 何かを踏み外せば命の保障だってあるかどうだか分からない。そんな感じがしていた。
 ヤツの身に何かあれば藤宮が悲しむだろう。
 それだけは避けたかった。だからアイツには頼れない。そして慎治にも迷惑掛けたくないから奴にも頼みたくない。
『ハァ~~~どうすればいいんだろう』と独り溜息を吐きながら言葉を宙に投げていた。
 貴斗の事で一つ思い出した事がある。
 確か夏休みにプライベート・ディテクティブ日本語版と言うゲームを借りていたんだっけ。
 そのゲームは探偵となってさまざまな事件を解決していくって言うA―SLGだけどその捜査方法は実際にアメリカの私立探偵がやっている事に基づいてあるから・・・、若しかしたら参考になるかも知れない。
〈・・・、俺、まだそのゲーム借りたままだったよな?〉
 心の中で思いながらゲームを収納しているクリアーボックスを開ける。
「あった、これこれ」
 パソコンの電源を入れ、早速そのゲームを起動させた。
 一度このゲームをクリアしているからおまけ特典として捜査マニュアルと呼ばれる項目を選べる。
 それはその名の通りアメリカの私立探偵はどう言う手順で事件を解決していくのかを説明してくれるものなんだ。
 取り敢えず、大雑把に読むことにした。
 最初は現場に向かって情報収集・・・、当たり前のような気がる。でも、そのマニュアルどおり、行きたくなかったけどあの事故現場に情報収集に出かける事にした。
 あれからもう二ヶ月が経つ。そこに行って一体何の手がかりが掴めるんだろうか?でも行かないよりはまし。

*   *   *
・・・ってな訳で今、あの惨劇的な光景を鮮明に思い出せてしまう三戸駅レクセル前にいた。
〈さて、さて何を調べればいい?誰に聞けばいいんだ?〉
と頭の中で考えてみた。
 そんな事を考えていると近くの交番の存在に気付いた。とても分かりやすい所に有るのにそれに直ぐ分からなかった。
〈・・・、やっぱ俺かなりまいってんだな〉
 独り言のように心の中でそう呟いていた。
 その交番の近くに移動すると勤務中だった一人の警官を捕まえ、出来るだけまともな表情で声を掛けてみる事にしたんだ。
「あのぉ~~~」
「どうしたんですか、何かお困りですが?」
「聞きたい事があるんですけど」
「本官に答えられることであれば、何なりと聞いてください」
 その警官に簡単に事情を説明してあの事故が起こった時の様子を尋ねていた。
「そうですか・・・、それはお可哀相に。でも申し訳ないですが丁度その日、私、非番だったもので詳しい状況を知らないのですよ」
「・・・、そうですか」
「その様に気を落とさないでください。私は何もお教え出来ませんが・・・、逸見巡査長ならその事について知っているでしょうから彼に聞いてみてはどうでしょうか?」
「その逸見さんって方はどこにいるんですか?」
「あいにく今日、逸見は非番なんです。ですから明日、もう一度来てください
「有難うございます」
「どういたしまして・・・。あっ、それと若し私が明日、警邏でいない場合は日向からだと言っていただければ分かるよう彼に言っておきます」
「何から何まですみません、それじゃまた明日来ます」
 そう挨拶してから何もすることが無くなってしまったので自宅へ帰る事にした。

2001年10月30日、火曜日
 春香の見舞いに行った後から昨日、約束していた通り駅前の交番へと向かっていたんだ。
 今日は生憎の雨でとても移動しづらかった。で、今その交番の前にいる。
「えっと、逸見巡査長って方はいますか?」
「あぁ、貴方は昨日ここへ来た方ですね・・・?ずいぶんと濡れしていますが」
「ハハッ、傘差してもどうせ濡れるなら傘なんて差しても意味無いから・・・」
「・・・、変わった考え方をする方ですね君は。中へ入りなさい」
「いいんですか?交番のなか濡れちゃいますよ」
「それも公務です」
「・・・、ありがとうございます」
 そう言って交番の中へと入らせてもらった。そして、中に入ると向井さんは誰かと話していた。
「逸見巡査長、彼が昨日、私が言っていた方です」
「8月26日にこの交番脇で起こった事故について聞きたいと言うのだね」
「はっ、はい教えて貰えるならよろしくお願いします」
「私が覚えている事だったらいくらでも教えてあげますよ」
 その巡査長からあの時の事故について詳しく聞かせてもらった。
 その話が始まる前に〝冷え切った体を温めてください〟と言って向井警官が熱いコーヒーをくれた。
 彼がそれを渡してくれた時、砂糖を多めに貰っていた。
 その後は、暫く逸見巡査長の話を黙って聞いていた。やがてその話も終わる。
「これで全部、私が知っている事はお教えいたしましたよ」
「本当に有難うございます」
「いえ、いえ、とんでもない市民が知りたいと思っている情報を提供するのも私達のお仕事の一つなので」
 彼がその言葉を口にした後、俺は日向巡査と逸見巡査長にもう一度感謝の気持ちを伝えその場から離れて行った。
 自宅に向かいながら逸見警官が言っていた事を整理してみたんだ。
 事故が有った当日、彼は日課の駅前交通量の調査をする為に交番の外に立って行き交う車を眺めていたそうだった。
 交通量はまばらであんな事故が起きる様子ではなかったらしい。しかし、突然、数回の破裂音とともに幌付の中型トラックが本路線を外れ元々出ていた速度よりも速いスピードで交番そばの電話ボックスが立ち並ぶそこへと突っ込んできたと言っていた。
 そしてその事故を三戸警察本署へ連絡したのは彼だとも言っていた。
 本署から応援が駆けつける前に事故調査をしていて衝突したトラックの左前輪がパンクしていた事を教えてくれた。
 逸見巡査長の推測では破裂音はそのパンクの音だろと言っていた。だけど、パンクの音なのに数回も聞こえるだろうか?とそんな事を思いながら自宅へと到着していた。
 春香の見舞いに言った後、巡査長のあの話から幾度となく事故が有った場所へと足を運んでいたんだ。
 捜せば何かしら見つかるんじゃないのかと思っていたからトラックが衝突した付近を念入りに調べていた。
 いまだに何も見つけていない。

2001年11月23日、金曜日

 今日も何かが見つかるかどうか分からないけど春香の見舞いの後そこへ行っていた。
「ハァ~~~、一体俺は何をやっているのだろうか?・・・、探せど探せど、何もみつからネェじゃネェか?」
 そんな事を言いながら刑事や探偵の仕事の辛さを痛感していた。
 暫く、付近を探索していると急に『キュ~~~、グルグルゥ』と腹の虫がなってしまった。
「・・・、腹減ったなぁなんか食いに行くか?」
 独り言を口にしながら駅近くの喫茶店トマトへと向かっていた。そしてその店の前に立つ・・・、
《店内拡張改装中》
と書かれた立て看板がそこに有った。
 そこで食べるのを諦め仕方が無く、レクセルビル内の食堂フロアーに向かって、そこで飯を食う事にした。

*   *   *

 今、レクセルビルの屋上にいる。飯を食った後なんとなくここへ足を運んでいたんだ。
 ガキやいろんな連中がここで憩いをしていた。俺はというとフェンスにしがみつき、抽象的にそこから見える街並みを眺めていた。
 どれだけそこでそうしていただろうか?いつの間にか空が茜色に染まっていた。そんな空を眺めながら、
「ハァ~」と短い溜息を吐く。
 もう直ぐ日が沈む。気が付けば周りには俺以外誰もいなくなっていた。
「ここにいてもしょうがない移動するか」
 そう独り言してここから離れようとした時、何か丸いものを踏んで間抜けにもずっこけてしまったんだ。
「くそったれぇ」と言いながら起き上がり、踏んづけちまった物が何なのか確認した。
「・・・?」
 それをポケットにあったティッシュで摘まみ取ってよく確認してみた。
「・・・、これって若しかして薬莢」と声に出して呟く。
〈何で薬莢がこんな所に?しかしこれって本物なのか?〉
 本当に僅かだけど硝煙の臭いが残っていた。
 だけど、実物なんて今まで見たことが無かったから俺が手にしているものが本物なのかモデルガンのモノなのか判別出来なかった。
〈まぁ、いいや、取り敢えず持っておくことにするぞ〉
 心の中でそう言ってそれをポケットにしまってしまった。
〈もしかしてこれって窃盗罪?〉とバカな考えが浮かんじまったけど直ぐにどっかえと消えたしまう。
 それをポケットにしまった時、辺りは完全に暗くなっていた。
 もうここにいてもしょうがないと思った俺は直ぐに家に帰る事を決断した。
 最近こうして色々と出歩いているから家に着くと自室のベッドではなくリヴィングに寝転がりそのまま眠りへと入っていく事が多くなっていた。
 今日もいつもと同じようにして眠りに入って行ってしまった。だけど、俺はいつまでこんな事を続けるんだろうか?
 本当に俺は事の真相に辿り着けるんだろうか?しかし、その答えは今すぐに判るもんじゃない。だが、この行動は取り敢えず俺がぶっ潰れるまで続けるつもりだ・・・、春香が目を覚ましてくれりゃもっと頑張れるかもしれない。
 若しかして、俺がこの事件を解決すれば、春香が目覚めるかもしれない。
 俺は心の中で、〈だから死ぬ気で頑張れよ〉と自分に言い聞かせていた。
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